026 ハインリヒ VS ファング~お前、負けたがってるだろ?~
「レイド、お前は此処で待機な?」
「ええ!?」
教会の礼拝堂で【狼】の亜人を鎮圧した俺は、相変わらずブツブツと何かを呟いているレイドに向けて、そう言った。
「な、何故ですか先生!? もっと先生の戦いを見たいのにッ!」
「……お前には教会の防備を頼みたいんだよ」
頭を掻きながら、呆れた様に俺は言う。
未だ外は亜人の暴徒で一杯だ。
第二、第三と、教会に攻めてくる輩が出ないとは言い切れない。
「単体で置いといても大丈夫そうな戦力は、今んとこお前だけだ」
「――ッ!」
「ガキ共を守ってやってくれ」
頼んだぞ。
と、言外に俺が言うと、レイドの奴は歓喜に打ち震え――
「お任せあれ!」
――と、元気な返事をしてくれた。……ちょろい。
「シュチャ。悪い、ちょっと行ってくるわ」
「ハイン、何処行くの……?」
「領主の館だな。面倒臭いが、あそこを落とされたらソレこそ連中の歯止めが利かなくなる。……シスター・テレサも、同じ事を思ったんじゃないかな?」
だから大事な子供達を放っといて、教会から飛び出したのだろう。
……戦える人だというのは気付いていたが――無茶をする。
「君の事だから、心配はしてないけど……シスターを頼んだよ?」
「任せておけ。お前も子供達を頼んだぞ?」
「――ん。任された」
プレアと会話を交わし、今度はキッチェへと、顔を向ける。
「行ってくるぞ?」
「うん!」
「怪我、すんなよな?」
「うん!」
「……」
「……えへへ」
本当に分かってんのかなぁ、コイツ。
茶色い癖毛を、わしゃわしゃと手で掻き混ぜてやる。
「隊長、俺達は――」
「都市内部の自警団と合流し、民衆を避難させろ。暴徒の鎮圧はそれからだ。分かっているとは思うが、集団行動は徹底しろよ?」
「了解!」
気持ちの良い返事をし、同僚たちへと指示を飛ばすグエンを見ながら、俺は安心して教会を飛び出した。
◆
領主の館へとやってきた俺は、その光景に困惑する。
壊れた玄関に、燃える石畳。
至る所で倒れている、自警団と思われる兵士達。
ボロボロの姿で膝をつく、ルーシー=スカイバーン。
倒れたまま顔だけを何とか動かす、テレサ=エンフィール。
泣き崩れ、何かを叫ぶスネップ=アノンドロワ。
困惑した様子を見せる、黒銀の【狼】
腹に矢を受けた――亜人の少女。
出遅れてしまった間に、何かあったんだろうな。
喚くスネップの首を掴み、持ち上げる【狼】
一見、絶体絶命の様子に見えるが――あの【狼】迷っているな。
ルーシー=スカイバーンは言っていた。
スネップの奴はまだ、大丈夫だと。
まだ引き返せると。
倒れた少女と、覚悟を決めた様なスネップの姿を見比べる。
「……成程、な」
ほんの僅か口元を歪めながら、俺は事件の中心へと近付いた。
「――やめておけ」
「!!!」
スネップを掴まえた【狼】に向けて、俺は声を掛けた。
……そんなに驚くなよ。
……気配は消していたが、もっと警戒していれば気付けただろうに。
……それだけ、目の前の事に集中していたのだろう。
……余裕がなかったとも、取れるがな。
「何だテメエ、いつからそこにいたッ!?」
【狼】の疑問に、俺は答えない。代わりにもっと近付いてやる。
「嫌々暴力を振るってどうする? 後で後悔するだけだぞ?」
「……な、にぃ?」
――射程圏内。【狼】の間合いへと侵入する。
「馬鹿が!」
空いた左手で俺を切り裂こうと言うのだろう。
その速度――欠伸が出る程、遅すぎる。
「――なッ!?」
薙ぎ払われた爪の一撃を、手でなぞる様にして逸らしてやると、目の前の【狼】は驚愕した様な声を上げる。
どうでも良いが、邪魔をしないで頂きたい。
俺が今、用があるのはお前じゃないんだから……。
「――まだ、息があるな」
「ハイン君……」
「泣くなよ、スネップ。……男だろう?」
言いながら俺は、倒れた少女へと屈み、回復魔法を行使する。
痛々しくも、突き刺さった矢を引き抜き――出血が加速せぬよう患部に集中して魔法を使用する。
青白かった少女の顔は、やがて血の気が戻っていき――
「スゥ……スゥ……」
「……よし」
――その傷を、全快させる。
「――ッ!!!」
驚愕に目を見開く、両者。
