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魂喰い覚醒で最強へ成り上がるFランク少女、意識を奪う闇と共に歩む  作者: beck2026


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第89話:深層の迷い子と、微かな軋み

第26層『静寂の図書館』。

そこは、かつて旧世界の知の集積地であった場所が、迷宮の魔素によって結晶化した異空間だ。高く積み上げられた古書の塔が、まるで迷路のように複雑に連なり、どこまでも続く回廊を形成している。ここでは魔物の気配すらも、ページをめくる音のように静かに、そして唐突に現れる。

如月三月は、新調した漆黒のロングコートの裾を翻し、書架の陰を縫うように歩いていた。

彼女の脳内では、『空間把握(中)』が周囲数百メートルの地形、気配、魔力変動を完璧な3Dマップとして構築している。しかし、今日の彼女の意識は、いつもとは異なり、わずかに自身の内側――そして「外側」へと逸れていた。

(拓也に、嘘を重ねている……)

その思考が、迷宮の魔素と共鳴し、自身の魔力回路に小さな揺らぎを生む。

かつてなら何の問題もなかった、些細な精神的負荷。しかし、深層の攻略と魂の捕食を繰り返す中で、彼女の「器」は人間離れした領域に達しつつあった。

強大な力を得れば得るほど、彼女の中の「人としての感性」と「怪物としての本能」のバランスを保つのが難しくなっていく。それはまるで、薄氷の上を歩くような危うい均衡だ。

――パキリ。

不意に、三月の足元の床が音を立てて亀裂が入った。

ただの石造りの床ではない。彼女が纏う魔力が、自身の心の揺らぎに耐えきれず、周囲の空間を微妙に歪めてしまったのだ。

「……っ」

三月は瞬時に深呼吸をし、強引に意識を強制終了リセットさせる。

『多重並列処理』を使い、家族との平穏な日常の記憶を最優先レイヤーに固定し、迷宮の深淵へ落ち込む本能を隔離する。冷徹なまでの演算により、彼女の心は水面のように凪いでいく。

家族を守る。その目的さえ揺るがなければ、彼女はただの「如月三月」でいられるのだから。

その直後、書架の奥からぬらりと影が這い出た。

第26層の守護者、知識の残滓を喰らう『古書の魔獣アーカイブ・ビースト』。

無数のページを羽根のように纏い、インクの混じった黒い液体を撒き散らす異形の個体だ。魔獣は三月の魔力を感知し、その知性そのものを狙って襲い掛かる。

「……機嫌が悪い時に、よくもまあ」

三月は冷ややかな瞳で魔獣を見据える。

彼女の右手に『氷結の魔力回路(真)』が、左手に『爆熱の魔力回路(微)』が奔る。先ほどまでの心の迷いは消え失せ、そこにいるのは、ただ効率的に、確実に「排除」を行う捕食者だった。

魔獣が咆哮し、ページを刃のように飛ばす。無数の鋭利な紙片が三月の全身を切り裂こうと殺到するが、三月は『自動透過の理』でそれを無造作にすり抜けた。物理的な干渉を無効化し、優雅な足取りで魔獣の懐へ肉薄する。

「消えて」

短く呟いた瞬間、交差する氷結と爆熱が魔獣の身体を内部から爆砕した。

磁力で魔獣の核を強制的に引き寄せ、黒月が閃光となって空を割る。物理的な切断と、超急激な温度変化による分子崩壊。魔獣の巨体は断末魔のインクを撒き散らしながら、一瞬にして霧散した。

三月は降り積もるインクの塵の中で、静かに着地した。

倒れ伏した魔獣の核を掴み、その記憶を喰らう。脳裏に流れ込むのは、この図書館がかつて人類の知の結晶だった頃の風景。膨大なデータと、人々の熱意の残滓だ。

それと同時に、彼女の中に新たな「理」が刻まれる。

『解析(小)』

魔力の流れや物質の構成比を、瞬時に読み取る能力。

それは、東雲のような学者が一生をかけて追い求める真理の断片。しかし、今の三月にとっては、弟の疑惑を解消し、より完璧な「日常」を演じるための手段に過ぎなかった。

「……これで、拓也の疑問にも、ちゃんとした答えが出せるわね」

三月は黒月の血を払い、鞘に納める。

迷宮の出口に向かって歩き出すその背中は、第25層の時よりも、ほんの少しだけ冷徹さを増していた。

彼女は、自身の強さが家族を危険に晒す「亀裂」になりつつあることを、誰よりも鋭く理解している。

だからこそ、もっと強くならなければならない。

もっと完璧に、ただの「お姉ちゃん」を演じきらなければならない。

迷宮の深淵を歩き続け、その深淵そのものになりかけている自分。

だが、その瞳の奥には、今もまだ、拓也や両親と囲む温かな食卓の幻影が、ささやかな温もりとして灯り続けている。

彼女は漆黒のコートを翻し、第27層への暗い扉へとその身を投じた。

その歩みには、家族の平穏を守るという、誰にも壊させない絶対の決意が刻まれていた。

迷宮の最深部、そのさらに奥にある真実を暴くとき、如月三月という存在がどのような答えを出すのか。

彼女はただ、明日のお母さんの手料理を楽しみに、暗闇の中を突き進んでいく。

第89話をお読みいただきありがとうございます!

弟・拓也の鋭い直感が、三月の築き上げた「平穏な日常」に小さな亀裂を入れ始めました。姉としての愛情を守り抜くため、三月が手に入れた『解析(小)』は、彼女の戦い方だけでなく、日常生活の嘘を補強するためにも使われていくことになります。

強大な力を得れば得るほど、人間としての心を失いそうになる三月の葛藤と、それを支える同盟者たち。物語は中盤の大きな転換期へと向かって加速しています。

今回のエピソードが面白かった、続きが読みたい!と思っていただけましたら、ぜひブックマーク登録や下部の評価ボタンでの応援をよろしくお願いいたします。皆様からの応援が、三月の過酷な物語を書き続けるための何よりの力になります。

次回もどうぞお楽しみに!

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