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第13話 罰ゲームね

 エミとは、以前からベルシードで顔を合わせていた。平日の昼によく入っている女性で、26歳くらい。6歳ほどの子どもがいるシングルマザーだった。


 和也もたまに平日の昼へ入るため、シフトが重なることがある。出勤時や退勤時に私服を見ることもあり、きれい目な服が多かった。喋り方はごく普通で、子どもの話ばかりするわけでもない。何人かで飯やカラオケへ行くこともあった。


 仕事もできた。昼はマキとエミが一緒に入っていることが多く、休憩は必ずずらしていた。片方が休憩に入れば、もう片方がホールを見る。キッチンが詰まれば、手が空いた方が中へ入ってフォローする。


 忙しい時間帯でも2人がいれば店は回った。店長もよく言っていた。


「昼はマキとエミがいれば安泰だな」


 和也が昼へ入った時も、分からないことがあれば大体どちらかに聞けば済んだ。マキが客と軽口を叩いている横で、エミは注文を取りながら空いた皿を下げ、戻るついでにキッチンへ声をかける。特別目立つ働き方ではないが、気づけば必要なことが終わっていた。


 そんなエミは、リョウとかなり仲がよかった。何人かで飯や飲みに行けば、ほぼ必ずリョウの隣に座る。2人で話している時の距離も、ただの同僚より少し近い。


 ――まあ、できてんだろうな。


 和也はそう思っていたし、実際その通りだった。ただ、リョウには別に彼女がいた。それも和也の知る限り、1人ではない。


 エミがセフレなのか彼女なのか、その境目すらよく分からなかった。2番目なのか3番目なのか、下手をすれば10番目なのかもしれない。とりあえず、リョウの女の1人ではあった。


 それでも3人で遊ぶことは普通にあった。エミの子どもまで連れてカラオケへ行ったこともある。その時ばかりは普段の下ネタも鳴りを潜め、子どもがマイクを握って歌っている横で3人が拍手するという、妙に健全な時間を過ごした。


