第45話:晩餐の帳(とばり)
第十一層、境界の岩場。
酸性の霧が澱み、視界を遮るこの場所で、高橋たちが用意した「処刑の舞台」は整っていた。
三月は岩陰に身を潜め、心臓で脈動する「毒の爆弾」に意識を集中させていた。
あと数分で、高橋たちは第十一層へ監視信号を追ってやってくる。彼らの狙いは、三月の心臓に埋め込んだ回路を強制起動させ、彼女を廃人にすること。あるいは、回路の異常を感知したという名目で、掃除屋を差し向け、彼女を完全に処分することだ。
だが、彼らがモニター越しに目にするのは、彼女の苦悶する姿ではない。
三月が「毒の魔力網」を通じて生成した、協会側のシステムを麻痺させるための「偽装の終焉」だ。
(……来る)
『気配察知』が、高橋、ガラン、そして数名の武装した調査員たちの接近を捉える。彼らの足取りには、三月を「始末する」という確信と、資産を失うことへの冷ややかな割り切りが混ざっていた。
三月は、あえて岩陰から姿を現した。
全身を泥と毒で汚し、今にも事切れそうな弱々しい姿を晒して。
「……三月。予定通りだな」
高橋の声が、岩場に反響する。彼は三月の目前まで歩み寄り、冷たい笑みを浮かべた。
彼の背後では、ガランが手元の端末を操作し、心臓の回路を起動させる準備を進めている。
「君の魔力データ、第十二層での激闘により許容量が限界に達したようだ。……残念だが、これ以上、君を『器』として運用するのは不可能だ。回路を強制起動し、君の魔力を協会へ全量回収させてもらう」
「……そんな、私、まだ……」
三月は悲痛な声を上げ、足元をふらつかせる。
ガランが鼻で笑った。
「足掻くな。これは君にとっても慈悲だ。怪物になる前に、協会が救済してやる」
ガランの指が、端末の起動ボタンを押す。
その瞬間。
心臓の監視回路が、高橋たちの想定とは全く異なる挙動を見せた。
彼らが送り込んだのは「強制停止プログラム」。
だが、三月の『毒の魔力網』は、その信号を瞬時に解釈し、高橋たちが所有する本部メインシステムの「管理者権限」へと書き換えた。
――バチィッ!!
高橋が手にしていた端末が、火花を散らして爆発する。
同時に、彼らの周囲に設置されていた監視用魔導回路が、三月の毒に侵され、一斉に機能を停止した。
「……何をした!? ガラン、状況報告を!」
高橋の顔から、余裕が消え去る。
周囲を囲んでいた調査員たちの端末も、一斉にノイズを吐き出し、黒煙を上げた。本部の基幹ネットワークとの接続が遮断され、協会側が用意していた「処刑用プログラム」が、逆に彼ら自身の端末を焼き切る「ウイルス」へと変貌したのだ。
三月は、ゆっくりと顔を上げた。
そこには、先ほどまでの怯えた少女の面影はない。
紫色の光が妖しく宿る瞳で、彼女は高橋を真っ直ぐに見据えた。
「救済、ね。……あんたたちの言う『救済』ってのは、こうして自分たちの破滅を招くことを指すの?」
「……貴様、まさか、最初から!」
高橋が背後の調査員たちに合図を送る。
だが、彼らが剣を抜こうとした瞬間、三月が足元の泥の中に仕込んでいた『磁力操作』による金属罠が作動した。
足元からせり上がった鋼鉄の棘が、調査員たちの足を貫き、身動きを封じる。
「あんたたちが私の心臓に仕込んだその回路は、今、あんたたちの心臓を握り潰すための鍵よ」
三月は、鞘から『魔鉄の塊剣』を抜き放った。
第十一層の霧が、彼女の周囲で渦巻く。
高橋にとって、ここは彼女を処刑するはずの狩場だった。
しかし、これからは。
「晩餐の時間よ。協会長」
彼女は、狩られる側から、協会そのものを喰らう捕食者へと、その牙を剥き出しにした。
物語はここからさらに加速していきます。
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