第338話:第二十九階層『創世の神竜峰』。創世の御業と、チュートリアルの無料配布(後編)
「キュゥ……(先輩、このモフモフの毛皮、すごく落ち着きます……)」
「……クゥン(だろう? これが俺たちの新しい生きる道だ。誇りなど捨てて、愛玩動物としての生を全うするぞ)」
第二十九階層『創世の神竜峰』。
物理スワイプと顔面パンチによって「利用規約」を強制的に同意させられ、三月のペット(体長30センチのトカゲ)へと成り下がった神代の古竜・ポチ。
彼は今、体積3倍のフローラルな銀狼・ザイオンの極上の毛皮に埋もれながら、先輩ペットから「理不尽な世界での生き抜き方」をレクチャーされていた。
「ポチちゃーん、こっちおいでー!」
三月が呼ぶと、世界を滅ぼすはずだった古竜は「キュピィッ!」と犬のように尻尾を振って彼女の手のひらに飛び乗り、気持ちよさそうに喉を鳴らした。完全に野生(と神話の威厳)を失った瞬間である。
「よし! これでこの階層もクリアだね! 次はいよいよ、最後の三十階層だよ!」
一方その頃。
アビスゲートの外、東京・新宿の上空で防衛戦を死守していたSランク探索者たちの間では。
「……ハァ、ハァ……! なんて恐ろしい魔力密度だ。空間そのものが歪んでいるぞ……!」
神宮寺が、上空を見上げて冷や汗を流した。
彼らの頭上に展開していたのは、新宿の空を覆い尽くすほど巨大な『六芒星の暗黒魔法陣』。
アビスの深淵から呼び出された「大悪魔」の群れが、彼らの命と引き換えに【絶対の死の呪い(強制契約)】を東京全域に発動させようとしていたのだ。
「クソッ……! あの魔法陣は『世界そのものへの契約(呪い)』だ! 物理攻撃も魔法も、システムとして完成しちまった陣には干渉できねぇッ!」
レオン・カーターが、雷撃を放ちながら歯噛みする。
どれほど彼らが強かろうと、世界の理を書き換える悪魔の契約魔法が完成してしまえば、文字通り「確定した死」を迎えるしかない。
絶体絶命のピンチ。
しかし、その時。
迷宮内で、三月が『空中の古代ルーン文字(利用規約)を怪力で一番下まで物理スワイプし、同意のパンチを叩き込んだ』際に生じた、莫大な【契約の強制改竄と、主従の逆転】のエネルギーが逆流してきたのだ。
それが、戦場全体に広域の【世界法則の書き換え(システム・ハッキング)】という、神の如きバフとなって降り注いだのである。
ガガガガガッ……!!!
「……な、なんだ!?」
レオンが目を見開く。
新宿の空を覆っていた、完璧な幾何学模様を描いていた大悪魔の六芒星(暗黒魔法陣)が。
まるで、ファミコンのカセットを斜めに挿したかのように、突如として激しく『文字化け(バグ)』を起こしたのだ。
「ギ、ギャアァァァァッ!? 我ガ魔力ガ……呪イノ契約ガ、書キ換エラレテイクゥゥッ!?」
大悪魔たちがパニックに陥り、悲鳴を上げる。
彼らが命を削って紡いだ「東京を滅ぼす契約」の術式は、三月の物理スワイプの余波によってグチャグチャに書き換えられ――。
『東京を滅ぼす(主:悪魔)』から、『東京を癒やす(主:人間)』へと、その効果が180度反転して強制実行(同意)されてしまったのである!
カァァァァァァァァァッ……!!!!
暗黒の魔法陣は、まばゆい『黄金の回復魔法陣』へと姿を変え。
降り注ぐはずだった死の呪いは、Sランク探索者たちの体力と魔力を全回復させる『極上のヒール(無料配布バフ)』となって戦場に降り注いだ。
そして、マナを逆流させられた大悪魔たちは、自らの魔法のバックファイアを受け、「キュゥゥゥ……」という情けない声を上げて、小さなコウモリサイズに縮んでポトポトと地面に落ちていった。
「バカな……。完成した大悪魔の契約術式を、外部から……しかも、対象を人間側に有利に書き換える(ハッキングする)だと……?」
神宮寺は、黄金の光に包まれながら、空のゲートに向かってその場にガクンと膝をつき、両手を天に掲げた。
「彼は……我々がルール(契約)の壁に阻まれていることを見抜き、世界の設計図そのものを書き換えてみせたのだ! 魔の契約すらも慈愛の光へと創り変える……これぞまさに『創世の御業』! 如月拓也……! 君はもはや、戦術の神を超えた【新世界の創造主(絶対神)】だ!!」
「ウオォォォォォォッ!! 神よ! 俺たちの指揮官よォォォッ!! もうアンタの言うことなら何でも信じるぜぇぇぇっ!!」
屈強なSランクのオッサンたちが、敵の魔法陣を書き換えるという次元を超えた奇跡を前に、完全に理性を失い、涙と鼻水を流しながら地面に額を擦りつけて祈りを捧げる。
もはや軍隊の指揮ではなく、完全なる「新興宗教の礼拝」の光景であった。
もちろん、彼らは知らない。
この究極の創世の御業(契約書き換えバフ)が、「長ったらしいアプリの利用規約を、怪力で強制スワイプして顔面パンチで同意した」という、理不尽極まりない『お姉ちゃんの脳筋スマホ操作』の余波に過ぎないという事実を。
そして、彼らが新世界の創造主と崇め奉る指揮官が、現在自室のベッドで。
「……むにゃ。……お、チュートリアル突破の……無料配布で、なんかペット(SSR古竜)もらった……」
拓也は、夢の中でソシャゲの画面を見つめ、神代の古竜のステータスを確認していた。
「……でも、育成素材集めるの……めんどくさいな……。初期ステータスも微妙だし……とりあえず、当分使わないから……倉庫の奥に突っ込んどこ……むにゃ……スゥ……」
と、神宮寺たちが「創世の御業!」と泣いて喜んでいるその裏で、世界を滅ぼす神話の魔獣を『育成が面倒な無料配布(ボックスの肥やし)』として扱いながら、ただ幸せそうに二度寝しているだけだという事実も。
かくして。
深淵迷宮の実質的な門番である第二十九階層は、覚醒した最強スキルの物理攻撃ではなく、『利用規約への物理的同意』という、現代社会のデジタルな適当さによって完全に踏破された。
「ザイオンお兄ちゃん、ポチちゃん! 次で最後だよ! いこーっ!」
「キャン!(承知した!)」
「キュピィ!(ついていきます!)」
すっかりペットとして飼い慣らされたモフモフ狼とミニドラゴンを引き連れ、三月とルルはいよいよ、最後にして最悪の絶望が眠る『第三十階層』へのゲートへと飛び込んでいった。
深淵の門踏破まで、残り1階層。
見えざる少年指揮官(爆睡中)と最強の姉による、常識と理を粉砕する蹂躙劇は、いよいよグランドフィナーレ(最終決戦)を迎えようとしていた。
次回(第339話)からは、いよいよ最終階層・第30層に突入します!
迷宮の最深部で待ち受ける「最後の敵」とは!? そして拓也の寝言は、どう迷宮のシステムを完全崩壊させるのか!?
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次回、最終階層編(第339話)もどうぞよろしくお願いいたします!




