第11話 女に興味ないの?
大学生活にもすっかり慣れた頃、和也は10対10の合コンに呼ばれた。
企画したのは、大学の知り合いで、やたらと合コンをしたがる男だった。和也の大学は男の方が多く、女側の人数がなかなか揃わない。
「誰か女の子集められない?」
そんな頼みがサークル仲間のリナにも回り、リナは高校時代からの友人サヤカに声をかけた。するとサヤカがかなり乗り気で、さらに周りの友達を誘い、気づけば女側は10人集まった。
一方、男側は6人ほどしかおらず、今度は逆に男が足りなくなった。
「頭数でいいから来てよ」
何人かに声がかかり、その一人として和也も誘われた。
「10対10?」
「そう」
「多くね?」
「女10人いるんだぞ?」
「別にいいけど」
和也自身、合コンにそこまで期待していたわけではなかった。その頃も家に帰ればゲームをしていることが多く、飲んで帰ったらまたログインすればいい。その程度だった。
当日は、駅近くの大きめのチェーン居酒屋に集まった。10人ずつ座れるように取った席だけあって、かなり広い。
女側を見て、和也はすぐに二人に目がいった。一人はリナ。もう一人がサヤカだった。
黒髪で、身長は160cm台後半くらい。すらっとしていて、その日はワンピースを着ていた。服や髪にもきちんと気を使っているのが分かる。
正直に言えば、女10人の中ではリナとサヤカの二人が明らかに目立っていた。
――あの二人が一番綺麗だな。
和也もそう思ったが、それだけだった。
乾杯して10分も経たないうちに、席の様子がおかしくなった。和也以外の男9人がリナとサヤカの周りに集まり、残った女8人の前には和也一人がいた。
目の前の女が向こうを見た。
「……何これ」
「すごいね、あっち」
「完全に二人しか見えてないじゃん」
「分かりやすすぎるだろ」
和也も笑った。
男側からたまに一人戻ってくることはあったが、少し経つとまた向こうへ行く。
リナが遠くから声を上げた。
「ほら男子ー! ちゃんとみんなと喋りなよ!」
「お前が言うなよ!」
誰かが返し、そこで笑いが起きた。しかし結局、男たちはまた二人の方へ戻っていった。
和也はその場に残った女たちと話し続けた。大学や学部の話を聞き、彼氏がいると言われれば「じゃあなんで合コン来たの?」と笑う。一人から出た話を別の女へ振ることもあった。
「こいつもそれ好きって言ってたよ」
「え、ほんと?」
「じゃあ二人で話せよ。俺分かんねえもん」
酒もかなり飲み、周りにも勧めた。気づけば女8人がほぼ全員、和也との会話に入っている。誰かの話が止まりそうになれば別の話を振り、静かな女がいればそっちにも声をかけた。
たまに向こうを見ると、サヤカは男たちに囲まれながら、楽しそうに連中をいじって会話を回していた。何度か目は合ったが、その日まともに言葉を交わすことはなかった。
やがて一次会の時間が終わり、あちこちで携帯電話を出して連絡先を交換し始めた。
和也は時計を見た。
「やべ、終電なくなるからわりぃ! また今度!」
そう言って席を立った。
「え、和也帰るの?」
「二次会はー?」
後ろから声が聞こえたが、振り返らず店を出て、そのまま電車に乗った。家に着くとすぐパソコンの電源を入れ、いつものゲームへログインした。
「今日、10対10の合コン行ってきたわ」
「で?」
「何もねえ」
「何しに行ったんだよ」
「女8人の会話回して酒飲んできた」
「意味分かんねえ」
和也自身も、そう思った。
◇
2日ほど経って、リナから連絡が来た。
「この前の合コンの子たちが、和也の連絡先欲しいって」
「誰?」
何人か名前を言われたが、一人も顔と名前が一致しなかった。
「誰だっけ、それ」
「ずっと喋ってたじゃん」
「名前まで覚えてねえよ」
「ひど」
「悪いけど断っといて」
「全員?」
「うん」
「あと一人いるよ」
「誰?」
「サヤカ」
「……ああ、あの綺麗な子?」
「そう」
「俺、あいつと全然喋ってないじゃん」
「でも和也に興味あるんだって」
「なんで?」
「他の男みんなこっち来てんのに、和也だけずっとあっちで喋ってたからじゃない?」
「ふーん」
「あの子たちも、和也は話しやすかったって言ってたよ」
「へえ」
「しかも誰とも連絡先交換しないで帰るし」
「終電なくなるから」
「二次会も来なかったじゃん」
「ゲームしたかったし」
「まあ、サヤカなら教えていいよ」
「ふーん」
「何?」
「サヤカとは連絡するんだ?」
「なんだよ、その言い方」
「別にー」
それからサヤカとメールをするようになり、たまに電話もした。話してみると、合コンで見た印象そのまま、ハキハキと喋って思ったことも割とはっきり言う女だった。
そんなやり取りが2週間ほど続いた頃、サヤカから言われた。
「今度、二人で会おうよ」
「いいよ」
最初は普通に居酒屋へ行き、大学や共通の知り合いの話をした。しばらくして、サヤカが聞いてきた。
「和也ってさ」
「ん?」
「女に興味ないの?」
「は?」
和也は笑った。
「いや、全然あるけど」
「だよね」
「知ってんじゃん」
「リナから聞いてるから」
「じゃあなんで聞いたんだよ」
サヤカはグラスを持ったまま言った。
「だって合コンの時、一回もこっち来なかったじゃん」
「人いっぱいいたし」
「普通来るよ?」
「何が」
「私のとこ」
「自分で言う?」
「何?」
