04-6
心を、死を知っていくことが、幸せとも限らないかもね。
「いやーまさか義明君の知り合いに会えるとは思わなかったなー!」
はっはっはと笑いながら、男性は車を走らせる。初めこそ警戒されたものの、カイキシャ(義明と言うらしい)とひょんなことから知り合った人間であること、コムギを知っていたことからある程度の信用を得たらしく、現在彼の車に二人は同乗している。
コムギは現在、彼の家で引き取られて飼われているらしい。
「あの日、少なくとも週に一回は山から下りてくる義明君が全く姿を見せないもんだから、心配して家まで見に行ったのさ。そしたらコムギがずっと外で鳴きわめいていてな」
男性は神妙な顔で呟きながら、ドリンクホルダーにあった缶コーヒーを手に持ち、口に含む。
「ドアの鍵が開いていたもんだから、なんだか嫌な予感がしてね。そのまま扉を開けたら…玄関先で…」
「…」
きっと最後の力を振り絞って開けたのだろう。外に出て、もしかしたらコムギの姿を一目見たかったのかもしれない。男性の話を聞くに、コムギはロクに飼い主の最後を見届けられなかったことになる。
「今更だけど、俺の名前は洋一だ。さっきも話したように、義明君とは昔からの友人だよ」
「洋一さんは、どうしてコムギを引き取ったの?やっぱり友達だったから?」
後部座席から、ルカが洋一に問いかける。ルカの手には、先ほど洋一が自販機で買ってくれたフルーツジュースが握られている。
「それもあるが、最初からうちにいたわけじゃないんだ。しばらくは義明君の身内の家で暮らしてたみたいなんだけど…まあ、相性が悪かったみたいでね。巡り巡ってうちに来てくれたって感じさ」
信号で停止して車の流れを見つめつつ、洋一は続ける。
「コムギもあちこち連れまわされて大変だったろうに、少しずつうちに慣れてくれたよ。生前たまに遊んでやっていたのもあって、俺のことも覚えててくれたみたいだ。そんなコムギが今朝から様子がおかしかったものだから、心配で…」
「さっき電話でもおっしゃっていましたね、鳴きやまないって」
セオがそう言うと、洋一は悲し気な顔をして小さく息をつく。
「ずっと義明君の家の方向を見て、鳴いていたよ。…君たちも、せっかく会いに来てくれたのに、知人の訃報を聞かせてしまって…その…どう返せばいいものやら…」
その言葉と共に、洋一は更に落ち込んだ顔を見せる。信号が青になったタイミングでアクセルを踏み、再び車を走らせていく。
「いえ、お気遣いいただきありがとうございます。洋一さんの方がお辛いでしょうに」
「しばらくはお酒の味がしなかったな。…ずっと一緒に、穏やかに、程々の距離で、長く付き合っていけるものと思っていたんだがね…不摂生が祟ったなあれは」
冗談っぽく軽く笑いながら、でも相変わらず悲しみに満ちた顔のまま、彼の運転する車はスーパーの手前で左折し、小道へと入っていく。山を下りてしばらく車を走らせたからか、程々にコンビニやチェーン店が並ぶ場所まで来ていたようだ。
「さて、もうすぐ我が家だ。コムギもきっと喜んでくれるさ!」
「わー!会うの楽しみー!」
気を取り直したように明るく話す洋一と、嬉しそうに声を弾ませるルカを横目に、セオは自身の鞄に忍ばせた「それ」を握りしめる。
きっとこれが、せめてもの弔いになればと、セオは静かに目を閉じた。
「おかえりなさーい!その子たちが、義明君の?」
瓦屋根の一軒家の前で三人を待っていたのは、洋一と変わらない年であろう女性と、
「あ!コムギ!!」
ルカが口にした通り、小麦色の毛をした、義明の元飼い犬であったコムギであった。わしゃわしゃとコムギを撫でまわすルカを、セオは止めようとする。
「あ、おいルカ!すいません…」
「いいのよ!こんにちは、洋一の妻の春江です。久しぶりに若い子たちが来てくれて嬉しいわー!」
深々とお辞儀をする春江と名乗った女性に、セオもお辞儀を返し、同様にルカの首根っこを掴んでお辞儀をさせる。
「ほらまずは挨拶だろ!」
「ぐえっ!ちょっと兄さんいきなり引っ張らないでよ苦しいじゃん!」
「お前の礼儀がなってないからだろうが!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人を春江はポカーンと見つめると、あらあらと笑いながら、懐かしそうに目を細める。
「なんだか昔の義明君と洋ちゃん見てるみたいねー」
「ちょっと春江さん…」
