第12話 襲われちゃうかな?
MMORPGを始めて数か月が経つ頃には、和也のキャラクターもそれなりのレベルまで育っていた。
知らないプレイヤーとパーティを組んで狩りに行き、クエストを手伝うこともあれば、逆に助けてもらうこともあった。調子に乗って強い敵へ突っ込んでは、普通に死ぬこともある。
そんなことを繰り返すうち、あるギルドへ誘われた。そこに『☆ルナ☆』という、いかにも女が使っていそうなキャラクターがいた。
チャットでも、いかにも女っぽい書き方をしていた。たとえば「違う」を、わざわざ『チナウ』と打つ。
同じゲームをしている友人のヒロキも、女キャラクターを使ってわざと女っぽく振る舞って遊んでいた。だから☆ルナ☆を見ても、
――こいつもネカマじゃねえの。
くらいにしか思わなかった。
☆ルナ☆の周りには、いつも何人か男がいた。本人もそれを嫌がっているようには見えない。
――まあ、楽しんでんだろ。
ただ、☆ルナ☆とはレベル帯が近かった。友人のモックンも同じくらいだったため、3人で狩りに行くことが増えていった。
最初はゲーム内のチャットだけだったが、そのうち☆ルナ☆が言った。
『Skype使わない?』
『何それ』
『喋れるやつ。チャット打つより楽だよ』
ギルド内でも何人か使っているというので、和也は言われるままSkypeをインストールした。最初はギルドメンバー数人で通話した。
初めて聞いたルナの声は高めで、少しアニメっぽかった。
「お、おう。よろしくな」
――マジで女だったのか。
ゲーム内では『☆ルナ☆』だったが、通話ではみんな普通にルナと呼んでいた。実際に喋ってみても、チャットで受けていた印象とそこまで変わらない。
――まあ、多分バカなんだろうな。
ルナは昼でも夜中でも大体ログインしている。ギルドには他にも女性プレイヤーがいたが、レベル帯の関係もあって一番よく遊んだのはルナだった。ゲームをしながらSkypeで雑談し、何人かで通話している時には下ネタも普通に出る。ルナも嫌がらず、自分から乗ってくることもあった。
そんな日が数か月続いた。
◇
ある日、たまたまルナと2人だけで狩りをしていた。敵を倒しながらいつものようにSkypeで話していると、ルナが言った。
「ねえ、和也」
「ん?」
「……いや、いいや」
「何だよ」
「別にー」
そこから妙な空気が続いた。何か話したそうなのに、自分からは言わない。
「なんかあんの?」
「まあ……あるけど」
「じゃあ言えよ」
しばらくして、ようやく話し始めた。ギルドの男の1人に粘着されていて、最近かなり面倒らしい。ログインするとすぐ絡んできて、何かとしつこいという。
「最近ほんとウザくてさー」
「それはめんどいな」
和也は敵を殴りながら聞いていた。
――まあ、こんなゲームやってる男なんて、女に縁ないやつ多そうだしな。
「ほんと最近ストレスやばい」
「発散すりゃいいじゃん」
「和也ってストレス溜まったら何する?」
「俺?」
「うん」
和也は少し考えた。
「ゲーム、寝る、カラオケ、セックス」
「ぶはっ!」
「何だよ」
「ヤリチンじゃん!」
「別にいいだろ」
「普通最後にそれ出てこないから!」
「そうか?」
「そうだよ!」
しばらく笑った後、ルナが言った。
「カラオケ行きたいなー」
「行ってこいよ」
「1人はやだ」
「友達と行けば?」
「最近みんな忙しいんだもん」
「知らんがな」
「和也連れてってよ」
「どこ住んでんのか知らねえし」
そこで初めて、お互いに住んでいる辺りの話をした。思っていたより近く、電車なら1時間ほどで会える距離だった。
「意外と近いじゃん」
「ね」
「じゃあ今度行くか」
「えー」
「何だよ」
「私、襲われちゃうかな?」
「襲っていいなら襲うぞ?」
「でも私、魅力ないから抱かれないよー」
「俺が会ってアリなら、ぜってーホテル連れてくわ」
「何それ」
「そっちが言い出したんだろ」
数日後の日曜日、2人は初めて会うことになった。
◇
