第14話 才能だよ
大学には、男関係の噂で妙に有名な女がいた。
ナナミという。小柄で、ツインテールがよく似合う。普通に可愛い女だった。
和也が名前を覚えるより先に、
「あの子、何人かとしたらしいよ」
「入学してすぐじゃなかった?」
そんな話を何度か聞いた。
どこまで本当なのかは知らないし、和也自身には最初ほとんど接点もなかった。
それが変わったのは、大学でよくつるんでいた男の一人、ケンタがナナミに一目惚れしたからだった。
「俺、あの子めっちゃタイプなんだけど」
「行けば?」
「いや、でも有名じゃん」
「じゃあやめれば?」
「いや、可愛いんだよ」
「じゃあ行けよ」
「お前どっちなんだよ」
「知らねえよ」
そんなことを言っていたケンタは、本当にナナミへ告白し、そのまま付き合い始めた。
それからナナミは、和也たち四、五人の男グループにたまに混ざるようになった。
大学近くの居酒屋で飲む時や、授業終わりに暇な連中で飯を食う時、ケンタについてきたナナミがそのまま一緒にいるようになった。
ナナミは男の中に一人いても、あまり気にする様子がなかった。距離も近く、誰かの肩を叩いたり腕を掴んだりするのも自然だった。
何より、下ネタを嫌がらなかった。
和也たちが何人か集まって酒を飲めば、話すことは大体決まっていた。
「お前今まで何人とした?」
「何でそんな話になるんだよ」
「いいじゃん。言えよ」
「お前から言え」
「俺は二人」
「少なっ」
「うるせえ!」
そんな話をしている横で、ナナミも平然と酒を飲んでいた。
「ナナミは? 今まで何人とした?」
「えー、数えてない」
「それ一番怖いやつじゃん。数えられないってことだろ」
「違うって。普通いちいち数えなくない?」
「数えるわ!」
男たちが騒いだ。
ナナミは面白そうに笑っていた。
「でも何人かとはしたよ」
「え、マジで? 噂ほんとなんだな!」
「知らなーい」
ケンタも一緒なのに、ナナミは特に気にする様子もなく昔の男の話をしていた。
やがて話が和也へ回ってきた。
「じゃあ和也は? 最近どうなんだよ、女」
「別に」
「嘘つけ。こいつ結構やってんだよ」
誰かが余計なことを言った。
ナナミが和也を見た。
「そうなの? 大学の子?」
「大学もいるし、バイト先とか」
「バイト先の人ともするの? 人妻とか?」
「いたね」
「え、何それ。聞きたい」
さっきまで他の男と話していたナナミが、急に和也の方へ体を向けた。
「何でそうなるの? 向こうから?」
「それもあるし」
ナナミは面白そうに次々と聞いてきた。
バイト先や大学の女、年上や彼氏持ちとの話まで、男たちが好き勝手に掘り返した。
「でもこいつ、全然イかねえんだよ」
一人が言った。
ナナミが和也を見た。
「え、ほんとにイかないの?」
「うん」
「どれくらいやっても?」
「相手が疲れるまでやってもイかないことあるよ」
「え、絶対嘘」
「別に嘘つく意味ないじゃん。毎回じゃないけど、ほとんど無理」
ナナミはしばらく和也の顔を見ていた。
「そんな人会ったことない」
「まあ、普通じゃないらしいね」
ナナミは少し考えるような顔をした。
「ほんとにイかないのか、ちょっと見てみたいかも」
「彼氏の前で何言ってんだお前」
誰かが突っ込み、男たちが笑った。
その日は、そのまま解散した。
*
別の日。
大学を歩いていると、ナナミと会った。
「あ、和也。今から授業?」
「一応」
「一応って何。ちゃんと出なよ」
「出ようとは思ってる」
しばらくどうでもいい話をしながら歩いた。ケンタはいなかった。
階段へ差しかかったところで、ナナミが言った。
「ねえ」
「ん?」
「私とヤろうよ」
和也は足を止めた。
「は?」
「この前言ってたじゃん。ほんとにイかないのか試したい」
ナナミは何でもないような顔をしていた。
「いや、お前彼氏いるじゃん」
「いるよ」
「じゃあ無理。さすがに知り合いの彼女には手出したくねえわ」
「へえ。そういうの気にするんだ」
「気にするわ」
ナナミは少し考えた。
「じゃあダメ?」
「別れたらな」
「分かった」
そう言って、ナナミは何事もなかったように歩き出した。和也もそのまま一緒に歩いた。
その時は、それで終わった話だと思っていた。
*
数日後。
「最近ケンタ来てなくね?」
いつもの男たちと話している時、誰かが言った。
「そういや見ないな」
「ナナミと別れたらしいよ」
「マジで?」
「何か別れたって聞いた」
和也は一瞬黙った。
――別れたんだ。
