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魂喰い覚醒で最強へ成り上がるFランク少女、意識を奪う闇と共に歩む  作者: beck2026
魂喰いの少女編

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第95話:一ヶ月の空白と、完成せし双極の牙

規則的な電子音だけが響く、無機質で薄暗い病室。

鼻を突く消毒液と、微かな血の匂い。

ゆっくりと目を開けた如月三月の視界に飛び込んできたのは、見慣れたアパートの天井でも、安全な家の温かい照明でもなく、無機質なコンクリートのむき出しの天井だった。

「……起きたか、嬢ちゃん。丸三日間、死んだように眠りこけてたぜ」

ベッドの傍らから聞こえた野太い声に、三月は視線を横に動かした。

そこには、腕を組んで不機嫌そうにパイプ椅子に座る鉄山厳と、その隣で静かに電子カルテのタブレットを操作している迷宮学者・東雲慧の姿があった。

ここが、鉄山の裏組織『護民の盾』が管轄する、表沙汰にできない探索者たちを治療するための地下の闇病院であることを、三月は即座に理解した。

「……お母さんたちは?」

三月が身を起こそうとして、ふと自分の両腕に視線を落とす。

肩の付け根から指先まで、分厚い包帯と特殊なギプスで幾重にもガチガチに固定され、ベッドの両脇に吊るされるように固定されていた。

僅かに指先を動かそうと脳から指令を出した瞬間、断裂した神経が強引に繋ぎ合わされたことによる、焼け焦げるような激痛が脳天を突き抜けた。

「……っ」

常人であればショックで再び気を失うほどの激痛。

しかし、三月の顔はピクリとも歪まなかった。彼女の心に分厚くコーティングされた『精神耐性(中)』が、肉体の発する「苦痛」や「恐怖」という感情のノイズを完全に遮断し、ただの【腕の神経が損傷しているという事実データ】として極めて冷徹に処理してしまったのだ。

「動かすな。ウチの最高峰の闇医者たちが総出で緊急手術をして、粉々になった骨とズタズタの神経を強引に縫い合わせたんだ。だが、嬢ちゃんの異常なステータスと『生命力』の底上げをもってしても、その傷が完全に塞がって元の出力で腕が動かせるようになるまで、最低でも一ヶ月はかかる」

鉄山が低い声で釘を刺すように言った。

三月の『魂喰い』に、傷を癒すようなご都合主義の回復魔法は一切備わっていない。彼女は物理的に自壊した肉体の代償を、人間と同じように時間をかけて支払わなければならないのだ。

「三月くん。君のご家族には、僕の方から『協会からの極秘の長期遠征依頼が入り、機密保持のため一ヶ月間連絡が取れなくなる』と説明しておいたよ」

東雲が丸眼鏡を押し上げながら、淡々と事後報告を行う。

「君のこれまでの異常な戦果と、僕という学者の身元保証、さらに鉄山さんの組織が用意した偽造の依頼書を提示したことで、ご家族は完全に納得してくれた。彼らは今、君の無事を祈りながら、あの安全な家で普段通りの日常を送っている。……君がここで血まみれになって腕を失いかけていたことなど、微塵も知らずにね」

「……そう。ありがとう、東雲先生。本当に助かったわ」

三月は、両腕を吊られた無残な姿のまま、ふわりと、心底安堵したような笑みを浮かべた。

「あのまま家に帰ったら、お母さんたちを悲しませちゃうところだったもの。一ヶ月後、この傷が隠せるくらいにマシになったら、また普通の顔をして家に帰れるわね」

その言葉を聞いた東雲と鉄山は、同時に背筋に冷たいものを感じた。

彼女の言葉には、「家族に心配をかけて申し訳ない」という罪悪感が一切欠落している。

ただ『家族の平和な日常という舞台装置が壊れずに済んだこと』に対する、管理者としての無機質な安堵しか存在していない。

彼女の精神は、強靭な耐性を得た代償として、すでに完全に「怪物」のそれへと変貌しきっているのだ。

「……チッ。まあいい、お前がどうなろうと、俺は俺の仕事をするだけだ。見な」

鉄山は立ち上がり、壁に立てかけてあった、自身の背丈ほどもある細長い布の包みを持ち上げ、三月のベッドの上にドサリと置いた。

布を解き放つと、そこから姿を現したのは――鈍く、底知れぬ銀黒の光を放つ、全く新しい大剣の姿だった。

「第29層の『星鉄の核殻』を全量ブチ込んで、不眠不休の丸三日で打ち上げてやった。お前さんのイカれた極寒と爆熱の魔力を完全に抑え込む、最強の【封印鞘】だ。鞘自体の質量が地上の金属の数十倍あるから、ただこれでぶん殴るだけでも上位の魔獣が消し飛ぶぞ」

さらに鉄山は、鞘からゆっくりと黒月の刀身を抜き放つ。

「刀身の芯材にも星鉄を噛み合わせて、徹底的に魔力伝導率と強度を限界突破させてある。もう、お前さんがどれだけ並列処理で魔力を叩き込もうと、剣が自壊することは絶対にねえ。……まあ、それを振るための嬢ちゃんの腕が、今は使い物にならねえがな」

「……綺麗。ありがとう、鉄山さん」

三月は吊るされた腕のせいで直接触れることはできなかったが、新しく生まれ変わった相棒『双極の魔刃・黒月』を、うっとりとした瞳で見つめた。

(これで、武器の問題は解決した。あとは……)

