侯爵・アルフレッドの場合
とある邸宅の一室――
「はぁ」
と、盛大な溜め息を吐いた張本人は、その勢いのままガリガリと頭を掻いた。
――アルフレッド・キンダー侯爵。キンダー公爵家の、れっきとした跡取り息子様である。
またの名を放蕩息子、女泣かせのアルフレッドという彼は、父・キンダー公爵によって現在非常に厄介な状況に追い込まれていた。
彼が今にらめっこをしているのは、その根幹とも言える社交界のご令嬢のリストだ。
遊び歩き続けて早数年。
人妻その他とのアバンチュールを楽しみ続けて早数年。
かるーい恋もどきがお好みの彼は、もうしばらく身を固める気はなかった。
楽しめればそれでいい。
蝶のように女性たちの間を渡り歩くことが、彼のある種のアイデンティティだった。
ところが老公爵はそれがご不満だったようで、「そろそろ孫の顔が見たいなー」と可愛くもないおねだりで間接的に攻めて2ヶ月、遂に相手にしない息子に痺れを切らし、「お前、来シーズンまでには結婚な」と半ば(どころか8割方)強引な口調で命じてきたのは昨日のことである。
「それもこれも、全部あいつのせいだろ」
侯爵は、最近すっかり付き合いの悪くなったかつての同士と、彼の妻の顔を思い浮かべ、花嫁候補のリストを繰りながら再び深い溜め息を吐いた。
◇ ◇
プラチナはムリでもせめてホワイトかブルーで、と思うのは、独身の貴族が花嫁を迎える時に希望する最低限の条件である。
といっても例のカラーチェッキングは男性側だけの暗黙の了解であって、実際のところ女性にはあまりその評価方法は知られていないのだ。
例えば――
最低ランクはレッド。
内外面において派手なデビュタントは、ここに分類される。
金遣いも男使いも荒らそうなタイプの女だ。
第2ランクはオレンジ。
レッドより派手ではないにしろ、十分にその要素を持ちうるこのランクには、新興貴族の令嬢たちがよく入っている。
生まれのためか、若干品の無い少女が多いからだ。
第3ランクはブルー。
このランクには特筆すべき欠点はないが、特に面白味もない令嬢が入る。
いわゆる、無難なランクなのである。
そして通常の最高ランクとされているのはホワイトであり、このランクに入ることが出来るのは毎年本当に一部のデビュタントだけだった。
気品と教養を持ち、男を立てることを知っている理想的な妻に相応しいタイプ。
妥協してブルー。
欲を言えばホワイト。
しかしてその上をいくプラチナは、10年に一度出るか出ないかのとても珍しいランクだった。
そのランクに入る条件はホワイトとあまり変わりはしないが、それに加えて、純粋な気性の持ち主であることが最も重要なのである。
元来最高ランクがホワイトであったのも、自分色に染めるという男性諸君の欲の表れだったらしい。
だからこそそこに染められやすい純粋さが加われば、もう光り輝くプラチナなのだ。
そしてなんの巡り合わせか、アルフレッドたちの婚期に彗星のごとく現れたプラチナがいた。
……が。
幼い頃からのラブラブな婚約者と、ある強引なヘタレとの争奪戦でもって、外野からは一切手出し出来ない一連の流れでプラチナめとり合戦はいつの間にか完結していたのだ。
――そういえば、奴の母親もプラチナだったな。
プラチナに惹かれる性質は親譲りかと、侯爵は1人きりの部屋で密やかに笑った。
先代のローデンバーク公爵も、ゴシップ好きな社交界においてさえ一切ネタを提供したことはなかったように思う。
結局あそこの家系は、一途なのだろう。
その昔、まだ彼らが宮廷の騎士団に出仕していた頃、彼の親友の眼はいつも何かを拒絶しているようだった。
ところが最近の奴といえば、とろとろな眼を奥方に向けては周囲を驚かせる一種のゴシップネタ提供者だ。
――人間、変われば変わるもんだ。
そして侯爵は自らの運命の花嫁を探すべく、先ほどよりは軽やかに、リストを繰り始めるのだった。
はい、アルフレッド様でございました。
皆様、彼の事を覚えていらっしゃいますでしょうか?
カルスのエリゼ奪還計画遂行中に、へたれウィリアムに発破をかけた彼でございます。
さて、ここで豆話をひとつ。
このお話の中で伯爵令息カルスが子爵、公爵令息アルフレッドが侯爵を名乗っていますが、これは父親が複数持つ爵位の一つを嫡男が名乗ることが出来るからです。自分の持つ爵位の、次の位のものを渡せるんですね。
ちなみにウィリアムくんのお父上(実はご両親)はすでにお亡くなりになっているので、彼は普通に公爵位を継承しております。まあ、公爵以上の爵位なんてないんですけど(笑)
というわけで、侯爵・アルフレッドはこれからも嫁取りに苦しむのでしょう^^
とりあえず、ランクの説明役を担ってくれた彼に感謝w