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閑話 悪友

『和也、飲み行こうぜ』


 リョウからそんなメールが来たのは、エミとホテルへ行ってから少し経った頃だった。


 待ち合わせは駅前。店に入ると、リョウは先に席へ座っていた。


「おせえ」


「時間ぴったりだろ」


「俺が先に来たんだから遅えよ」


「知らねえよ」


 和也が向かいへ座る。注文を済ませると、リョウは少し身を乗り出した。


「お前さ、大学で誰とヤった?」


「……それ聞くために呼んだの?」


「うん」


「帰っていい?」


「待て待て待て」


 リョウが和也の袖を掴んだ。


「最近お前の話聞いてねえじゃん。なんだかんだやってんだろ」


「そっちこそどうなんだよ」


「俺?」


 リョウは嬉しそうだった。


「聞きたい?」


「その顔した時点で聞きたくなくなった」


「まあ聞けよ」


 そこから、どうでもいい話が始まった。


 リョウがクラブで知り合った女の話。声をかけたら彼氏がいた女の話。ナンパした二人組のうち、狙っていた方ではなく、なぜかもう一人と連絡先を交換することになった話。


「で、その子とは?」


「ヤった」


「結局ヤったのかよ。じゃあいいじゃん」


「でも俺が欲しかったのそっちじゃねえんだよ」


「失礼すぎるだろ」


「本人には言ってねえよ!」


「当たり前だろ」


 今度はリョウが和也へ聞く。


 和也も大学で関係を持った女を何人か挙げた。リナやサヤカの話をすると、リョウが途中から面白そうに聞き始める。


「お前さ、彼氏持ち多くね?」


「俺のせいじゃねえじゃん」


「いや、お前断れよ」


「お前が言う?」


「俺はいいんだよ」


「何でだよ」


「俺だから」


「意味分かんねえ」


 しばらく、どちらがどこで誰と知り合っただの、どっちの方が可愛かっただの、本当にどうでもいい話が続いた。


 話が途切れたところで、リョウが何でもないように言った。


「そういやお前、エミとヤっただろ」


「うん」


「ぶはははは!」


 リョウが机を叩きながら笑い出した。


「何で知ってんの?」


「分かるわ! 最近エミ、お前の話するとちょっとニヤつくもん。……あと本人に聞いた」


「聞いてんじゃねえかよ。最初からそう言えよ」


 リョウは悪びれもせずジョッキに口をつけた。


「で、どうだった?」


「上手かったよ」


「だろ?」


「自慢すんなよ」


「いや、あいつマジで上手いだろ」


「うん。俺とした前の日、お前と朝までやってたとか言われたけど」


「いつの話?」


 和也が大体の日を言うと、リョウは少し考えた。


「あー、あの日か。俺次の日死んでたもん」


「またかよ」


「あいつマジで容赦ねえんだよ」


「自分で相手してんだから知らんがな」


 リョウはジョッキを置いた。


「でもこれであれだな。俺がお前の兄で、お前が俺の弟だろ?」


「何で?」


「俺が先だから」


「じゃあミホは俺が先だから、俺がお前の兄じゃん」


「あ」


「お互い兄で弟じゃん」


 数秒、二人で顔を見合わせた。


「気持ちわりぃな」


「お前が言い出したんだろ」


     *


 それからしばらくして、今度は和也とリョウ、ミホ、カオリの四人で飲むことになった。


 店は駅前にある安いチェーンの居酒屋だった。大学生や若い会社員が多く、週末になるといつも騒がしい。料理は安く、酒も値段の割に妙に濃い。


 その日はミホがカオリを連れてきた。


「おつかれー」


 ミホが先に手を上げ、その後ろからカオリが入ってくる。


「おつかれ」


 和也が返す。


「おつかれー」


 カオリも軽く手を上げた。


「……お、おつかれ」


 最後がリョウだった。


 和也は横を見る。


 ――何だこいつ。


 普段なら女が二人来れば、席へ着く前から何かしら余計なことを言っている。


 今日は妙に姿勢までいい。


 四人で座ると、リョウがメニューを開いた。


「カオリ何飲む?」


「んー、梅酒かな」


「ロック? ソーダ?」


 ミホと和也の目が合った。


「……何?」


 リョウが二人を見る。


