第5話 信じてるから②
その日のバイト終わり、和也とリョウは二人で飲んでいた。
「そういやさ」
料理をつまみながら、和也が言った。
「ん?」
「俺、ミホとしたよ」
リョウの手が止まった。
「は?」
「この前」
「お前マジで?」
「マジ」
リョウはしばらく和也の顔を見たあと、何かを思い出したように眉を寄せた。
「つーかお前、ユイもヤったって言ってたよな?」
「言ったな」
「ふざけんなよ!」
「何でだよ」
「同じ店で働いてんのに、何でお前ばっかヤってんだよ!」
「知らねえよ」
「いや、おかしいだろ。カオリも狙ってるし」
「それはお前もだろ」
「そうだけど」
「しかもお前、彼女いるじゃん」
リョウは何でもないことのように答えた。
「二人な」
「それ普通に言うなよ」
「いや、彼女は彼女だろ。それとこれは別」
「意味分かんねえよ。お前の方がよっぽどクズじゃねえか」
「お前に言われたくねえ」
「それはそうか」
「認めんのかよ」
こんな話を気兼ねなくできるのも、バイト先ではリョウくらいだった。
「で、ミホどうだった?」
「普通に良かったよ」
「それだけ?」
「何が聞きたいんだよ」
「全部」
「うるせえよ」
和也はジョッキを飲んだ。
「でもさ、ちょっと面白いこと言ってた」
「何?」
「複数に興味あるって」
リョウの顔が変わった。
「……マジで?」
「食いつきすぎだろ。漫画とかでそういうの読んで、興味あるらしい」
「じゃあ俺でいいじゃん」
「早えよ。まだ誰とやるとか、そういう話じゃねえって」
「お前と誰かってことだろ? 聞いてみろよ」
「何て?」
「俺と三人でどう?って」
「そのまんまじゃねえか」
「分かりやすくていいだろ」
「必死すぎんだろ」
「当たり前だろ」
◇
ミホとの関係が始まってから、店でも以前より距離が近くなった。休憩が重なれば並んで話し、人がいなければ軽く触れ合うこともあった。
ある日、休憩室で二人きりになった。
「私、手冷たいんだけど。和也は?」
「知らん」
「貸して」
差し出すと、ミホが和也の手を両手で包んだ。
「和也の方が冷たいじゃん」
「お前があったかいんじゃね?」
「そうかな」
そのまま何となく手を繋いで話していると、休憩室の扉が開いた。
「あ」
入ってきたのは副店長だった。繋いだ手に目を落とし、それから二人の顔を見る。
「……仲いいね」
「そうっすか?」
「うん。なんか前より距離近くない?」
「気のせいじゃないですか?」
「そう?」
ミホは黙ったまま、口元に手を添えた。
「まあいいけど。休憩終わったらお願いね」
「はーい」
副店長が出ていくと、ミホが和也を見る。
「絶対バレたじゃん」
「何が?」
「何がって。手繋いでたでしょ」
「手繋いでただけだろ」
「だからでしょ」
そう言いながらも、ミホはすぐには手を離さなかった。
◇
数日後、和也はミホに聞いてみた。
「そういや、この前言ってたやつ」
「何?」
「複数に興味あるって話」
ミホが少し目を逸らした。
「……覚えてたんだ」
「そりゃ覚えてるよ。ほんとにやってみる?」
ミホが和也を見た。
「誰と?」
「リョウ」
「リョウくん?」
「うん」
ミホはすぐには返事をしなかった。
「嫌なら別にいいけど」
「嫌っていうか……ちょっと怖い」
「まあ、そりゃそうだろうな」
しばらくして、ミホがもう一度和也を見た。
「でも、和也のこと信じてるから、してみたい」
「……何で俺を信じてると三人でやることになるんだ?」
「分かんない。でも和也がいるなら大丈夫かなって」
「分かんないのかよ」
「分かんないです」
「じゃあ今度、三人で一回飲む?」
「いきなり?」
「いきなりホテル行くよりいいだろ」
「まあ、それはそうかも」
「リョウにも言っとく」
「絶対変なテンションになるじゃん」
「もうなってる」
「え?」
「何でもない」
◇
三人で飲むことになった日、予想通り一番落ち着きがなかったのはリョウだった。
「ほんとにいいの?」
席についてしばらくすると、いきなり聞いた。
ミホが目を丸くした。
「何がですか?」
「いや、三人のやつ」
「お前、いきなりそれ聞くなよ」
和也が止めると、リョウがこちらを見た。
「だって確認するだろ」
「少しは普通に喋れ」
「普通に喋ってるじゃん」
「どこがだよ」
ミホが口元を手で押さえた。
