03-5
どうしたものかと思ったものだよ、本当に。
パラティリティスの教えの元、記石回収に必要なあらゆる知識を学び続け、気づけば約一年が経った。
最初はあまりに多かった課題もある日を境に急に量が調整されることとなり、不思議に感じたセオがルカに聞いても、
「まあさすがにパーちゃんも『やりすぎた!』って思ったんじゃない?減ってくれてラッキーだと思おう!」
と楽観的な意見しか返ってこなかった。
人の考えに希薄そうなあいつにも気遣う心はあったのかとセオは内心意外だったが、ルカの言う通りラッキーだったと思うことにした。
今日はいわゆる最終試験。記石を回収するための能力がきちんと備わったかのテストである。これに合格すれば、晴れて一人前…というにはまだ早いかもしれないが、一通りの任務をこなせるに値すると評価される。つまりは、正式に回収装置として任務へ送られるということだ。
「内容はいたってシンプル。私の目の前に浮いているこの石に自分の力を込めるだけ。上手くいけば海のような青色に染まり、失敗すれば他の色になる。大事なのは、感情を凪のように沈め、指先に血の流れを感じること。以上かな。何か質問はある?」
そう尋ねるパラティリティスに、二人は首を横に振る。とはいえ、実際に回収作業と似たことを行うのは初めてのため、セオは思わず肩に力が入る。
黒板と椅子が並んだ、いつも通りの外の学び舎。出来ることはしてきたし、大丈夫だと思いたいが、さすがに緊張する。いつもの場所なのに、普段とは全く違う空気が流れているような気がした。
「石に力流し込むだけでしょ?簡単じゃん!もっと筆記試験?とかさせられると思ってた」
そんなセオの緊張など露知らず、ルカは能天気にそう答える。
「確かにそれが必要な場面もあるけど…筆記なら嫌というほどしただろ?それに、どれだけ筆記が出来ても、実践が駄目なら意味ないしね~でも知識なんてなくていいって言ってるわけでもないよ?小テストとかで二人とも十分力はついてるな~と思ったし問題作るの毎回大変だし筆記試験のテスト自分で作るとかまじでどんだけ問題精査しなきゃいけないの?って感じだしそれに」
「…つまりめんどくさかったと?」
「うん!」
満面の笑みで答えるパラティリティスに、セオは完全に呆れきった顔をしてしまった。同時に自分たちに力が本当についているのか益々不安にもなった。頼むから最後に困惑するようなことをしないで欲しい。
「まあ知識がちゃんと身に着いてるのは、教えてきた私がよく分かってるからそこは保証しよう。元々筆記試験は任意だしね。相当知識面で問題があるかもって判断される回収装置の卵たちにしか執り行わないし」
「それを最初に言ってくれ…」
セオは一気に肩の力が抜ける心地を覚える。早く終わらせてしまいたい。
「…よし、これで緊張は少しはほぐれたかい?」
「……意外だ。あんたこの一年で随分人を見るようになったんだな」
緊張をほぐそうと、パラティリティスなりに言葉を紡いでくれていたことにセオは驚く。内容はともかくとして。
「まあ、『見る』ことの大切さは自分なりに少しは理解したつもりだよ」
少しだけどね、とパラティリティスは苦笑しながらルカを見る。ルカは何故見られているか理解はしていなかったものの、とりあえずひらひらと手を振った。
そんな二人に気づくことなく、ヒトは変わるものなんだな、とセオは一人感心していた。
「さ、お話はここまでにして、試験開始だよ」
パンッと手を叩き、パラティリティスはそう告げる。
「じゃあまずはセオ君、こっちへ」
名前を呼ばれ、セオはゆっくり歩き出す。先ほどの緊張はほとんど残っていない。目の前に浮く石を前に、セオは深く息を吐いた。
大丈夫、きっと。
「石に手を添えて、任意のタイミングでどうぞ」
パラティリティスの言葉に頷き、セオはゆっくりと石に手を添える。
教わった通りに、言葉を紡ぐ。
「『カイキする者、その記録を以て汝の心を示せ』」
「よし、合格だ」
結果として、石は綺麗な青色に染まった。海のように、深くて澄んだ青色に。
「…やった!」
パラティリティスの合格の言葉に、思わずセオは拳を握りしめて喜ぶ。今までの日々がきちんと実ったことが、今はとにかく嬉しかった。
「良かった良かった。私も一安心だよ」
おめでとうと頭を撫でてくるパラティリティスの手。いつもならやめろと払いのけるところを、今日は少しだけ受け入れる。おや珍しい、という顔とした後、楽しくなったパラティリティスに、今度は両手でわしゃわしゃと撫でられてしまう。