 ミホが口元を緩めた。


「今日優しいね、リョウ」


「いつも優しいだろ」


「うそー」


 カオリは不思議そうに三人を見ていた。


 注文を済ませてからも、リョウは妙だった。


 下ネタを言わない。


 和也がそっちへ話を振ろうとすると、露骨に止める。


「そういやリョウ、この前――」


「おい。変な話すんなよ」


「まだ何も言ってねえだろ」


「お前の顔で分かる」


 ミホが吹き出した。


「リョウ、カオリいるからでしょ」


「違えよ!」


 否定が早かった。


 カオリが首を傾げる。


「私?」


「何でもない何でもない」


「怪しすぎるだろ」


「和也うるせえ」


 和也にも、リョウがカオリをかなり気に入っているのは分かった。


 普段のリョウなら、女が相手でも平気で下ネタを言う。


 カオリ相手だと、それすらできないらしい。


 その後は店長や変な客の話、昼と夜の忙しさ、誰が仕事をするだのしないだの、いつものバイト先の話が続いた。


 酒が進んだ頃、ミホが言った。


「ねえ、じゃあさ。今のバイト先の中だったら、誰と付き合いたい?」


「急だな」


「いいじゃん。男から答えてよ。じゃあリョウからね」


「何で俺からだよ」


「いいから答えてよ」


 リョウは黙った。


 ちらっとカオリを見る。


 すぐ目を逸らした。


「……ミホかな」


「私?」


「うん」


 ミホがニヤッとする。


「でもリョウ、まだ彼女いるんだよね? 私と付き合ったら浮気じゃん」


「今の中でって話だろ!」


「彼女捨てるの?」


「仮定の話じゃん!」


「ひどーい」


 カオリも乗ってくる。


「彼女かわいそう」


「カオリまで言うなよ!」


「だって自分でミホって言ったじゃん」


「質問されたから答えただけだろ!」


 そう言いながら、リョウはカオリとは目を合わせなかった。


 ――絶対カオリって言いたかっただろ、こいつ。


 分かりやすすぎる。


 ミホが今度は和也を見た。


「じゃあ和也は?」


 和也は少しも考えず、真顔で答えた。


「カオリ」


 一瞬だけ、カオリの目が大きくなった。


「ぶはっ!」


 リョウが吹き出し、ミホも笑い始める。


「ちょっと待って! そこ普通に言うの!?」


「聞かれたから答えただけじゃん」


「お前、そこはちょっと迷えよ!」


「バカだなリョウ。考えてみろよ」


「何をだよ」


「こんだけ可愛くて、笑った顔も可愛くて、声もいいし、胸もでけえんだぞ。最強じゃねえか」


 リョウの顔から笑いが消えた。


「……おい、バカ。やめろ」


「何でだよ」


「やめろって」


「お前もそう思ってんだろ?」


「うるせえ!」


 ミホが和也を見る。


「胸まで言う必要あった?」


「重要だろ」


「最低」


 カオリもすぐにいつもの調子へ戻った。


「何言ってんの。私彼氏いるし。彼氏一筋だしねー」


「知ってるよ」


「知ってて私って言うの?」


「今のバイト先なら誰って聞かれたから」


「ほんと何なの」


 そこでミホが自分を指差す。


「へー。私は? 私じゃないんだ?」


「お前も可愛いに決まってんじゃん。じゃなきゃ飲みに誘わんわ」


「ほんとー?」


「嘘ついてどうすんだよ」


「でもそれ、答えになってなくない?」


「なってなくても嘘は言ってないだろ」


 ミホは少し考えてから口元を緩めた。


「そういうとこだよね、和也って。なんかずるい」


「知らん」


 リョウが横から口を挟む。


「こいつ、可愛いとかそういうことだけサラッと言うんだよ」


「可愛いと思ったら言えばよくね?」


「それができねえんだよ普通!」


「お前さっきミホって言ったじゃん」


「そういう話じゃねえ!」


 カオリがリョウを見る。


「じゃあリョウ、私のこと可愛いって思ってないの?」


「え?」


 リョウが止まった。


 ミホはもう笑っている。


「ほら、言えば?」


「いや……そりゃ……」


「何?」


「まあ……可愛いんじゃない?」


「何それ」


「うるせえな!」


 リョウは逃げるようにグラスへ手を伸ばした。


「ミホには付き合いたいって言えるのに?」


