第三十四話:逆鱗の叛逆、一歩ずつの捕食
ギルド本部での面談から数日。高橋協会長が突きつけた「監視用魔導回路」という名の肉体ハッキング――その埋め込み手術まで、協会側が提示した猶予は一ヶ月だった。
(……一ヶ月。この短期間で、奴らの想定を遥かに超える力を手に入れなきゃならない)
三月は、鉄山の制止を振り切るようにして、迷宮の「第八層」の入り口へと立っていた。
ここは攻略パーティが団体で通過する要衝だ。常に重武装のパーティが陣形を組み、一気に突破を図る場所であり、単独の探索者がうろつく場所ではない。だが、だからこそ、その喧騒に紛れて自身の力を底上げするには好都合だった。
「第八層はソロで挑む場所じゃねえ。団体で駆け抜けるのが常識だ。そんな場所で長居してたら、すぐに目立つぞ」
鉄山の忠告に、三月は首を振る。
「逆よ。人が多いからこそ、誰が何をしてるかなんて誰も気に留めない。集団の影に隠れて、獲物だけを狩ればいい」
三月は迷宮へと足を踏み入れた。
第八層の通路は広く、鎧を纏った『狂乱の魔鎧兵』の群れが巡回している。遠くからは攻略パーティの雄叫びと魔法の炸裂音が響いてくる。
(……来た)
『気配察知』が、巡回から孤立した一組を捉える。
三月はパーティが通過した直後の死角へと飛び込んだ。彼女はわざと大げさに剣を振るい、壁を叩いて騒音を立てる。攻略パーティの喧騒に紛れてしまえば、この程度の音など「探索中の小競り合い」として片付けられる。
ドォン!という鈍い音。
パーティの戦闘音に見せかけた一撃が、魔鎧兵の装甲を粉砕する。
鎧の中にあったのは、血塗られた赤黒い魂の核だ。
彼女はそれを、容赦なくその手で掴み取った。
(全部、私の血肉になりなさい……っ!)
強烈な魔力の奔流が体内に流れ込む。
脳内で警報が鳴り響く。強大な力を得る快感は、同時に彼女の人間性を削り取る毒でもあった。三月は、その奔流を必死に理性という檻で受け止める。
(今は、回路をねじ伏せるための『基盤』を作る時。……強引な進化じゃダメなの)
彼女は、魂から流れ込むエネルギーを、自身の魔力回路を拡張するための素材として精密に再構築していった。
強くなることと、怪物になることの境界線。そのギリギリを見極めながら、彼女は一歩ずつ、だが確実にその牙を研いでいく。
第八層という、攻略パーティが絶えず往来する通過点。
そこで彼女は、集団の影に隠れながら魔獣を屠り、その力を吸収していく。
彼女の瞳は、人間としての理性と、生存のための飢えの間で揺れ動いている。
(……ああ、力がみなぎる。これなら、いつか奴らに思い知らせてやる)
三月は、第八層の闇の中で、たった一人で魔獣を蹂躙した。
その手は血に染まり、彼女自身の理性を守るための錨も、日々ギリギリまで引き伸ばされていた。
手術まで、まだ時間はある。
今日の一歩は、小さなものかもしれない。しかし、迷宮の深層で積み上げたその一歩の積み重ねこそが、一ヶ月後の「偽りの少女」を、「真実の怪物」へと変貌させる。
彼女は、自分の中に芽生えた支配への渇望を、家族への愛という名の薄い氷の上で押さえつけていた。
誰にも気づかれないように。
自分自身にさえ、気づかれないように。
第三十四話をお読みいただき、ありがとうございました!
手術までの一ヶ月。物語を急がせるのではなく、彼女がどのようにして日々の迷宮潜りで力を蓄え、人間性と獣性の間で葛藤しながら成長していくのか、その過程を丁寧に描いていきます。
彼女の「一歩ずつの捕食」が、一ヶ月後の協会との対決でどう花開くのか。
これからも見守ってください!
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それでは、第三十五話でお会いしましょう!




