027 月下の乱入者~サプライズは程々に~
「――ハインリヒ=セイファートだ。……お前は?」
「……負かした奴の名を聞きたいか?」
「ああ、是非に」
「……性格の悪りぃガキだぜ……」
ぶつくさと文句を言いながら、諦めた様に【狼】は言葉を続ける。
「ファング=コードレス、だ。……もうクタクタで何も動けねぇ。覚悟は出来てる。好きにしな……」
「……男に言われても、嬉しくない台詞だ」
「……だろうな」
くっくっく。と、笑い合う俺達。
とりあえず――街で暴れる亜人を、大人しくさせて貰わんといかんだろう。アレを自警団だけで何とかするには骨だろうしな。
外で待機している奴等も同様だ。
面倒臭いが、それが終わるまではまだ――
「……」
「――あ? どうしたよ?」
「お前、この館には二人で来たのか?」
「二人? いや、俺は一人で来たぜ?」
「……そいつは、ちょっと……おかしいな」
言いながら、俺は館の二階の窓を見た。
窓はいつの間にか開け放たれ、風によりカーテンが揺れていた。
「――来る」
「!?」
二階より視認した影は、一階の地面。
スネップの隣へと着地する。
驚き、慌てるスネップへと気にもせず、飛び降りた影――白き亜人の青年は、倒れたファングへと視線を向けた。
「何やられてんのさ――ファング」
「ジェミナ、お前……ッ」
黒き【狼】――ファング=コードレスは驚愕した声を出す。その視線は、彼が手に持つ物体へと注がれていた。
「――え?」
「はい、あげるよ。――君のお父さん」
ポン、と。白狼は手に持った物体――スネップの父であろう男の生首を彼に手渡した。
「……あッ!?……ああああッ!? ああああああああッ!!!?」
絶叫しながら、その頭部を投げ出すスネップ。
「……あらら、気に入ってくれると思ったんだけどなー」
まるで悪びれる事なく、そんな事を呟くジェミナという名の青年。
「ジェ、ジェミナ……お前【猫】と戦っていた筈じゃ……?」
「それなんだけどさ――ファング」
「……?」
「君、族長辞めない?」
「――は?」
「色々と考えた結果――僕は【猫】と手を結んだ方が良いと考えたんだよねー」
「――それは、何か……?」
ジェミナの声に、困惑していたファング=コードレスは遅まきながらその意味を理解する。
引き攣った顔が、怒りの感情を宿していく。
「連中に懐柔されたって事で良いのか? ……俺達を裏切るとッ?」
「……裏切る? ……うーん。結果的にはそうなるかなぁ?」
「……ッ! テメエは、悪びれもせずッ!!」
「ファング、――ファング」
激昂する彼を宥める為、ジェミナは優しくファングの名を連呼する。
宥める為……?
いや、結果的にそれは――正反対。
「――僕はね、君に未来を感じない」
「……ッ!?」
「両親を殺された時の君は良かった。殺意が身体を突き動かし、怒りのままに闘争本能を解放する君は――まさしく獣。純粋に、もっと見ていたいと思ったよ」
「……ッ」
「対して今の君はどうだい? 敵である人間と、ちょっと話したくらいで気を許してしまっている」
「それは……」
「デネッブ=アノンドロワは、地下で亜人を拷問していたよ」
「!!」
「酷い有様だった。君に見せてやりたい位だったよ」
「見せて――やりたい……?」
ジェミナの言い様に、ファングは少し――引っ掛かる。
それは俺も気が付いていた部分だ。
何故コイツは――過去形を使う?
