第48話:死刑宣告、あるいは王の即位
高橋が地に伏し、ガランとヴォルグが沈黙する第十一層の境界。
張り詰めていた霧が、三月の吐息ひとつで凍りつくように凪いだ。
彼女の脳内には、高橋から奪い取った膨大なデータが渦巻いている。
協会が迷宮の深層部で密かに行っていた実験、魔石を独占するために隠蔽された無数の「探索者の失踪事故」、そして――三月の家族が住まう拠点の座標すらも、彼らは既に特定していた。
(……もし私がここで手を緩めていたら、次の瞬間には家族が消されていたのね)
三月の紫色の瞳が、冷徹な殺意で濁る。
高橋たちの「救済」という名の処刑は、ただの始まりに過ぎなかった。彼らは生かしておけば、それだけで彼女の聖域を脅かす毒となる。
「ねえ、高橋さん」
三月は、意識が混濁したままの高橋の髪を掴み、強制的に顔を上げさせた。
「あんたたちは私を『資産』と言った。ならば、その資産が主を喰らう時、どうなるか……教えてあげましょうか」
三月は指先から、高橋の神経系に直接流し込むような形で、極めて濃密な「毒の魔力」を注入した。
それは殺すためではない。彼がこれまで行ってきた数々の悪行、殺した者たちの恐怖、そして今、自分が三月に対して抱いている絶望を、高橋自身の神経系に永続的に「増幅」して体験させる拷問回路だ。
「ぎ、ああぁぁぁぁっ……!」
高橋が喉をかきむしり、悶絶する。
三月はそれを冷ややかに見下ろしながら、ヴォルグが落とした端末を拾い上げた。
画面には、本部のシステムが三月の手によって「書き換え」られた警告が表示されている。
『管理者権限の移譲完了。これより探索者協会は、如月三月の管理下に置く』
本部へ繋がる回線を開く。
通信先は、高橋の側近である事務局長だ。
三月は声を加工し、高橋と同じ――いや、彼以上に冷酷で威圧的な響きを乗せて命じた。
「これより協会本部は、迷宮深層の安全確保を優先し、全ての外部通信を遮断する。また、私の家族に監視をつけていた『イージスの盾』以外の全班を即刻解散させ、その記録を抹消しろ。さもなくば、この本部の心臓部を、私が直接焼き切る」
通信の向こう側で、事務局長が凍りつく気配が伝わる。
反論の余地などない。高橋本人のバイオメトリクス認証も、既に三月の掌の中にあるのだから。
「……了解した。ただちに、実行する」
通信が切れる。
三月は端末を閉じ、剣を収めた。
足元の調査員たちは、もはやただの肉の塊だ。彼らに用はない。
彼女は、崖の上から見下ろす迷宮の闇に、静かに背を向けた。
協会はまだ、彼女が何者なのかを知らない。
だが、明日には世界が知ることになるだろう。
迷宮を支配する「女王」が、人類の組織すらもその足元に跪かせたという事実を。
彼女の足取りは、かつてないほど軽やかだった。
自分の中に住まう「怪物」が、ようやく満たされたように満足げな溜息をつく。
(……お父さん、お母さん、拓也。もう大丈夫よ。あんたたちを脅かす檻は、私が食い尽くしてやったわ)
三月は、迷宮の深い闇の中へと消えていく。
協会という名の巨大な怪物を喰らい、その力で王座へと手をかけるために。
第48話をお読みいただき、ありがとうございます!
ついに協会を完全に掌握し、家族を脅かす存在を無力化した三月。
彼女が手に入れたのは「自由」だけではなく、組織そのものを支配する「王座」でした。
弱々しい新人探索者という皮を完全に脱ぎ捨て、迷宮の捕食者としての本性をあらわにした三月の行く末を、これからも見守ってください。
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