第六話:新しい『牙』と、黒鉄の誘惑
登場人物
◆ 如月 三月
十八歳。Fランク探索者。
貧乏な家族を支えるために探索者となったが、
死の淵で固有スキル『魂喰い』に覚醒する。
◆ 家族
父:大病を患い自宅療養中。
母:パートを掛け持ちして働く。
弟:受験を控えた秀才。
現在の能力
【固有スキル】
『魂喰い(ソウルイーター)』
怪物の魂を捕食し、自身の肉体強化とスキル獲得を行う能力。
【獲得スキル】
『怪力(小)』 (ホブゴブリン・オークから獲得・進化)
『俊敏(微)』 (ゴブリンから獲得)
『堅牢(微)』 (オークから獲得)
【現在の装備】
安物の革鎧
壊れかけの鉄の剣(限界状態)
新宿の喧騒から少し外れた、ビルの狭間の薄暗い路地裏。
ネオンの光も届かないその場所に、
探索者専門の武器ショップ『黒鉄堂』はひっそりと佇んでいた。
自動ドアをくぐると、カランカランと古風な鈴の音が響く。
店内には、現代の日本とは思えないほど無骨な鉄の匂いが充満していた。
壁一面に掛けられた、鋭く光る剣や槍、そして頑丈そうな防具の数々。
ダンジョンが発生して十年。
現代の鍛冶技術とダンジョンの素材が融合し、
こうして探索者向けの特殊な武具を扱う店が、街の裏側に定着していた。
「いらっしゃい。……ん、お嬢ちゃん、随分とボロボロだな」
奥のカウンターから声をかけてきたのは、
白髪交じりの短髪に、丸太のような太い腕を持った大柄な店主だった。
元々は日本の伝統的な刀鍛冶だったらしいが、
今では探索者たちの間で、腕の良い武具職人として知られている男だ。
三月は何も言わず、腰から引き抜いた自身の『鉄の剣』をカウンターの上に置いた。
「これの、代わりになるものを探しています」
店主は怪訝そうに眉をひそめながら、その剣を手に取った。
そして、ひび割れた刀身を見た瞬間、その目が驚愕に大きく見開かれた。
「おいおい……なんだコリャ。
刃こぼれなんてレベルじゃねえぞ。刀身全体が力任せにひん曲がってやがる。
根元の亀裂も酷い。あと一回でも硬いものにぶつけたら、粉々に砕けてたぞ」
店主は剣を何度もひっくり返し、感心したような、呆れたような声を出す。
「お嬢ちゃん、Fランクだろ?
こんな安い鉄の剣で、一体何を叩いたんだ?
まるで、大型の魔獣の頭骨でも力任せにぶっ叩いたような壊れ方だぞ」
「……ちょっと、手荒な戦い方をしてしまって」
三月は曖昧に微笑みながら濁した。
まさか、オークの硬い肉体と骨を、
スキル『怪力』に任せて強引に叩き斬った結果だとは言えなかった。
「とにかく、もうこの剣は限界です。
手元に十万円あります。この予算で、できるだけ『頑丈な剣』をください。
切れ味よりも、とにかく折れない、どれだけ力を込めても壊れないやつを」
店主は顎の髭をさすりながら、三月の上から下までをじっと見つめた。
細身の、どこにでもいる十八歳の少女。
普通なら、少しでも軽くて扱いやすい細身の剣を勧める場面だ。
だが、職人としての直感が、目の前の少女の異常性を察知していた。
「どれだけ力を込めても折れない、か……。
予算十万で、頑丈さだけを極限まで求めたやつ、ねぇ」
店主はブツブツと呟きながら、カウンターの奥にある重厚な保管庫へと向かった。
やがて彼が両手で抱えるようにして持ってきたのは、
お世辞にも美しいとは言えない、黒く無骨な一本の大きな剣だった。
「こいつを試してみな」
ドン、とカウンターに置かれたのは、通常の片手剣の二倍は厚みがある、
黒い金属で鋳造された大剣に近い代物だった。
「それは『魔鉄の塊剣』だ。
ダンジョンの低層で採れる粗悪な魔鉄鉱を、とにかく不純物だけ除いて、
限界まで厚く、重く叩き鍛えた代物さ。
切れ味は並みだが、頑丈さだけならそこらのCランク武器にも負けねえ。
……ただ、問題があってな」
店主はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「重すぎるんだよ。
片手剣の形にしちゃあるが、重量は普通の剣の三倍はある。
筋力自慢のDランク探索者でも、両手で振り回すのが精一杯の失敗作だ。
だから値段も安く抑えてある。ちょうど十万円でいい」
普通の女の子なら、持ち上げることすら諦めるような鉄の塊。
店主は半分からかうような目で三月を見ていた。
しかし、三月はその黒い剣の柄に、そっと右手を伸ばした。
(重い……? これが……?)