「いや、何言ってんだこいつって思って」
「失礼じゃない?」
サヤカはむっとした顔をした。
「だって私、そこそこ顔もいいし、スタイルもいいじゃん」
「自分でそこまで言うのすげえな」
「事実だもん」
「はいはい」
「何その反応」
その言い方がおかしくて、和也は笑った。
一軒目を出ても、まだ時間は早かった。
「もう一軒行く?」
「行く」
二軒目は個室の居酒屋に入り、さっきまでと同じように話していたが、しばらくしてサヤカが唐突に言った。
「リナとしたんでしょ?」
和也は一瞬止まった。
「……あいつ、お前には喋ったの?」
「高校からの付き合いだしね」
「マジかよ」
「びっくりしたよ。リナ、昔から彼氏に一途だったし、そういうことするタイプじゃないと思ってたから」
「俺もそう思う」
「和也が言うな」
サヤカが少し声を落とした。
「なんかさ、リナが言ってたんだよね」
「何を?」
「和也としてから、前より感じるようになった気がするって」
「へえ」
「へえ、じゃないでしょ」
「いや、俺知らんし」
合宿の夜、リナが声を我慢していたことが浮かんだ。
――声我慢すんのやめたからじゃねえの。
「それ聞いて、ちょっと興味あったんだよね」
「俺に?」
「うん」
「それで合コン来たの?」
「それもある」
「なのに喋ってねえじゃん」
「だって他の男ずっと来るし」
「人気者は大変ですね」
「ほんとだよ」
「自分で言うなって」
「しかも和也、ずっとあっちの子たちと喋ってるし」
「だって誰も相手してねえんだもん」
「で、最後誰とも連絡先交換しないで帰るし」
「ゲームしたかったから」
「それ聞いて、余計よく分かんなくなった」
「何が?」
「ただのヤリチンかと思ってた」
「ただのって何だよ」
「だってリナから聞いたらそう思うじゃん」
「ひでえな」
「でも違うのかなって」
「いや、どうだろ」
サヤカは少し口元を緩めてから、自分の彼氏の話を始めた。
「私も彼氏いるんだけどさ」
「うん」
「しても全然面白くないんだよね」
「面白くない?」
「なんか、気持ちいいのかもよく分かんない」
サヤカ自身、あまり濡れないと思っていて、時には痛いこともあるという。終わるまでほとんど何も感じないことも多いらしい。
「だから私、そういうのあんまり向いてないんだと思ってた」
「ふーん」
「何、その顔」
「別に」
「リナは変わったって言うし」
「うん」
サヤカは少し間を置いた。
「だから、一回和也としてみたい」
「……俺と?」
「うん」
和也はサヤカを見た。冗談を言っている顔ではない。翌日はバイトもなく、大学は――まあ、休んでもいい。
「……んじゃ、してみるか。期待外れでも知らんぞ?」
「じゃあ、お手並み拝見ってことで」
「その言い方ムカつくな」
「だってリナがあんなこと言うから、期待してるもん」
「ハードル上げんなよ」
そんなことを言いながら、二人で店を出た。
◇
その頃には、和也も自分が普通にはイケないことを分かっていた。どうせ自分が先に終わることはない。だったら急ぐ必要もない。
――時間かけたら、どうなるんだろ。
キスから始め、すぐ先へ進もうとはせず、サヤカの反応を見ながらゆっくり時間を使った。
「……待って」
和也は動きを緩めた。
「やめる?」
「違う。ちょっと……あっ」
言い終わる前に、サヤカの声が途切れた。
しばらくして、またサヤカが声を漏らした。
「なにこれ」
「何が?」
「知らない……こんなの」
そんなことを続けているうちに、ホテルに入ってから2時間近く経っていた。
「……また来る」
「また?」
「分かんない……もう無理……」
反応が変わるたび、和也は少しずつやり方を変えた。
――やべ。これ、ちょっと面白いな。
その夜も和也がイくことはなかったが、不思議と物足りなさはなかった。
終わった後のサヤカは、しばらく呆然としていた。
「こんなの初めて」
「感じにくいんじゃなかったの?」
「うるさい。今までこんなんなったことないもん」
「じゃあ、感じにくいって決まってるわけじゃないんじゃね?」
「……そうなのかな」
「知らんけど」
「知らないのに言ったの?」
「俺だって今日初めて知ったんだよ」
サヤカが呆れたように和也を見た。
◇
その後も月に1回くらいのペースで会い、しばらくすると2か月に1回くらいまで間隔は空いたが、関係自体は8か月ほど続いた。会うきっかけは、サヤカからの愚痴であることが多かった。
「昨日彼氏としたんだけど」
「うん」
「また最悪だった」
「毎回言ってんな」
「だってつまんないんだもん」
「じゃあ別れりゃいいじゃん」
「それとこれは別」
「知らねえよ」
「今度会う?」
だいたい、そんな流れだった。付き合うという話は一度も出ず、和也もサヤカが彼氏と別れることを望んでいたわけではない。会えば飲んで、話して、そのまま一緒に過ごした。
会うたびに和也は前とは違うことも試し、何度目かには目隠しも使った。その時のサヤカは、それまでで一番反応が大きかった。
ずっと後になって、和也はふと思った。
――あれ、俺の顔見なくて済んだからじゃねえだろうな。
8か月ほど経つ頃には、サヤカはゼミや卒論で忙しくなっていた。メールも電話も減り、会おうという話も少しずつ出なくなった。
喧嘩をしたわけでも、どちらかが終わりを告げたわけでもない。
気づけば、最後に会った日がそのまま最後になっていた。




