第四十一話:鋼の胎動、偽りの開頭
白く眩い手術灯が、三月の瞳を容赦なく射抜く。
四肢を拘束された手術台の上で、彼女は「何も知らない無力な少女」として呼吸を整えていた。
周囲には、高橋、ガラン、そして白衣を纏った数人の協会専属医。部屋の隅には、技術協力の名目で呼び出された鉄山の姿がある。
「如月三月、被験体番号01。これより回路埋め込み手術を開始する」
高橋の冷徹な声が響く。
三月の首筋に、冷たい消毒液が塗られる。
皮膚が切り裂かれる感覚。通常であれば麻痺するはずの痛みだが、三月は『精密魔力循環』で神経を一時的に切断し、あえて「痛み」を遮断していた。
(……来る)
胸元に埋め込まれたのは、協会が開発した最新型の監視回路。
それは微細な魔導回路の集合体であり、心臓の鼓動に合わせて彼女の魔力動向をギルド本部へリアルタイムで送信する「呪い」だ。
外科医の震える手つきで回路が埋め込まれていく。
だが、その瞬間だった。
三月の心臓付近に仕込んでいた『毒の魔力網』が、まるで蛇のように回路を包み込んだ。
(……私の領域へ、ようこそ)
毒の魔力網が回路の導線を侵食する。
それは物理的な破壊ではない。回路が送ろうとする電気信号と魔力波を、三月が望む「偽の情報」へと変換するための、同化だった。
「……数値が安定しない。高橋協会長、回路の魔力が……妙な振動を」
執刀医が狼狽える。
高橋が眉をひそめ、モニターを覗き込む。
しかし、画面に映し出されたのは、鉄山が以前仕込んでおいた「偽装回路」が発する、完璧に平穏なログだった。
「異常なしだ。回路の初期接続による魔力干渉だろう。そのまま進め」
高橋の言葉に、三月は心の中で薄く笑った。
(ええ、そのまま進めなさい。あんたたちが作り上げたその檻が、誰を閉じ込めているのか、すぐに分からせてあげる)
三月はあえて、心拍数をわざと低下させ、死の淵にあるような脆弱な反応をシミュレートする。
意識が遠のくふりをしながら、彼女は体内の魔力網を操り、回路の端子を自身の神経へと完全に融合させた。
激痛が走る。
神経が焼けるような感覚。だが、彼女は指先一つ動かさず、ただ静かにその苦痛を受け入れた。
彼女の中にある「怪物」が、この回路を「自分の一部」として認識し始めたのだ。
埋め込みが終わり、傷口が縫合される。
三月がゆっくりと瞼を開くと、そこには満足げに微笑む高橋の姿があった。
「成功だ。……如月三月、今日から君は、我々協会にとって真の意味での『資産』だ。大切に扱わせてもらうよ」
三月は弱々しく、しかし従順な少女の顔で頷く。
「……はい。これで、もっと強くなれますか?」
「ああ、もちろんだとも」
その言葉を聞きながら、三月は自身の心臓の鼓動を感じていた。
もはや、その回路は高橋たちのものではない。
三月の毒と魔力に支配され、彼女の感情に従って情報を偽る、彼女のための「傀儡」へと変貌していた。
(……資産、ね。光栄だわ)
彼女の瞳の奥で、毒の魔力が妖しく瞬いた。
彼女は、自分が協会という巨大な迷宮の最深部を、内側から支配するための「鍵」を手に入れたことを理解していた。
手術室の扉が開き、彼女は運び出される。
その背中を、高橋は疑うことなく見送った。
三月が、自分たちの組織そのものを喰らうための毒牙を、喉元に突き立てたことにも気づかずに。
第四十一話をお読みいただき、ありがとうございました!
ついに監視回路の埋め込みが完了しました。しかし、それは三月の狙い通り、彼女の「毒の魔力網」と融合し、協会を欺くための傀儡へと成り果てました。
「資産」として扱われる中で、密かに牙を研ぐ三月の逆襲がいよいよ本格化します。
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それでは、第四十二話でお会いしましょう!




