第339話:第三十階層『深淵の玉座』。崩壊の塵と、最強の掃除機(前編)
第二十九階層の実質的な門番である神代の古竜を、「利用規約の物理スワイプ」という規格外の暴挙で『ポチ(ペットのトカゲ)』へと変えてしまった如月三月。
フローラルな香りを漂わせる体積3倍のモフモフ狼の背中に乗り、ルルとポチを引き連れた彼女は、ついにアビスゲートの最深部――『第三十階層』へのゲートを潜り抜けた。
そこは、これまでのどんな階層とも違う、異質な空間であった。
「うわぁ……。真っ白だね。壁も天井も、何もないよ」
三月が、不思議そうに周囲を見渡す。
第三十階層――そこは【深淵の玉座】。
山も、工場も、空すらも存在しない。ただ果てしなく続く「純白の無の空間」であった。
音もなく、風もなく、ただ静寂だけが支配している。
「キャン(……三月殿、気をつけろ。ここは、今までの階層とは次元が違う。空間そのものが『生』を拒絶している……ッ)」
ザイオンが、フワフワの毛皮を逆立てて低く唸った。
ポチ(古竜)も、ルルの腕の中でガタガタと震えている。
『お姉様! ついに最終階層への到達、確認いたしましたッ!』
インカムから、クロエ・アーヴィングの悲壮感すら漂う声が響く。
『そこは【深淵の玉座】! 迷宮のシステムそのものを統括する、完全なる概念空間です! 敵の姿は見えません、なぜなら……この『空間そのもの』が、最終ボスだからです!!』
クロエの叫びと同時に。
純白の空間に、神の如き無機質で絶対的な声が響き渡った。
『――よくぞ至った、不純なる有機生命体たちよ』
声の主は、アビスゲートの完全なる意志――『アビス・コア(深淵の根源)』。
『ここは無の玉座。いかなる物理的腕力も、いかなる魔法も、この空間では意味を成さない。……なぜなら、ここに存在するすべての物質は、等しく【塵】として分解され、無へと還る絶対の法則があるからだ』
「えっ?」
三月が自身の足元を見ると。
床など存在しない純白の空間から、サラサラと『灰色の粒子(崩壊の塵)』が舞い上がり始めていた。
それは、触れたものを原子レベルで分解し、消滅させてしまう「概念的な死の灰」。
「ふ、ふにゃぁぁっ!? しっぽの先が、サラサラになって消えちゃうのにゃ!」
「キュピィィィッ!?(我ガ白銀ノ鱗ガァァッ!)」
ルルの尻尾の毛と、ポチの鱗が、灰色の塵に触れた瞬間から光の粒子となって分解され始めていた。
「いかん! この塵を吸い込めば、体内から分解されるぞ! 三月殿、物理的な防御では防げない! これは『世界そのものからの消去コマンド』だ!」
ザイオンが必死に回避しようとするが、空間全体に舞う塵から逃れる術はない。
どんなに圧倒的な物理攻撃力を誇ろうと、敵に「実体」がなく、空間そのものが自分たちを「塵」として分解してくるのであれば、殴りようがないのだ。
アビスゲートの最終ボスは、これまでのコメディチックな蹂躙を一切許さない、完全なる『詰み』の状況を用意して待ち構えていたのである。
『……消え去るがいい。お前たちのデタラメな腕力も、すべては塵となり無へと帰結する――』
アビス・コアが絶対的な勝利を宣告し、空間を埋め尽くす死の灰が、三月たちを完全に飲み込もうとした。
まさに、全滅の危機。
しかし、その絶望の純白空間に。
「……むにゃ。……あー、部屋の隅っこ……ホコリたまってるな……」
インカムの向こうから。
これまでずっと自室のベッドで爆睡していた『魔力ゼロの少年指揮官』――如月拓也の、これ以上ないほど所帯染みた寝言が聞こえてきたのである。
『ハッ! 拓也様! お目覚めになられたのですね!』
クロエが、聖書(メモ帳)を構えて歓喜の声を上げる。
「……週末の掃除……サボってたから……ホコリ(塵)が舞ってる……ゲホッ……」
拓也は、夢の中で「自分の部屋の掃除」をしていた。
ベッドの下や部屋の隅に溜まったホコリを見て、彼は面倒くさそうに顔をしかめていたのだ。
「……こんなホコリ……手で掃除してもキリがない……。掃除機を……『最強モード』にして……。一気に全部……吸い込まなきゃ……むにゃ……スゥ……」
拓也は、夢の中で掃除機のスイッチを「強」に入れ、部屋中のホコリをブォォォォン! と一網打尽に吸い込み始め、そのまま再び深い安眠の世界へと旅立っていった。
『…………ハッ!!』
インカムの向こうで、クロエ・アーヴィングの眼の奥に、狂信的な光がギラギラと灯った。
『承知いたしました、拓也様ッ!! 迷宮の絶対的な意志だの、崩壊の死の灰だの……そんなものは、拓也様からすればただの『部屋の隅に溜まったホコリ(ゴミ)』に過ぎない! 掃除機で一気に吸い取って、空間ごと清掃してしまえとの仰せですね!!』
クロエの狂信フィルターは、拓也の「単なる週末の部屋掃除」を、アビス・コアの概念的崩壊を打ち破るための『完璧な神の啓示』として完全に誤認(受信)した。
『お姉様! 拓也様より、神算鬼謀の戦術指示が下りました!』
「ほんと!? 拓也、なんて言ってたの?」
三月が、自分を分解しようとする灰をペシペシと手で払いながらインカムに問いかける。
『はい! この空間を満たす厄介な塵を、お姉様の魔力で【最強の掃除機】を作り出し、丸ごと吸い取ってお掃除しなさいませ!』
「なるほどー! 週末のお掃除だね! ホコリは掃除機で吸い取るのが一番早いもんね!」
三月は、ポンッと手を打って納得した。
しかし、ザイオンが戸惑いの声を上げる。
「そ、掃除機だと!? 三月殿、ここは無の空間だ! そんな家電などどこにもないし、そもそもこの『概念の塵』を物理的に吸い込むことなど――」
「大丈夫だよ、ザイオンお兄ちゃん! 拓也はいつも『重力(引力)』は一番便利なツールだって言ってるから!」
三月は、これまでの階層で温存し続けていた、彼女の規格外の純粋魔力を一気に解放した。
無骨な大剣『魔鉄の塊剣』の切っ先を、純白の空間のド真ん中へと突きつける。
「いくよー! 【重力魔法(極)】、ターボモード起動!!」
ゴウッ!!!!