待ち合わせ場所で声をかけてきた女がルナだった。
正直、顔は和也の好みではなかった。少しぽっちゃりしていて胸が大きく、開いた胸元から谷間が見えていた。
――まあ、1回なら。
「和也?」
「おう」
「ほんとに来た」
「お前が呼んだんだろ」
「そうだけど」
そのまま2人でカラオケへ入り、1、2曲は普通に歌った。ただ、それ以降はほとんどルナの愚痴になった。粘着してくる男がどうだ、他のギルドメンバーがどうだと、話はなかなか終わらない。
「ほんとめんどくさいんだよ」
「まあ、大変そうだな」
――やっぱこいつ、いろんな意味で重そうだな。
しばらくすると、ルナがこちらを見た。
「ほら」
「何?」
「和也も私のこと抱けないでしょ?」
「は?」
「会ったら絶対ホテル連れてくって言ってたじゃん」
「ああ」
「でも無理でしょ?」
「じゃあ行く?」
「え?」
「ホテル」
ルナの顔が一瞬止まった。
「……ほんとに?」
「お前が言ったんじゃん」
「別にいいけど」
「じゃあ行こうぜ」
そのまま2人でカラオケを出て、朝まで一緒に過ごし、翌朝には別れた。
和也はルナの本名を知らず、ルナも和也の名字や詳しい素性までは知らなかった。
◇
それからもゲームでは普通に一緒に遊び、モックンと3人で狩りに行ったり、Skypeで話したりした。ただ、リアルでもう一度会いたいとは思わなかった。
――1回でいいな。
しばらくすると、ルナがまたストレスの話をするようになった。
「最近またストレスやばくてさー」
「また?」
「あいつまだ絡んでくるし」
「大変だな」
「ほんと発散したい」
「カラオケ行ってくれば?」
「1人やだって言ったじゃん」
「そうだったな」
「……最近忙しいの?」
「まあね」
別の日にも似たような話になった。
「今度暇な日ない?」
「夜中なら」
「夜中は無理ー」
「じゃあまた今度だな」
そんなやり取りが1か月ほど続いた頃、モックンから突然言われた。
「お前さ」
「ん?」
「ルナちゃんヤリ捨てしただろ」
「は?」
和也は本当に何の話か分からなかった。
「何の話?」
「ルナちゃんだよ」
「いや、それは分かるけど」
「会ってヤったあと全然会わねえって」
「ゲームでは普通に遊んでんじゃん」
「そういう話じゃねえだろ」
「別に捨ててなくね?」
「いや、ヤリ捨てだろ」
「そうなの?」
「そうだよ」
モックンは呆れていた。
今思えば普通にヤリ捨てだったが、当時は本気で「捨ててなくね?」と思っていた。
それよりモックンは、相変わらず「ルナちゃん」と呼んでいた。
――お前みたいなやつがルナちゃんルナちゃんって甘やかすから、あんなやべーのが出来上がるんだよ。
その話はいつの間にかギルド内にも広がり、少ししてギルドマスターから話しかけられた。
「和也さ」
「はい?」
「リアルのことをゲームに持ち込まれると困るんだよね」
「ん?」
「なんか変な噂出てるからさ」
「ルナの?」
「まあ、そう」
――あ、めんどくさ。
和也は、ギルドマスター自身もゲームで知り合った女とリアルで会っていることを知っていた。
――お前がそれ言うのかよ。
「あー、じゃあ俺抜けますね」
「え?」
「なんかめんどくさくなったんで」
それで終わった。
◇
ギルドを抜けた頃、ヒロキが言い出した。
「俺さ、ギルド作りてぇんだよな」
「作ればいいじゃん」
「でもこのキャラで今さらネカマやめらんねえんだよ」
「知らねえよ」
「キャラ崩れるじゃん」
「サブ作れば?」
「サブ?」
和也は少し考えた。
「俺らで魔王軍作らね?」
「魔王軍?」
「どうせならさ、好き勝手やっても誰も文句言えねえくらい強いギルドにしようぜ」
「それ面白そう」
「PKもやろうぜ」
「やるか」
こうして『魔王軍』ができた。そこから和也たちは、レベル上げやクエストだけでなく、他のプレイヤーを狩るPKまで始め、好き勝手に暴れるようになった。
前のギルドのことは、その頃にはもうどうでもよくなっていた。