その後、ナナミからメールが届いた。
『別れたよ』
続けてもう一通。
『飲みに行こ』
和也は携帯の画面を見た。
――ほんとに別れたのかよ。
*
二人で飲みに行った。
ナナミは普段と変わらなかった。
「ほんとに別れたんだ。何で?」
「色々。いいじゃん、別れたんだから」
「まあいいけど」
和也もそれ以上は聞かなかった。
付き合うだとか好きだとか、そういう話もなかった。
酒を飲みながら、ナナミがまた例の話を始めた。
「で、ほんとにイかないの?」
「まだそれ気にしてたの?」
「だって気になるじゃん」
「多分イかないよ」
「絶対?」
「絶対は知らん」
「じゃあ今日分かるね」
「そんな気になる?」
「気になる」
ナナミは楽しそうだった。
その後、二人でナナミの家へ行った。
結果だけ言えば、ナナミでも変わらなかった。和也は結局イかず、最後にはナナミの方が疲れていた。
「ほんとにイかないんだ」
「言ったじゃん」
「こんなの初めて」
「俺は大体こんな感じだけど」
ナナミは横になったまま、しばらく天井を見ていた。それから和也を見た。
「でも、これ才能だよ」
「何が?」
「何度でも気が済むまでできるって、才能だよ」
「そんなもん?」
「そんなもんだよ」
ナナミは満足そうだった。
*
それからも二人は会った。
『暇?』
『暇』
『来る?』
『行く』
そんなメールだけで、和也がナナミの家へ行くこともあった。
関係を持って、少し話したり飯を食ったりして帰る。また別の日に呼ばれれば行く。
付き合うという話は、一度もしなかった。
そんな頃、ナナミが暇だと言うので、和也は自分の入っているサークルへ誘った。
「最近ほんと暇なんだよね」
「じゃあサークル来れば?」
「和也の?」
「うん。男女両方いるし、話しやすいと思うよ。運動するのも結構面白いし」
「男多い?」
「女よりは多いかな」
「じゃあ行く」
「そこなんだ」
ナナミは笑った。
実際に連れていくと、ナナミはすぐに馴染み、その後の飲み会にもついてきた。
最初は和也が紹介したこともあって、ナナミは和也の隣に座っていた。
「この子ナナミ。同じ講義取ってる友達」
「よろしくー」
ナナミが笑って挨拶すると、すぐに何人かの男が話しかけてきた。
途中で席替えが始まり、ナナミは和也から離れた。しばらくして見ると、男三、四人に囲まれて楽しそうに話していた。
和也は特に気にせず酒を飲んでいた。
「ねえ」
横から声がした。
見るとリナが座っていた。
「あの子、和也が連れてきたんでしょ?」
「うん」
「どういう関係?」
和也はナナミの方を見た。
「んー……遊び相手?」
「遊び相手?」
「たまに家行って遊ぶくらい」
「付き合ってないの?」
「ないね」
リナもナナミの方を見た。
「ふーん」
「何?」
「別に」
リナはグラスに口をつけた。
「そういえば、サヤカとはどうなったの?」
和也は少し考えた。
――そういや、この前会ったばっかだな。
「別に。彼氏とうまくいってないらしいよ」
「それは知ってる」
「じゃあ本人に聞きなよ」
「何それ」
「俺に聞かれても困るし」
リナは和也を見た。
「ふーん」
「何だよ」
「別にー」
リナはそれ以上聞いてこなかった。
和也もナナミの方へ目を戻した。
向こうでは、また一人男が増えていた。
そうして、付き合わないままの関係は数か月続いた。
*
ある頃から、ナナミを大学で見なくなった。
最初は特に気にしなかった。大学など毎日全員が来る場所でもないし、和也自身もまともに通っているとは言い難かった。
ただ、しばらく経っても見かけなかった。
そのうちナナミと仲のよかった女たちと話す機会があった。
「そういやナナミ最近見ないね」
和也が聞くと、一人が答えた。
「ナナミ、大学辞めたらしいよ」
「え、何で?」
「妊娠したとか聞いた」
別の女が口を挟んだ。
「でも誰の子なんだろうね。ナナミ、他にも何人かいたじゃん」
「え、そうなの?」
「いたよ。私聞いたもん」
「私も前、別の男と一緒にいるの見たことある」
さらに別の女まで口を挟む。
「それいつ?」
「結構前」
そこからは、和也が知っている名前も、知らない名前も次々と出てきた。
「本人も分かんないんじゃない?」
「それはさすがに分かるでしょ」
「どうだろ」
女たちはそんな話を続けていた。
結局、どこまで本当なのかは分からないままだった。
ただ、本人のいないところで次々と男の名前が出てくるのを聞きながら、和也は思った。
――女ってこえーな。