三月は静かに目を閉じ、自分自身の体内に意識を向ける。

彼女の血管と魔力回路の隅々に、第30層の主を喰らって得た新スキル**『絶魔の竜血(小)』**の理が、強固な防壁となってコーティングされているのを感じる。

素手で極大魔法を放ち、両腕を爆散させてしまったあの大失敗はもう起きない。この竜血のコーティングが、彼女自身の莫大な魔力出力による「自壊バックバウンド」を完全に防いでくれるからだ。

あとはただ、この千切れた筋肉と神経が、物理的につながるのを待つだけ。

「……おやすみなさい。一ヶ月後、またね」

三月は『精神耐性(中)』の力で強制的に脳のスイッチを切り、傷を癒すための深い眠りへと再び落ちていった。

怪物の階段を駆け上がってきた少女にとって、この一ヶ月の強制的な空白は、さらなる深淵へ跳ぶための、ただの『充電期間』でしかなかった。

そして、一ヶ月後。

「……うん、動くわね」

闇病院の特別室。

三月はベッドの上に座り、完全にギプスと包帯が外された自身の両腕を、ゆっくりと開閉していた。

指先の末端まで、神経は完全に繋がっている。『怪力(中)』のパッシブ効果も問題なく発揮できそうだ。

だが、その華奢で真っ白だった両腕には、手首から肩にかけて、赤黒く焼け焦げたケロイド状の『凄惨な火傷と裂傷の痕』が、はっきりと刻み込まれていた。

魔法で都合よく治したわけではない。死闘の末に物理的に肉体が破壊され、それを強引に縫い合わせて自然治癒させた、紛れもない『代償の傷跡』だ。

「嬢ちゃん、本当に今日退院するのか? 腕の機能は戻ったが、その傷跡は……」

「平気よ。隠せば見えないもの」

三月は心配そうに顔を出した鉄山の前で、新調した漆黒のロングコートに腕を通した。

袖を通せば、そのおぞましい傷跡は完全に隠蔽され、どこからどう見ても無害で愛らしいFランクの少女の姿へと早変わりする。

生まれ変わった『黒月』を背中に背負い、三月は無機質な笑みを浮かべて鉄山に一礼した。

「一ヶ月間、お世話になりました。それじゃあ……『日常』に帰るわね」

夕暮れ時の、閑静な住宅街。

『護民の盾』のプロボディガードが死角から監視の目を光らせる中、三月は自宅である一軒家のドアの前に立っていた。

スウッ、と息を吸い込み、『魔力隠蔽(中)』を完璧に起動して怪物のオーラを完全にゼロにする。

「ただいまー! 長期遠征、終わって帰ってきたよ!」

ガチャリとドアを開け、この世で最も愛らしく、天真爛漫な「優しい娘」の声を上げる。

リビングの方から、ガチャン! とお皿の落ちる音が響いた。

「み、三月……っ!?」

エプロン姿の母・由美子が、涙ぐみながら小走りで玄関へと飛び出してくる。

その後ろからは、父の昭雄と弟の拓也が、驚きと喜びに満ちた顔で顔を出した。

「お帰り、三月! ずっと連絡が取れないから、みんな心配していたんだぞ!」

「姉ちゃん、お疲れ! すげえよな、協会直属の極秘遠征に選ばれるなんて!」

「えへへ、ごめんね心配かけて。でも、無事に帰ってきたよ。……あ、今日はハンバーグの匂いがする!」

三月は靴を脱ぐと、泣きながら抱きついてきた母親の背中を、ロングコートに包まれた(傷だらけの)両腕で、優しく、本当に優しく抱きしめ返した。

(ああ……なんて温かいんだろう)

人間の心を完全に失い、コートの下には怪物の傷跡と竜の血を隠し持っていようとも。

この家族の温もりだけが、彼女をこの世界に繋ぎ止めている絶対の楔なのだ。

「さあ、手を洗っていらっしゃい。今日は三月の無事の帰還を祝って、ごちそうよ!」

由美子の明るい声に、三月は「うん!」と満面の笑みで頷く。

完璧な嘘。完璧な日常。

彼女の心はすでに、深淵の底の底へと沈みきっていた。

(明日……お母さんたちが仕事と学校へ行ったら、あの扉を開けに行こう)

家族と囲む温かい食卓の裏側で、三月の冷徹な意識はすでに、人類の誰も到達したことのない迷宮の果て――『第31層の暗黒の扉』へと向けられていた。

第95話をお読みいただきありがとうございます!

今回は、人類未踏の階層主を素手で討伐した重い代償である「一ヶ月の強制入院」と、それを経て再び家族の元へ帰還するまでのエピソードを描きました。

回復能力を持たない三月の両腕には、決して消えることのない「凄惨な傷跡ケロイド」が刻まれました。彼女はそれを漆黒のコートで隠し、何事もなかったかのように家族に「ただいま」と笑いかけます。

人間の心を失い、痛々しい代償を払いながらも、嘘の笑顔で日常を守り続ける三月の歪な精神性が、今まで以上に色濃く表れた回となりました。

そして、鉄山の不眠不休の作業によって、超高密度の『星鉄』を用いた最強の封印鞘と補強された黒月がついに完成しました! 自壊を防ぐ『絶魔の竜血(小)』も体に馴染み、物理・魔力ともに完璧な準備が整いました。

次話、ついに人類の誰も見たことのない未知の深淵「第31層」へと足を踏み入れます!

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