「だからあれは質問されたから!」


「今も質問されてるじゃん」


「お前ら今日俺いじめに来たの?」


「面白いから」


 和也が即答すると、リョウが睨んだ。


「お前あとで覚えとけよ」


「何されんの?」


「知らねえけど何かする」


「雑すぎるだろ」


 ひとしきりリョウをいじったところで、今度はリョウが女二人を見る。


「じゃあそっちは? 今のバイト先なら誰と付き合いたいんだよ」


 ミホとカオリが顔を見合わせた。


「教えませーん」


 ほとんど同時に二人が言った。


「は!? ずりぃだろ!」


「男だけ言わせといてそれはねえだろ!」


「聞いたの私だもん」


「最悪だな!」


「そっちが勝手に答えただけじゃん」


「答えろって言ったのお前だろ!」


 その後も飲み会は続いた。


 ミホとカオリが店の女同士の話をし、和也とリョウがそこへ入ったり、逆に男二人だけでくだらない話をしたりする。


 酒が進むほどリョウもいつもの調子へ戻っていったが、カオリ相手だけは最後まで妙に慎重だった。


「お前今日ほんと下ネタ言わねえな」


「お前も言うなよ」


「俺は別に言ってないじゃん」


「これから言いそうだから言ってんだよ」


「信用ねえな」


「ねえよ」


 ミホが二人を見る。


「何か今日のリョウ面白い」


「いつも面白えだろ」


「今日は違う意味で面白い」


「もう帰れよお前」


「まだ飲むー」


「帰れ!」


 そんなことを言いながら、結局四人とも最後までいた。


     *


 店を出た頃には、駅前の人通りも少し減っていた。


「私、迎え来る」


 カオリが携帯を見る。


「彼氏?」


 ミホが聞いた。


「うん。もう近くいるって」


 少しして一台の車が止まった。


「じゃあねー」


 カオリが手を振る。


「またねー」


 ミホが返した。


「おつかれ」


 和也も手を上げる。


「……お、おつかれ」


 最後だけリョウだった。


 カオリが車へ乗り込む。


 車が見えなくなると、和也は横を見た。


「お前最後までそれかよ」


「うるせえ」


「『お、おつかれ』って何だよ」


「黙れ」


 ミホが腹を抱えた。


「今日一日ずっと変だったよね」


「お前らマジでうるせえな!」


 その時、今度は別の車が近くへ止まった。


 運転席にいたのはエミだった。


 窓が開く。


「リョウー」


「おう」


「ミホちゃんも送ってくよ」


「ほんと? ありがとー」


 ミホが後部座席へ乗り込み、リョウも助手席へ向かう。


「和也は?」


「俺歩いて帰る」


「一人?」


「一人」


 リョウが笑った。


「寂しいやつ」


「迎え来てもらってるお前に言われたくねえよ」


「じゃーな」


「おう」


 エミの車が走り出した。後部座席からミホが手を振っている。


 和也も軽く手を上げ、そのまま一人で家へ向かった。


     *


 また別の日。


 和也とリョウは二人で飲んでいた。


 特に何かあったわけでもない。どちらかが「暇?」と送り、暇だった方が来る。そんな程度だった。


「お前最近大学行ってんの?」


「たまに」


「たまにって何だよ。普段何してんの?」


「バイトかゲーム」


「終わってんな」


「お前もだろ」


「俺は働いてる」


「俺も働いてるわ。大学も一応行ってる」


「一応って言ったじゃん」


 リョウは呆れた顔でグラスを傾けた。


「最近ゲーム面白いんだよ。例のやつ」


「女いる?」


「いるけど、そういうゲームじゃねえよ」


「女いるんだろ? じゃあやれるだろ」


「お前マジでそれしか考えてねえな」


「お前にだけは言われたくねえよ」


 少しして、リョウがふと思い出したように言った。


「そういやお前って彼女作んねえの?」


「作んないね。必要なくない?」


「いや必要だろ」


「何に?」


「何にって……好きな女と付き合うだろ」


「それがよく分かんねえんだよね」


 和也は考えた。


「付き合うって、体許すための免罪符みたいなもんじゃねえの?」


 リョウが真顔になった。


「お前、それ女の前で絶対言うなよ」