柄を握り締めた瞬間、三月の頭の中に心地よい感覚が走った。
今の彼女には、オークの魂を喰らって進化した『怪力(小)』がある。
無造作に、右腕だけに力を込めて、その黒い塊を上へと引き上げた。
ビューンッ!
薄暗い店内に、空気を激しく引き裂く凄まじい風切り音が響き渡った。
三月は、その重く無骨な剣を、
まるでただの竹箒でも扱うかのように、片手で軽々と頭上まで振り上げてみせたのだ。
「なっ……!?」
店主の目玉が飛び出さんばかりに見開かれた。
丸太のような腕を持つ彼ですら、両手で運んできた鉄の塊だ。
それを、この華奢な少女が、事も無げに片手でコントロールしている。
しかも、その構えには微塵のブレもなかった。
オークから得た『堅牢(微)』のスキルが、彼女の体幹を完璧に支えているからだ。
三月は剣をゆっくりと下ろし、その黒い刀身を見つめた。
しっくりと手に馴染む。
これなら、どれだけ全力で怪物の肉に叩きつけても、絶対に折れることはない。
今の自分にとって、これ以上ない最高の『牙』だった。
「これにします。ちょうど十万円、ですね」
封筒から十万円を取り出し、カウンターに置く。
「あ、あぁ……。毎度、あり、がとう……」
店主は完全に圧倒され、震える手でお札を受け取った。
三月は新しく手に入れた黒い剣を、用意してもらった頑丈な鞘に収め、
腰のベルトにしっかりと固定した。
ずっしりとした心地よい重みが、腰を通じて全身に伝わってくる。
店を出ると、新宿の夜風が再び三月の頬を叩いた。
財布の中身は、これで完全に空っぽになった。
実家には大金を送り届けてあるが、今の三月の手元には一円も残っていない。
だが、不思議と不安は全くなかった。
むしろ、腰にある新しい牙が、早く怪物の肉を断ち切りたいと、
彼女の胸の奥で激しく咆哮しているかのように感じられた。
「ふふ……」
三月は暗闇の中で、小さく笑った。
お金のため、という大義名分はもう使い果たしたはずだった。
実家の生活は当面の間、何も心配ない。
それでも彼女の足は、迷うことなく新宿のビルの隙間――ダンジョンの入り口へと向かっている。
胸の奥でゴトゴトと渦巻く、黒くドロドロとした飢餓感。
新しい武器を手に入れたことで、その飢えはさらに凶暴さを増していた。
次は、第二層。
人類の最高到達層が三十層程度というこの世界で、
まだ見ぬ未知の深淵へ、彼女は自ら進んで飛び込んでいく。
すべては、あの脳を焦がすような極上の魂の味を、もう一度味わうために。
深夜の新宿。
人知れず漆黒の穴へと消えていく少女の背中は、
すでに探索者のそれではなく、獲物を求める飢えた怪物の姿そのものだった。
第六話をお読みいただき、ありがとうございました!
ボロボロの鉄の剣に別れを告げ、新たな牙『魔鉄の塊剣』を手に入れた三月。
筋力自慢の探索者でも扱えないはずの鉄の塊を、片手で軽々と振り回す彼女の姿に、店主も完全に圧倒されてしまいましたね。
手元のお金は綺麗になくなりましたが、今の彼女にあるのは不安ではなく、次なる獲物への凶暴なまでの飢えだけです。
いよいよ次回からは、未知の領域である第二層への挑戦が始まります。
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それでは、第七話でお会いしましょう!




