第四十話:毒の吐息、あるいは支配の序曲
手術まで、あと三日。
ガランとの遭遇を経て、協会側の監視はより一層執拗なものとなっていた。ギルドへ戻る道すがら、三月は常に背後に視線を感じていた。協会はもう、隠密行動などという生ぬるい真似はしない。公然と、彼女を「監禁」に近い形へ追い込もうとしている。
(……逃げ場はない。けれど、これは想定内よ)
三月は一度だけ、誰もいない路地裏で足を止めた。
彼女の指先が、わずかに紫色の光を帯びる。
彼女がこの一ヶ月、第十二層で積み重ねてきたのは、単なる魔力の蓄積ではない。
迷宮の毒素を、自身の魔力回路に「情報」として書き込む作業だ。毒が神経を麻痺させる仕組みを魔力で再現し、対象の魔導回路へ侵入するための「鍵」を生成していた。
(高橋、あんたが回路を埋め込むなら、私はその回路を『私自身』の一部にする。あんたの意図しない命令を、私の魔力で上書きしてやるわ)
三月は、自身の心臓に巻き付けた「毒の魔力網」の感触を確かめた。
それは、彼女自身の命を繋ぎ止めるための、しかし同時に、協会を内側から崩壊させるための毒の檻。
「三月、いたか」
不意に、影からヴォルグが現れた。
彼は無言で三月の手首を掴む。その力は強く、拒絶を許さない支配者のそれだった。
「……高橋協会長が、手術前の最終調整をしたいそうだ。今すぐ本部へ来い」
「……手術は、まだ三日後のはずじゃ……」
「予定が早まった。君の魔力の成長が、想定を上回ったからな。協会は君をこれ以上、野放しにはできないと判断した」
三月は一瞬、目を見開く。
(……早まった? そんなはずはない。私の偽装は完璧だったはず……)
だが、恐怖はすぐに冷徹な計算へと変わった。
(……むしろ好都合よ。あんたたちの懐に飛び込む時間が早まるだけだわ)
三月はわざと震えを見せ、怯えた表情でヴォルグについて歩いた。
その背中で、彼女は必死に魔力を圧縮し、心臓に巻き付けた毒の網を、回路が埋め込まれた瞬間に対応できるよう再配置する。
本部へ続くエレベーターが上昇していく。
扉が開けば、そこには彼女を肉体的に支配するための手術台が待っている。
だが、その手術台は、彼女にとっては協会を毒で塗りつぶすための、最高の舞台だった。
「……準備はいいか、三月。これから君は、協会の大切な『資産』になるんだ」
ヴォルグの嘲笑を背中で受けながら、三月は心の中で呟く。
(ええ、たっぷり可愛がってあげる。あんたたちが作り上げた、その偽りの檻の中で)
扉が開き、無機質な手術室の光が彼女を照らす。
三月は、少女の仮面を被ったまま、静かに歩み出した。
支配される側のふりをして、支配する側を喰らうために。
第四十話をお読みいただき、ありがとうございました!
協会からの不意の呼び出し。手術が早まるという絶体絶命の危機に対し、三月は「好都合」とすら捉え、毒の檻を完成させます。
いよいよ次回、手術台の上で、三月の運命を決める大勝負が始まります。
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それでは、第四十一話でお会いしましょう!