     ◇


 ある平日、エミと和也の上がる時間が近かった。


「和也くん今日車?」


「いや、電車っす」


「じゃあ送ってくよ。通り道だし」


「いいんすか?」


 仕事を終え、和也はエミの車の助手席へ乗った。店を出てからしばらくは仕事の話をしていたが、そのうち話題はリョウになった。


「エミさんって、ぶっちゃけリョウのこと好きですよね?」


「急に何?」


「いや、飯行っても飲み行っても、ほぼ絶対あいつの隣座るじゃないすか」


「そうかなあ」


 否定するでもなく、エミは前を向いたまま笑っていた。


「まあでも、リョウもエミさんが一番いいって言ってましたよ」


「え?」


 エミが一瞬だけこちらを見た。


「ほんとに?」


「言ってましたよ」


「へえ……」


「何で私が一番なの?」


「ヤりたいランキングですね」


「ぶっ!」


 エミが吹き出し、その拍子に車がわずかにふらついた。


「危ない危ない危ない!」


「ちょっと、急に変なこと言わないでよ!」


「俺悪くないでしょ! 前見てくださいよ!」


「そういう一番!? 意味違うじゃん!」


「でも一番は一番じゃないすか」


 エミはハンドルを握り直した。


「ていうか、何でそんな話してんの?」


「前にリョウと、昼のシフトなら誰がいいって話になったんすよ」


「そんな話してんの? 最低」


「リョウに言ってくださいよ」


「和也くんも参加してる時点で同じだからね?」


「俺は聞かれたから答えただけっすよ」


 エミは前を向いたまま聞いた。


「で、和也くんは誰って答えたの?」


「それは秘密です。本人に伝わると面倒なことになるって、今学んだんで」


「もう遅いでしょ」


     ◇


 数日後、ベルシードへ出勤すると、リョウが見るからに疲れた顔をしていた。


「お前さ」


「何?」


「エミに言っただろ。俺がエミ一番って言ったやつ」


「ああ。ヤりたいランキング?」


「それだよ!」


 和也が笑うと、リョウは恨めしそうに睨んだ。


「事実じゃん」


「お前マジふざけんなよ。昨日、朝まで絞り取られたんだぞ」


「よかったじゃん。一番なんでしょ?」


「そういう問題じゃねえ!」


 リョウは大きくため息をついた。


「今日俺、仕事しねえからな。全部お前がやれ」


「ふざけんなよ」


「お前のせいだろ!」


「俺、事実伝えただけじゃん。しかも嬉しそうだったぞ?」


「だからだよ!」


 その直後、客に呼ばれたリョウは「くそっ」と言いながら普通にホールへ向かっていった。


     ◇


 それから少しして、リョウからカラオケへ誘われた。エミも来るらしい。


 和也とエミが先に着き、2人で部屋へ入った。


「リョウまだ?」


「まだ。あとで来るって」


「じゃあ先歌ってるか」


「うん」


 2人で何曲か歌ったところで、和也の携帯が鳴った。リョウからだった。


『わりぃ、彼女にバレたかもしれん。今日行けない』


「は?」


 和也が画面を見ていると、今度はエミの携帯も鳴った。


「あ、私にも来た。同じ。今日行けないって」


「何してんだよ、あいつ」


 エミは呆れたように笑った。


「最近こういうの多いんだよね。彼女に怪しまれてるみたいで、急に会えなくなったり」


「まあ、そりゃそうなるでしょ。じゃあ帰る?」


「せっかく来たんだし、いいじゃん。歌おうよ」


「まあいいけど」


 リョウが来ないからといって、2人きりで気まずくなるような仲でもない。そのままカラオケを続け、何曲か歌っているうちに、話題は自然と来なかった本人へ戻った。


「でもあいつ、元気っすよね。いろいろ」


「性欲の話?」


「まあ、それも」


「めちゃくちゃ強いよ。ほんとすごい。何回でもするもん。でも1回1回は早い」


「本人には言ってます?」


「言ってるよ。もうちょっと長くしてって。でも絶対休憩入るの。こっちはもうちょっと続けてほしい時あるじゃん。元旦那も早かったんだよね。しかも1回で終わり」


「比較対象が全部早いんじゃないすか?」


「そうなのかな」


 何人かでなら下ネタを話すことはあったが、2人きりでここまで具体的に話したことはなかった。


「でもそれ、エミさんが上手いからじゃないすか? 相手がすぐ終わるってことは」


「私?」


 エミは少し考えた。


「……上手いのかもね」


「なんすか、その自信」


「だって早いんだもん」


「じゃあ俺で試してくださいよ」


 エミが和也を見る。


「いいよ?」


「え?」


「試す?」


 今度は和也が黙った。


「でも、早かったら罰ゲームね」


「何の罰ゲームっすか」


「それはあとで考える」


「いやいや、先に決めといてくださいよ」


 エミはマイクをテーブルに置いた。


「怖いの?」


「別に。んじゃ、行きます?」


「うん」


 エミはあっさり答えた。


     ◇


 2人はカラオケを出て、そのままホテルへ向かった。


 エミは、確かに上手かった。何をしても慣れていて、これまで関係を持った女性たちとの違いはすぐに分かった。


 ――ああ。こりゃ普通の男なら早いかもな。


 それでも和也は、いつもと変わらなかった。


 時間が経つにつれ、エミの方に疲れが見え始めた。


「……和也、まだ?」


「まだっすね」


「ほんとに? リョウだったら、とっくに休憩してるんだけど」


「知らんがな」


 エミが笑った。


「昨日もリョウとほぼ朝までだったんだよね」


「昨日も? 今日カラオケ来る予定だったんすよね、あいつ」


「そう。だからもう私、結構疲れてんの」


「元気すぎるでしょ。先に言ってくださいよ」


「こんなに長いと思わないじゃん」


「もう無理。疲れた」


 和也もそこでやめた。


「罰ゲームは?」


「ない」


「ずるくないすか?」


「うるさい」


 2人で笑った。


 ひと息ついた頃、エミが聞いた。


「で、どうだった? 私」


「ああ。いや、確かに上手いっすよ」


「ほんと?」


「うん。気持ちよさで言ったら、今までで一番かも」


「やっぱ私上手いんじゃん」


「自分で言うなよ」


「だって和也が言ったんじゃん」


 今度はエミが和也を見る。


「じゃあ和也のも言っていい? 感想」


「どうぞ」


 エミは少し考えてから言った。


「ちょっと小さいけど、硬さもあるし、長さもそこそこあるし、すごくよかったよ」


「……ちょっと待って」


「何?」


「それ褒めてます?」


「褒めてるよ?」


「最初に小さいって言いましたよね?」


「ちょっとね」


「いらないでしょ、その情報」


 エミが声を上げて笑い、和也もつられて笑った。


 ――俺、小さい方なのか。


 特別大きいと思ったことはなかったが、小さいと思ったこともなかった。


「でもほんと、よかったよ」


「もう遅いっすよ。俺、一生覚えてると思います」


「そんなに?」


「小さいって言われたことはね」


「そこだけ?」


「そこだけ」


 エミはまた笑った。


     ◇


 その後、エミと2人で会うことはなかった。職場で顔を合わせれば普通に話すし、何人かで飯やカラオケへ行くこともあった。


 その頃、リョウは付き合っていた彼女の1人と別れたらしく、それからはエミと会う頻度が以前より増えたように見えた。


 ある日、リョウからメールが来た。


『和也、飲み行こうぜ』

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