「言わねえよ」


「今まで言った?」


「言うわけねえじゃん」


「ならいいけど」


「何でお前が心配すんだよ」


「友達として最低限な」


「お前に言われたくねえな」


「でも、好きだから付き合うんだろ? だったら免罪符じゃねえじゃん」


「俺の中ではあんま変わんねえんだよな。好きってのも結局、本能でヤりたいってのを綺麗に言ってるだけじゃねえのって思うし」


「……お前すげえこと言うな」


「そう?」


「そうだろ」


 リョウは和也の顔を見た。


「じゃあ女って何なの、お前にとって」


「食い物」


「最低だなお前!」


「お前に言われたくねえよ!」


「俺でもそこまで言わねえぞ!」


「でも似たようなもんだろ」


「俺は女好きだから!」


「俺も好きだよ」


「意味違うだろ!」


 リョウはグラスを置いた。


「じゃあお前、一回も女のこと本気で好きになったことねえの?」


「あるよ。15歳の頃だけど」


「前言ってたやつか。ずっと好きだったんだっけ」


「うん」


「で、振られた?」


「振られた」


「じゃあ好きってヤりたいだけじゃねえじゃん。15歳だろ?」


 和也は口元を緩めた。


「だから分かんねえんだよ」


「矛盾してんじゃん」


「してるね」


「認めんのかよ」


「だってしてるし」


 リョウは黙った。


「その子は本当に好きだった?」


「多分。まあ、ヤりたいもあったんじゃねえの。知らんけど」


「15歳で?」


「男なんてそんなもんじゃね?」


「俺に聞くな」


 和也はテーブルの上のグラスを指で回した。


「でもさ。本当に好きなのが、ただヤりたいだけじゃないってのは分かるんだよ。ただ、一人だけ好きになるのって結構リスクあるじゃん」


「リスク?」


「その人いなくなったら終わりじゃん。別れるでも死ぬでも、他の男好きになるでも何でも」


「極端だな」


「でもそうじゃん」


 リョウは何も言わなかった。


「あと、俺のためにその女の時間使わせるのも、何かもったいねえなって思う」


「は?」


「俺と付き合ったら、俺と会う時間増えるじゃん。別にその時間、友達と遊んでもいいし、他の男と遊んでもいいじゃん」


「お前、それ彼女が他の男とヤっててもいいってこと?」


「別に。俺も他の女とするなら一緒じゃね?」


「いやいやいや」


 リョウが首を振った。


「お前ほんと変だわ。女を食い物とか言ってんのに、相手の時間がもったいないとか言い出すのおかしいだろ」


「そうかな」


「普通、好きなら独占したいとかじゃねえの?」


「それがあんま分かんねえ」


「好きな女でも?」


 和也は考えた。


 昔好きだった女の顔が、一瞬だけ頭に浮かんだ。


「昔なら、したかったかもね」


「今は?」


「分かんね」


「結局それかよ」


「分かんねえもんは分かんねえよ」


「じゃあ何で変わったんだよ。昔は一人好きだったんだろ? 今は食い物なんだろ?」


「言い方ひでえな」


「お前が言ったんだろ!」


「まあ……振られたからじゃね?」


「そんな単純?」


「知らん。ずっと一人だけ好きで、振られて、めちゃくちゃショックだったのは覚えてるから。多分あれで何か変わったんじゃねえの」


 和也はグラスに残った氷を軽く揺らした。


「多分?」


「知らんって」


「自分のことだろ」


「自分のことだからって全部分かるわけじゃねえだろ」


「めんどくせえやつ」


「お前に言われたくねえよ」


 間を置いて、リョウがまたグラスを持ち上げた。


「まあいいや。お前が誰とヤろうが、俺には関係ねえし」


「最初からそうだろ」


「でも俺の女だけはやめろよ」


 和也はリョウを見る。


「エミは?」


「あいつはいい」


「何でだよ」


「もうヤった後だから」


「意味分かんねえ」


「カオリはダメ」


「そこかよ」


「絶対ダメ」


「彼氏いるじゃん」


「そういう問題じゃねえ!」


 和也は吹き出した。


「お前やっぱカオリじゃん」


「うるせえ!」


 店の中に、リョウの声が響いた。

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