「リョウくん、ほんとそういうことしか考えてないんですね」
「いやいや、そんなことないよ。仕事のことも考えてる」
「絶対嘘」
「そこまで信用ない?」
「ないです」
即答だった。
それからしばらくは店長がどうだとか、次のシフトが面倒だとか、いつものバイトの話をした。
酒が進んだ頃、ミホが自分から口を開いた。
「私、してみたいですよ」
リョウがすぐ和也を見た。
「聞いた?」
「聞いてたよ」
「じゃあ決まりだろ」
「お前ほんと嬉しそうだな」
「そりゃ嬉しいだろ」
「彼女二人いるくせに」
「それとこれは別」
「またそれかよ」
◇
そのあと、本当に三人でホテルへ行った。
部屋へ入ると、さっきまで妙に浮かれていたリョウが急に慎重になった。
「ほんと大丈夫?」
「大丈夫です」
「嫌だったら普通に言ってね」
「分かってます」
しばらくして、リョウがまた聞いた。
「ほんとに?」
今度はミホが呆れた顔をした。
「リョウくん、しつこい」
「いや、大事だろ」
「さっきから何回聞いてんだよ」
和也が言うと、リョウは少し考えた。
「知らん」
「私も知らない」
それからしばらくして、和也がふと顔を上げると、視界いっぱいにリョウの尻があった。
――いや、これは違う。
さっきまでの気分が一気にどこかへ消えた。
「お前、邪魔」
リョウが振り返る。
「何が?」
「ケツ」
「知らねえよ!」
「こっち向けんなよ」
「無理だろ!」
横からミホの声が飛んできた。
「何してんの、二人とも」
「こいつのケツしか見えねえんだよ」
「見るなよ!」
「見たくて見てんじゃねえよ!」
◇
その後も、ミホは和也ともリョウとも会い、三人で普通に飯を食ったり、飲みに行ったりもした。
「今日終わったら飯行かね?」
ある日のバイト終わり、リョウが言った。
「俺はいいよ」
和也が答えると、リョウはミホを見た。
「ミホは?」
「行く」
「じゃあ決まり」
近くの店に入り、三人で飯を食った。
「今日の店長やばくなかった?」
ミホが言った。
「機嫌悪かったな」
「絶対リョウくん何かしたでしょ」
「何で俺なんだよ」
「だいたいリョウくんじゃん」
「今日のは違うな」
和也が口を挟むと、リョウが頷いた。
「だろ?」
「昨日はお前だったけど」
「昨日は関係ねえだろ!」
「何したの?」
「皿割った」
「お前言うなよ!」
「やっぱり」
そんなふうに三人で過ごすうち、ある日ミホが言い出した。
「今度カオリちゃんも呼んで飲みません?」
「カオリ?」
「うん。最近あんまり一緒に遊んでないし」
「俺はいいけど」
和也が何気なくリョウを見た。
「……俺も別にいいよ」
返事が妙に普通だった。
◇
後日、四人で飲むことになった。
飲み始めてしばらくして、和也は妙なことに気づいた。リョウが下ネタを一度も言っていない。
「お前今日どうしたの?」
「何が?」
「静かじゃね?」
「普通だろ」
ミホもリョウを見た。
「あ、ほんとだ。今日全然変なこと言わないね」
「いつも言ってるみたいに言うなよ」
「いつも言ってるじゃん」
カオリが不思議そうに首をかしげた。
「リョウくんって、そんな下ネタ言うの?」
「いや、そんな言わないよ」
「嘘つけ」
和也が即座に返す。
「めちゃくちゃ言うよ」
ミホまで乗っかった。
「お前ら黙れよ」
「何で?」
カオリに聞かれ、リョウがジョッキを飲む。
「別に」
和也はその顔を見た。
「お前、カオリいるから緊張してんの?」
「してねえよ」
「してるじゃん」
「してない」
「声でかくなってるぞ」
「うるせえよ!」
カオリが首をかしげたままリョウを見ると、リョウは露骨に視線を逸らした。
◇
ミホが専門学校を卒業する頃、地元へ戻るという話を聞いた。
「帰るんだ?」
「うん。最初からその予定だったし」
「こっちで就職しないの?」
「しない。親も帰ってこいって言ってるし」
「そっか」
「寂しい?」
「まあ、ちょっとは」
「ちょっとなんだ」
「めちゃくちゃ寂しい」
「嘘っぽい」
ミホがいつものように口元を手で隠した。
帰るまでの間も、それまでと変わらず、和也と二人で会うことも、リョウを交えて遊ぶこともあった。最後まで、付き合うという話は出なかった。
そして卒業と同時に、ミホは地元へ帰った。
それで、ミホとの関係は終わった。