それにこの、ジェミナから漂う血の臭い。
「ジェミナ、お前――捕まった亜人はどうした?」
自身の想像が外れている事を、ファングは願いながら言う。
「ん? あぁ――勿論、殺したよ。……一人残らずね?」
「――」
あっけらかんと。
何でもない事の様に、ジェミナは笑って答えを返す。
この時点で俺も――目の前のこいつから決定的な狂気を感じた。
何かがおかしい。タガが外れている。
――何なんだ、コイツは。
「……何故、そんな事を……?」
何か少しでも、彼の中から共感出来るものを探すように、ファングは目の前の白い青年へと声を絞る。
「理由。理由ねぇ……辛い経験をして、トラウマになった子達が大半でしょう? これから普通に生きていくのも大変かと思ってさ、楽にしてあげたんだ」
「……だからって、よぉ……ッ!」
苦渋の表情を浮かべるファングに、青年は顔を近付け――
「――なんてね?」
「――ッ!?」
「冗談冗談。嘘嘘。本当は――殺したいから、殺したんだ♪」
「は……? は……!?」
「弱肉強食。っていうか、僕って元々【狼】嫌いだし」
「――」
ジェミナのその言葉に、唖然とするファング。
「――君には分からないよ。たった一人、白い毛並みで生まれた【狼】の気持ちなんてさ……」
「それは、どういう……?」
「……」
ジェミナはファングの問いには答えず、代わりに自嘲する様な笑みを浮かべ――続け、酷薄な顔をする。
「残念だよ、ファング……両親を殺してやった時は、まだ期待していたんだけど……結局、君は僕の理解者には成れなかった。本当に――残念だ――」
その言葉を聞いた瞬間。
ファング=コードレスは、その動きを停止させる。
言われた言葉の意味を――頭の中で咀嚼し――
――自身を見下ろすジェミナの口元が、弧に歪んでいる事に気付いた瞬間――彼の心は、激情に支配された。
「――ジェミナぁあああッ!!! テメエええええッ!!」
立ち上がる事すら出来ぬよう、痛めつけた筈だった。
だが――現実にファングは立ち上がり、己が両親の仇と判明した青年へと、その腕を伸ばした。
亜人であるにも関わらず、その身を狼化させずに佇む青年。
ジェミナは笑みを浮かべながら――ファングの身体を通り過ぎた。
独特の歩法は、格の違う速度によるもの。
通り過ぎると同時――ファングの身体へと叩き込む――十連撃。
打撃を浴びせられながら、それでも振り返ったファングが見たのは、己の眼前に迫る――ジェミナの踵。
「がァッ!!?」
振り下ろされた踵は、ファングの顔面を砕き、地面を割り、館の周囲の壁を崩壊させる。
「……ッ……ジェミ……ナ……ッ」
「はぁ……」
ジェミナは溜息を吐きながら、全身から血を流し、仰向けに倒れるファングへと視線をやる。
「こんなものか……」
期待して損したと。
言外に言いながら、ジェミナはファングへと止めを刺そうとする。
「おい、待てこら」
その動きを――俺は止める。
ポコン、と。
奴の後頭部へと、履いていた靴が命中する。
「……は?」
地面に転がった靴に視線をやり、当たった後頭部を手で摩り――信じられないと言った顔で、俺へと振り返る青年――ジェミナ。
「いきなり出て来て場を仕切るな。そいつに死なれたら、こっちも困るんだっつーの」
外の亜人、どうすんだよ。
トップが殺されたとなったら、それこそ止まらなくなるだろうに。
「生首持って現れた事と良い――迷惑だ。サプライズは人の気持ちを考えてやれ!」
「……」
極正論を口にしていると思うんだが、ジェミナの奴は答えない。
知り合い以外とは話せない奴だったりする?
だとしたら、面倒なコミュ障だな。
「死にたいの……人間?」
お。やっとこさ返事が返ってきた。
でもって、どうやらやる気みたいじゃないか。
言葉よりも、肉体言語がお望みか。
まぁ、良いだろう。
「その言葉、そっくりそのまま返してやろうか?」
「……」
「焼肉定食だか弱肉強食だか、さっきは言っていたが――」
「……」
「そんな台詞を吐く奴は、決まって中途半端な強さだったりする」
「……ふざけた事を……ッ」
おお、怒った怒った。
図星だろう?
「教えてやるよ。――手取り足取り優しくな?」
簡単に挑発される、チョロい亜人に向かって、俺は言う。
「本当の――強さって奴をさ」




