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ハインソード・サーガ  作者: 威風
第2章 ~傭兵団結成!城塞都市の攻防編~
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028 その日、世界は色を変えた


――闇の中に、ずっといたんだ。



男たちの荒い息遣いが、室内へと木霊する。

揺さぶられる身体。

飛び散る汗は汚く――不快だった。


闇の中に蠢く獣達は――僕にとっては蟲と同じいきものだった。


己の身体を這い回り、体液を吐き出す、嫌悪すべしもの。


だがそんなもの――もう、どうでも良かった。


泣き叫んだって、誰も助けてはくれない。


これが僕の日常だ。


所詮この世は弱肉強食。弱ければ、食われる。


捕食される。



だから、その日も僕は――諦観する。


擦り減っていく精神。早く――今すぐにでも消えて無くなりますようにと。

願う事はそれだけだった。



『――誰にも言うなよ?』



去っていく蟲達が、僕に残した言葉だ。


……言える訳、ないだろう。


ふと湧いた反抗心は、男達の強い視線に簡単に揺らぎ、


「――はい」


と。気持ちの悪いにやけ面を浮かべて、聞き慣れた媚びた声が僕の喉から発せられた。




◆




男達が消えた後、僕は自身の身体を洗いに川辺へとやってきていた。

長い時間を掛けて洗っていたと思う。


ばしゃり、ばしゃり。


水で丹念に身体を洗っていく。


力強く擦る為、肌は赤く腫れていく。

でも、仕方がないだろう?

汚れが取れないのだから。――全然、全く。


水面に映る自身の顔は――まるで死人の様に生気が無い。


……いっそ、此処で死んでしまった方が良いのかも……。


僕がそう思考した時だった。



「ホ。――珍しい。白い毛のウルフディアンとは……」


「――ッ!?」



突然の背後からの声。

何者だと思う前に、僕は自身の肉体を腕で隠す。


咄嗟の事とは言え、未だ自分に羞恥心というものがあった事に、内心驚いていたりした。


「面白い、サンプルになるやもなぁ……クケッ!クケッ!」

「……」


声の主は、老いた魔族のものであった。


詳しい所は良く分からないが、不健康そうな緑色の肌に、目元へ浮いた魔抗線がそれを確信させる。


皺で歪んだ禿頭。罅割れた四角い眼鏡。口元から生やされた白い髭。短い手足など、とても濃い外見をしている。


一見して不審者ではあるが、その身に着けた黒いスーツは、見覚えがあった。



部落を出入りする――武器商人。

彼等の出で立ちと、老人の格好は似ていた。


……しかし、魔族の商人? 人間なら良く来るけれど……。


種族間で繰り返される戦争。それに終わりはない。

今は僕達【狼】と【虎】が争っていた。


人間達――商人達はそんな僕らに目を付け、武器を売り捌く。


正直、鬱陶しい連中だ。


だが、彼等の武器を買わなければ、同じく武器を買った【虎】へは対抗出来ないだろう。


無視する事は出来ない。


堂々巡りの地獄の誕生だ。


……尤も、貧弱な僕は戦争のお荷物。同年代の族長の息子が戦場に立っているというのに、僕は未だ初陣すら果たしていない。



いや、今はそんなこと――どうでも良いか――



「のうのう! 美しい狼よ!お前さん、儂の見る目が間違って無けりゃぁさ……お前、死にたがっていただろう?」


「――ッ」


図星を付かれたのが、顔に出たのだろう。

途端に、汚い声で笑い声をあげる老人。


……不愉快だ。

……何なんだ、この魔族は。


「良いなぁ、良いなあ! ――唆る! 大方同族にでも虐められたのだろう!? どんな泣き声を叫んだ!? なぁなぁ、儂にも教えておくれよ!? クケッ! クケケッ!!」


「……ふッ、ふざけるなッ!!」


老人のその、あまりの下卑た言い様に――僕はキレた。

川から上がり、一糸纏わぬ姿のまま老人の首を掴み、押し倒す。


押し倒してみて――分かった。


この魔族――恐ろしく弱い。


それは、老人なのだから、そうなのだろうと言われるかも知れないが――違うのだ。魔族とは本来、歳を重ねただけ強くなる種族なのだ。身体の構造上。マナの貯蔵の関係上、そうなっている。