恥ずかしそうに制止する義明を気にも止めず、ルカはその言葉を聞き返す。
「昔の義明君と洋ちゃん?」
「そうよーこの二人も昔は口喧嘩ばっかりでねー!それでも本当に仲が良かったのよ」
「…まあ、一応義明君が死ぬまで仲は良かったつもりだけどね。向こうからしてみれば、たまに会いに来る口うるさいやつくらいの気持ちだったかもしれないけど」
そう言いながら洋一は恥ずかしそうに頬をかく。
「…人の気持ちなんて、理解しようとしたところで無駄だからね」
「?」
洋一の言葉にルカは疑問を覚えるが、いつの間にかコムギに近付き、春江に「撫でていいですか?」と聞くセオの姿を目にし、その違和感はすぐに消えていった。
「ええもちろん!コムギも喜ぶわ」
春江の言葉に、セオは少し頬を緩ませ、さわさわと優しくコムギを撫でる。嬉しそうに目を細めるコムギに、心が穏やかな気持ちになる。
「兄さん僕も!撫でたい!」
二人でコムギを撫でまわす様子を、洋一と春江は見守りながら小声で話す。
「…最初はどうしたものかと思ったけど、コムギが警戒しない辺り本当に知り合いみたいだな」
「ええ、連れてくるってあなたが言ったときは凄く心配したけど、良い子たちで安心したわ」
しばらく見守っていると、片方の子──セオと名乗った青年――が、おもむろに鞄から何かを取り出す。
「ほらコムギ、これお前のものだろ?大事に取っとくんだぞ」
そう言ってセオが差し出したのは、随分古びたおもちゃだった。所々から綿の出た、元は色とりどりであったろうそれ。
そのおもちゃに、洋一は「あっ」と声を出す。
「それ、義明君がコムギと遊ぶ時によく使ってたおもちゃだ。俺も一緒に遊んだことある。コムギの、大層お気に入りの…」
「楽しそうにしてたもんねーコムギ!…あ、兄さんもしかして」
「…多分、お前が言ってた『コムギが伝えたかったこと』ってこれなんじゃないかなと思って」
コムギはセオが手に持つおもちゃを見た瞬間、「わふ!」と元気よく鳴くと、セオの手からそれを口で掴み取り、嬉しそうにブンブンと顔としっぽを揺らした。あまりの勢いに毛が飛び散って服にも毛がつきまくるが今は気にしない。
「…そっかー。コムギ、飼い主さんとの思い出、大事に覚えてたんだね」
「合ってそうか?」
「うん、兄さん凄いね」
穏やかに、けれど何故か少し悔しそうなルカの顔を、セオは意外そうに見つめる。
「お前そんな顔も出来たんだな、いっつもへらへら顔の癖に」
「さすがに失礼じゃない兄さーん?」
また軽口を言い合い始める二人を他所に、洋一はコムギを見つめる。
相変わらず、わふわふと鼻息荒くおもちゃに大興奮なコムギを見て、そのまま抱きしめる。
「…そうだよな、お前だって、まだまだ遊びたかったよな…」
勝手だよな、ほんと。
飼い主の様子に、犬はおもちゃを咥えたまま、嫌がる素振りも見せずに抱擁を受け入れる。鼻をすすり始める夫の背を、妻はゆっくりと摩る。
気づけばもうすっかり夕方になっており、酷く郷愁をかきたてる夕日が彼らを照らし出していた。
「…ねえ兄さん。僕ね。まだ分からない事だらけなんだけどさ」
彼等の様子を見つめながら、ルカは語り出す。
「死んでもいつか会えるから、寂しくないなって思ってもさ…やっぱり会えない時間はあるわけで。
それはちょっぴり…寂しいよね…」
「…そうだな」
「…いつか、分かる時が来るかな」
「何が?」
「この寂しさの正体」
そう言って、ルカは横にいるセオを見つめる。
「何となくだけど、ちょっとずつでも、知っていかなきゃいけない気がする。本当に、何となくだけどね」
物悲しそうに笑うルカをしばらくセオは見つめると、そのまま帽子越しに弟の乱雑に撫でた。
「…今は、それでいいんじゃねえの」
兄の言葉に、弟は励ましによる安堵を覚えた。
同時に、ほんの少しの悔しさも。
きっと、少しずつルカは変わっていく。…恐らく自分自身も。
その先にあるのが苦しみだったとしても、きっと止まれることはないのだろう。
知ろうと思ってしまったのだから。
いつしか夕日は自分たちも照らしていた。それが祝福なのか呪いなのか、今の彼等には知る由もなかった。
お疲れ様です。柏田です。
04これにて完結です。05も続いていきますが、もしかしたら更新遅くなる可能性もあります。温かく見守っていただけますと幸いです。
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それでは。