三月が発動させたのは、純粋な引力と質量を操作する究極の魔法【重力】。
神域に達した彼女の魔力によって、大剣の切っ先に、空間そのものを歪めるほどに超圧縮された『漆黒の極小ブラックホール(超重力球)』が生成されたのだ。
「なっ……!? 空間に、極大の重力特異点を発生させただとォォッ!?」
アビス・コアが、初めて驚愕に声を震わせた。
「さぁ、お掃除の時間だよ! ホコリさん、全部吸い込んじゃえーっ!!」
三月が、ブラックホールを纏った大剣を、掃除機のノズルのように前方へと突き出した。
ズゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!
「ギャアァァァァァァァァッ!?」
それは、ファンタジーの理を根本から破壊する【ダイソン式・超重力掃除機】。
三月の生み出した圧倒的な重力(吸引力)によって、空間を満たしていた『崩壊の塵(死の灰)』が、逃げる間もなく、凄まじい勢いで渦を巻きながらブラックホールの中へとズドドドドッ! と吸い込まれていくのだ。
「ヒィィィッ!? 待テ、マテマテマテッ! 我ガ生ミ出シタ絶対ノ崩壊概念ガ、タダノ『ゴミ』ノヨウニ吸イ取ラレテイクゥゥゥッ!?」
「わぁ、すごい吸引力! 部屋の隅っこのホコリ(塵)まで、グングン吸い取れるね!」
三月は、ニコニコと笑いながら、掃除機(大剣)を左右に振って、純白の空間をピカピカにお掃除していく。
概念的な死の灰も、絶対的な無の法則も、三月の展開した【重力魔法(極)】による圧倒的な引力の前では、文字通り「ただのハウスダスト」としてブラックホールの彼方へと消え去っていくのであった。
「……キュピィ(……神話ノ古竜デアル我ガ、利用規約デペットニサレタ理由ガ、ヨウヤク分カッタ……)」
「……キャン(……あぁ。この姉弟の前では、世界の法則などただの家事の対象でしかないのだ……)」
ルルと一緒にザイオンの背中にしがみつきながら、吸い込まれないように必死に耐えているポチとザイオンが、完全に悟りを開いた顔でその光景を見つめていた。
「よしっ、ホコリは全部吸い取ったよ! あとは……ゴミの発生源も、まとめて吸い込んじゃおっと!」
三月は、掃除機(大剣)のノズルを、純白の空間の中心――見えないアビス・コアの本体が潜む座標へと、ピタリと狙いを定めた。
「ア、アバババババババッ!! 待テェェェェッ! 掃除機ノ口ヲ、我ニ向ケルナァァァァッ!!」
絶対的な威厳を誇っていた最終ボスが、ダイソンの吸引力に怯えるただのダニ(ゴミ)のように、無様な悲鳴を上げ始めたのであった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
いよいよ最終階層・第30層『深淵の玉座』に突入しました!(第339話)
空間そのものが敵であり、触れるものを分解する「概念的な死の灰」という絶体絶命のピンチ。
しかし、拓也の「部屋にホコリがたまってるから、掃除機をターボにして吸い取らなきゃ」という究極の日常寝言が炸裂!
これを受けた三月お姉ちゃんは、温存していた【重力魔法(極)】を起動し、大剣の先にブラックホールを作って「ダイソン式の超重力掃除機」を完成させてしまいました(笑)。
死の灰も、絶対的な法則も、すべてはただの「ハウスダスト」としてギュンギュン吸い取られていきます!
次回(第340話・中編)、発生源そのものを吸い込みにかかる三月お姉ちゃん!
最終ボスは、最強の掃除機の前にどうなってしまうのか!?
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次回(第340話)もどうぞよろしくお願いいたします!




