第三十三話:偽りの恩恵と、沈黙の契約
第六層の攻略を終え、ギルドに戻った三月の元に、不穏な影が忍び寄っていた。
ギルド本部の奥まった一室に呼び出された三月を待っていたのは、ガランとヴォルグ、そして協会長の高橋による冷徹な追及だった。
「三月君、君の活躍は目覚ましい。……だが、少しばかり『強すぎる』ようだ」
高橋が机に突きつけた資料には、彼女がポイズン・スパイダーの群れを討伐した際の詳細なログが記されていた。単なる「磁力操作」だけでは説明がつかない、魔獣の動きの不自然な硬直。そして、彼女の周囲で発生していた微かな魔力反応の消失。
ガランが眼鏡の奥で目を細め、静かに切り出す。
「君が何か隠しているのは明白だ。我々調査員を出し抜くほどの技術……あるいは我々が未だ把握できていない『力』の正体、そろそろ教えてもらおうか。君の家族の安否に関わる重要な話だ」
(……脅しね)
三月は微動だにせず、心の中で舌打ちをする。
ガランの言葉は、家族という彼女の聖域を盾にした明白な脅迫だった。
「……私は、ただ生き残るために必死なだけよ」
三月はわざと震える声で言い放つ。「そんなに疑うなら、私のステータスカードを全て見ればいいわ」
彼女は鉄山と偽装工作を施したカードを差し出す。しかし、高橋たちは納得しない。
「偽装の痕跡は……ないな。だが、この成長数値は異常だ。君が言わないなら、我々で突き止めるまでだ」
高橋が冷酷に宣告する。
「次回の潜入時、君の体に『監視用魔導回路』を埋め込む。君の身体能力を直接計測するためのものだ。健康管理も兼ねているから、決して損な話ではない」
それは彼女の肉体を協会にハッキングさせることを意味していた。
回路を埋め込まれれば、『魂喰い』も獣の衝動も、全てが高橋たちの監視モニターに晒される。拒否すれば家族が狙われ、承認すれば自分が「怪物」であることが露呈する。
絶体絶命の窮地。三月は、これまでにないほど拳を握りしめた。
(……家族を、守らなきゃ。ここじゃない、もっと安全な場所へ)
三月はすぐさま『黒鉄堂』へ走り、鉄山に事の次第を打ち明けた。
「……なるほどな。回路を埋め込まれるだと? 狂ってやがる」
「鉄山さん。……今の場所じゃ、奴らの目から家族を完全に隠すのは難しい。私の家族を、協会が手を出せねえ『秘密の場所』へ移動させて」
「分かった。俺のネットワークを使い、協会が手を出せねえ場所へ如月家を移動させる。拓也の受験も、引退した教師を紹介して秘密裏に底上げさせてやるよ」
その足で、三月は団地へと帰宅した。
リビングでは、昭雄、由美子、拓也が揃っていた。
三月は喉の奥が引き締まるのを感じながら、すべてを切り出した。
「お父さん、お母さん、拓也。……少しの間、ここから離れて別の場所で暮らしてほしいの」
「三月? いきなり何を言い出すんだ」
父・昭雄が困惑する。三月は家族の手を取り、必死に訴えた。
「私の仕事の関係で、どうしても協会の人たちの目が厳しくなって……このままだと、お父さんたちの生活にまで迷惑がかかってしまうの。鉄山さんが用意してくれた場所なら、誰にも見つからないし、設備も万全よ」
「拓也、あんたの受験も心配よね。その場所には優秀な家庭教師を呼んでくれることになってるの。今は夏休みってことにして、環境を変えて勉強に集中してみない?」
母・由美子が不安そうに三月の顔を覗き込む。
「……三月、あなた、無理をしてない?」
「大丈夫。みんなと、これからも穏やかに暮らしたいだけなの」
家族は三月の真剣な眼差しに、何かを悟ったようだった。
鉄山が用意した「護民の盾」のメンバーたちが、団地の周囲を固め始める。その圧倒的な気配に、家族も事態の深刻さを理解した。
「分かった。……三月がそこまで言うなら、信じるわ」
それから数時間後、如月一家は荷物をまとめ、秘密拠点へと去った。
自分を縛る重荷が減ったことで、彼女の心には冷徹な余裕が生まれた。
彼女は、自分の中に芽生えた「支配への渇望」を、今日もまた、家族への愛という名の薄い氷の上で押さえつけていた。
誰にも気づかれないように。
自分自身にさえ、気づかれないように。
第三十三話をお読みいただき、ありがとうございました!
高橋による過酷な監視の要求に対し、家族を安全な場所へ隠匿し、徹底した防衛体制を敷くことで、三月は迷宮という「食卓」に集中する環境を作り上げました。
家族との対話シーンを加えることで、彼女がなぜそこまでして協会と戦うのか、その「動機」をより深く描きました。
これで家族への直接的な脅迫や監視の目は防げます。しかし、彼女自身の肉体へのハッキングは待ったなし。鉄山の協力を得て、彼女はどのようにして「回路」の監視をくぐり抜けるのか。
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それでは、第三十四話でお会いしましょう!