だと言うのに、この老人は貧弱な僕でもその身体を押し込められた。


初めての感覚だ。

この時僕は、不思議な昂揚感を抱いていた。


それは、誰かを支配する喜び。


あいつらが――僕に対して抱いていた感情。



「――ぐッ!」



そう考えた瞬間、僕の腕は力を無くした。

酷い、嫌悪感に襲われたからだ。


老人は、そんな僕を見上げながら――



「――何故、止める?」



心底信じられないと言った表情で、僕に問いかけた。


「何故って、そんなの……」


言って、僕は言葉が続かない。

自分でも自分の感情が分からなかったからだ。



「ふむ? 力の解放、その快感に恐れを抱いているのか……?」

「……?」

「……良いだろう。これも研究の一つだ」


言いながら老人は、己の懐から小さな小瓶を取り出した。

小瓶の中には、紫色の液体が入っている。


それを僕に手渡しながら、老人は言った。



「白き狼よ。美しき君に力を与えよう――欲するままに奪い、求めるままに破壊せよ……さすれば世界は、色を変える」


「……力を?」


手に持った小瓶に視線を落とし、呟く。


「!」


気が付けば、老人の姿は何処にもなかった。


取り残された僕が、小瓶の中身を飲み干す決心をするのに、大した時間は掛からなかった。



老人の正体が、悪名高き万魔八殲将――創殲ゲルマだと知るのは、それから少し経っての事だった。




◆



求むるままに……。


欲するままに……。



「――あぁ……」



燃え盛る部落の光景を目にしながら、僕は恍惚とする。



――世界は変わったのだ。



簡単に、劇的に。


もう、僕を害せるものなんて何もない。


倒れた近くの亡骸へと視線をやりながら、僕は笑う。



蟲に――炎はお似合いだ。



自身を汚した汚物へと侮蔑の表情を浮かべながら、しかし、巻き添えにしてしまった妻の方には悪い事をしたと僕は思う。


尤も――この女がちゃんした甲斐性を見せていれば、僕が汚される事もなかったのかも知れない。そう思うと、やっぱり殺して正解だったのかもなぁ……。


口元を歪めながら、そんな事をつらつらと考えていた時、



「――そんなッ、そんなッ!!?」



幼馴染の少年が、顔を歪めながら、此方へと駆けてくる。


正確には――亡骸となった両親の元へ、だけど。



「親父ッ!? お袋ッ!? う、うぁあああ――ッ!!」


「……」



悲しみに暮れ、涙を流す少年。

思わず溜息が出そうな、定番の反応だ。つまらない……。


……どうせもう、此処には用はない。

……早々に退散して、部落を去ろう。


――僕が、そう思っていた時だ。



「……奴等が、やったのか?」

「……え?」

「俺の両親を【虎】の、奴等が――ッ!!!」

「――」


幼馴染の少年――ファング=コードレスは激怒していた。

沸々と湧き上がる怒り。――負の感情。


初めて見せる少年のその姿に――僕は、激しい共感を覚えた。


そうか……そうか。そうか!そうか!!


君も僕と一緒かッ!!


いや、まだ早い。

結論を出すには、もう少し様子を見なければ!


内心で歓喜に打ち震えながら、僕は彼へと返答する。



「そうだよ、ファング。君の両親は――無残に殺された」



情けなく、命乞いをしていた。



「丸腰の相手を甚振る様に、連中は執拗に攻撃を仕掛けたんだ」



謝罪の声も、上げていたとも。



「君のお母さんは、途中でそれに気付き、止めに入った」



夫の所業を暴露した時、その表情は傑作だったなぁ。



「けれど――御覧の有様だ」



「……ッ!!」



ファングは黙って僕の言葉を聞いていた。

歯を強く噛み締め、固く握った拳からは血が滴っていた。



「すまない。――僕は、怖くて動けなかった……」



凶行を――振り上げた手を、止める事などしなかった。



「……ファング」

「あぁ」



「――絶対に、こんな事をする奴を……許しちゃ駄目だよ?」



「――」



少年は、強く頷いた。



彼が戦場に立ち、指揮をし【虎】の部族を滅ぼしたのは、そのすぐ後の事だった。






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