亜人の男に至っては、掴んだスネップを思わず放してしまっいる。
よろよろと、少女へと近寄るスネップ。
穏やかな寝息を立てる少女の手を取り、スネップは――泣いた。
「う、ううううう!! ベリー……ッ! ベリー……ッ!!」
「良かった……良かった……」と、嗚咽を零す貴族の少年。
そんな彼の様子を目の前にした【狼】は――動けなかった。
こいつも、随分と迷っているなぁ……。
まぁ、俺には関係ないけど……。
「……ん?」
そう、思っていたのだが――何故か【狼】君は俺へとガンを飛ばす。
「随分と引っ掻き回してくれたなぁ――ガキッ!」
「……」
「聖術師か何かか? 素人目にもレベルの高けぇ回復魔術だった」
「……」
「だが――直接の戦闘ならどうだろうなぁ?」
やる気十分と言わんばかりに、目の前の【狼】は俺へとその爪を伸ばして見せる。
あぁ、成程――そういう事か。
「お前――負けたがってるんだな?」
「――ッ!!?」
「乱暴な言葉使いで誤魔化してるつもりか? 戦意が薄い。気力も萎えている。だが――それでも止まれないから、俺に介錯を頼んでいるのだろう?」
つくづく、面倒臭い男だ。
スネップ=アノンドロワに感化され、その怒りは雲散している。
もう戦う理由など無いというのに……自分では決して止まれない。
――不器用な奴。
「――まぁ、嫌いじゃねぇよ」
「!!」
「ちょっとだけで良いなら、相手してやるさ」
「……人間がッ」
さぁ――来い。
「そんな台詞、吐いてんじゃねぇ――ッ!!!」
叫び、俺へと突進する【狼】
その身体には黒炎を纏い、その毛皮も相まって見るからに熱そうだった。
なので――消火する。
無詠唱多重奏展開。水の第六魔法『ハイドロ・プレス』
滝の様な鉄砲水が、前方に展開した魔法陣から放出される。
「当たるか! んなもんッ!!」
空中で姿勢を制御した【狼】は、迫り来る大質量の水を回避する。
が――足元がお留守だ。
「――なッ!」
「読み通り」
亜人の【狼】が着地する瞬間――その足元に『ハイドロ・プレス』の魔法陣が展開される。
だからこその多重奏。
水とは――落ちるばかりが芸ではない。
「ぐわ――ッ」
下からの水の噴出に【狼】は、宙へとその身を飛ばされる。
濡れた毛皮に黒炎は燻りを見せるも、その炎は鎮火される。
故に――無防備。
無詠唱多重奏展開。雷の第四魔法『ライトニング・スピア』
「!!」
四方八方。
次々と展開される魔法陣に【狼】は顔を青褪めた。
放たれる紫電十閃。雷撃の槍が次々と【狼】の身体へと突き刺さり、その肉体を焼いていく。
幾ら亜人の耐久力が並外れていようと、コイツは効くだろ?
水で電気を通りやすくしている、オマケ付きだ。
射出される雷の槍に貫かれながら、落下する【狼】の姿を確認し、風の第三魔法『エア・クリエイト』を行使する。
作り出すのは……これもまた槍で良いだろう。
下手に間合いを詰めて、反撃を食らっても面白くはない。
「さて、上手くできるかな?」
何分、長物を扱うのは久しぶりだ。
落下を待ち受ける俺へと【狼】は、苦し紛れに両腕を伸ばす。
気絶していてもおかしくないダメージだろうに。
その根性に――敬意を示そう。
偃月――瞬撃槍。
交差する瞬間、両手両足心臓を狙った完全同時六連撃。
それが――完全に入った。
「――」
亜人の【狼】は吹き飛ばされ、石畳を転がっていく。
「うおッ!?」
館の壁――丁度ルーシーの3メイル隣に激突し、奴はその動きを止めた。
「……生きてるか、おい」
「……ッ」
「あ、起きた」
――てか、起こすなよ。
完全に気絶させるつもりで攻撃したんだがな……結構固い。
まぁ、流石にもう動く事は出来ないだろう。
「くそッ、足が言う事効かねえ……」
「足だけじゃないだろう。手、凄いプルプルしてるぞ?」
痙攣してんじゃん。雷の受けすぎじゃね?
「バケモンか、テメエ……」
「……すっきりしたか?」
「此処まで一方的にやられて、すっきりすると思うか?」
「……」
プレア=トリィなら、或いは――
「真剣に考えてんじゃねえよ――ったく……」
「……」
「――名は?」
「ん?」
「俺を倒した奴の名を知りたいって言ってんだよ!」
亜人の【狼】から発せられた、事実上の降参宣言。
俺はそいつを聞くと、にかりと笑った。