「…やめろ調子乗んな!」
さすがに恥ずかしくなり、今度は両手を跳ね除け猫のようにシャー!と威嚇し始めてしまうセオに、「ああ…ボーナスタイムは終わりか…」とパラティリティスは露骨にしょんぼりする。
「おめでとう兄さん!じゃあ僕も頑張んなきゃね!」
ルカは心底嬉しそうに祝いの言葉を口にすると、むん!と気合を入れる。
「ありがとな、お前も頑張れ」
パラティリティスの後ろでそう返すセオに、頑張るよ!とルカは手を振る。
「じゃあ次はルカ君。どうぞこちらへ」
「はい!」
名前を呼ばれ気合のこもった声で返事をしたルカは、兄と同じように、石の前に歩を進める。
「石に手を添えて、任意のタイミングでどうぞ」
これまたセオの時と同じ言葉をパラティリティスは紡ぎ、ルカはしっかりと頷く。
石に手を添え、言葉を発する。
「『カイキする者、その記録を以て汝の心を示せ』」
石がゆっくりと光り出す。これでセオの時と同じように、青色になれば成功だ。
セオは、ルカもあっさり成功するだろうと思っていた。筆記はともかく、能力の扱いに関してはルカの方が優れていたからだ。
そう、信じていた。
「…」
おかしい。まだまだ石のことに詳しくないセオでも、これだけははっきりと分かった。
なにせ、
「…石が無反応と来たか…このパターンは初めてだな…」
パラティリティスが苦い笑みを浮かべ、どうしたもんかと困ったように応える。
そう、石は何も反応を示さなかったのだ。赤にも、黄色にも、他の色にもならず、ただただ無色。最初と何も変わらない。
「ルカ、石にはちゃんと、力込めてるよな…?」
「それは問題ないはずだよ。最初、ルカ君の言葉に呼応するように石が光り出したからね」
冷静にそう答えるパラティリティスに、確かにそうだったとセオは困惑する。
じゃあ、一体なぜ。
「あれー?全然反応しないよー?」
二人の深刻な雰囲気などいざ知らず、呑気な声をあげるルカにセオは若干の苛立ちを覚える。
「お前なあ、何お気楽な反応して、」
「…試験はこれにて終了にしよう」
パラティリティスの言葉に、セオは目を見開く。
「待ってくれよ!まだ可能性あるかもしれないし、もう少しだけ…!」
「いや、石の色が何も変わらなかった時点で、現時点におけるルカ君の回収能力はゼロと言っていい。私もこんな光景は初めて見るから、上手く呑み込めないけどね」
パラティリティスは困惑の表情を浮かべつつも、今はそう判断するしかなかった。
「…うーんそっかー。じゃあ仕方ないね、残念だけどさ」
ルカは気持ち落ち込んだような表情を見せるもすぐに切り替え、
「じゃあ僕ってどうなるの?」
といつも通りのテンションでパラティリティスに問いかけた。
「とりあえずは、私とここで特訓かな~とはいえ手探りになるだろうし、少し時間はかかるかもしれないけど」
「…じゃあその間兄さんとは離れちゃうの?」
「いや?しばらくはここから任務に言ってもらうことになるから、会える時間は減るかもしれないけど、離れることにはならないよ」
パラティリティスの答えに、ルカは「そっかー!」と心底安心した顔をする。
会えなくなる可能性を考えていたセオも、その言葉に息をついた。任務に就けるのはまだ自分だけだが、ひとまず離れることはないらしい。
「とりあえず、今日は二人ともお疲れ様。頑張ったお祝いってことで、今日のご飯は豪華に行こうじゃないか!」
「また魚丸々一匹とかやめてねー」
「そんなこともうしないとも!」
ぶすくれるパラティリティスを横目にルカは笑う。
「ここを片すから、先に行っててくれるかい?」
「手伝おうか?」
「大丈夫だよセオ君、ありがとう。あ、そうだ。棚にお菓子追加しといたから、後で見ておくといいよ。食後に皆で食べよう」
「ほんと!?やったー!兄さん早く行こう!」
「分かったから落ち着けって!」
さっきの困惑具合がなかったことかのように、仲の良い子供たちは家に駆け出していく。
パラティリティスはその背中を微笑ましく見届ながらも、憂いを帯びた表情を浮かべる。
「…どうしたものかな…」
パラティリティスのそんな声は、やはり波にかき消され、溶けていくのであった。
お疲れ様です。柏田です。
ここは特に重要かなと思って作った回なので、構成等かなり迷いましたが何とか形になって良かったです。
いつも本当にありがとうございます。感想等もお待ちしております!
それでは。




