第333話:第二十八階層『機巧の歯車城』。冷徹な御曹司(CEO)と、哀しみの初期化ビーム(前編)
第二十七階層の最悪のホラー(悪霊たち)を、「全自動お洗濯コース」という圧倒的な生活感で蹂躙し、フローラルな香りで完全浄化してしまった一行。
究極の柔軟剤を浴びて体積が3倍に膨れ上がり、もはや「歩くフローラル綿飴」と化した銀狼ザイオンの背中に揺られ、三月とルルは次なる階層のゲートを潜った。
しかし、その先に待っていたのは、先ほどまでのお花畑のような香りとは正反対の、無機質で冷たい空間であった。
「うわぁ、なんだか油の匂いがするね。ガシャガシャうるさいし」
三月が、周囲を見回して目をパチクリとさせた。
第二十八階層――そこは【機巧の歯車城】。
視界の果てまで巨大な歯車が噛み合い、無数のベルトコンベアが稼働し、赤いレーザー光線が網の目のように張り巡らされた、魔界の『超巨大オートメーション工場』であった。
「ふにゃ……。機械がいっぱい動いてて、ちょっと怖いにゃ」
ルルが、ザイオンのフワフワの毛皮(体積3倍)に顔を埋める。
『お姉様! 第二十八階層への到達、確認いたしましたッ!』
インカムの向こうから、狂信者クロエ・アーヴィングの緊張した声が響く。
『そこは【機巧の歯車城】! 感情を持たない冷徹な機械兵たちが無限に量産される、アビスゲートの兵器工場です。階層全体がひとつの巨大なAI(人工知能)によって統括されており、侵入者の弱点を瞬時に計算して最も効率的な排除を実行する、極めて厄介なシステム空間です!』
クロエの解説が終わるか終わらないかのうちに。
「……計算完了。有機生命体の非効率な行動パターン、すべて予測可能」
ガシャン、と重厚な音を立てて。
巨大なプレスの奥から、一体の『人型の機械魔獣』が姿を現した。
まるで高級なオーダーメイドのスーツを着こなしているかのような、スマートで流線型の金属ボディ。顔の半分は冷たい青色のバイザーで覆われている。
第二十八階層の真の主、冷徹なる機械財閥のトップ――『アビス・マキナ・CEO(Sランク)』である。
「ようこそ、野蛮な有機生命体の諸君。私はこの工場の最高経営責任者(CEO)。……君たちの体から漂うフローラルな柔軟剤の香り、極めて非論理的で吐き気がするよ」
「フッ。感情を持たぬガラクタには、この極上の仕上がり(トリートメント)は理解できまい!」
ザイオンが、フワッフワの毛皮を揺らしながら前へと進み出る。
しかし、CEOは冷笑するように青いバイザーを光らせた。
「ガラクタ? それは君たちのことだ。……特に、そこの小柄な少女(如月三月)。君の異常な出力(物理)の源泉は、すでに計算済みだ」
CEOの視線が、大剣を担いだ三月に向けられる。
「君の力の源は、筋肉でも魔力でもない。論理的根拠の一切ない『弟への異常な執着心』という名の、システムエラーだ。……ならば、その『エラー』を物理ドライブから消去すれば、君はただの無力な有機物の塊に過ぎない」
「えっ? 拓也のことがエラー? 何言ってるの、このポンコツさん」
三月が小首を傾げた、その時だった。
「無駄口は不要だ。……消去開始」
CEOの胸部の装甲がスライドし、そこから極限まで圧縮された『冷たい銀色の光線』が放たれた。
「三月殿! 避けろッ!!」
ザイオンが叫ぶが、遅い。
その光線は物理的な破壊力を持つビームではなく、対象の脳内データ(記憶)に直接干渉し、特定の感情や記憶を強制的にデリートする【精神初期化レーザー】であった。
ズガァァァァァァァァンッ!!!!
「きゃあっ!?」
レーザーを真正面から浴びた三月が、後ろに大きく吹き飛ばされた。
【堅牢(極)】を持つ彼女の肉体には傷一つ付いていない。しかし――。
カランッ……。
三月の手から、いつも軽々と振り回していた『魔鉄の塊剣』が、力なく滑り落ちて床に転がった。
「……あれ……? 私……なんで、こんな重い鉄の塊、持ってたんだっけ……?」
三月の深緑色の瞳から、スゥッと光が消え失せた。
焦点の合わない、虚ろな表情。彼女の脳内から、「如月拓也」という最愛の弟に関する記憶と感情が、システムによって強制的に【凍結】されてしまったのだ。
「み、三月お姉ちゃん!? どうしたのにゃ!?」
ルルが慌てて駆け寄るが、三月は「……あなた、誰?」と、まるで知らない人を見るような目を向けるだけだった。
「バ、バカな……! 記憶喪失だと!? 彼女の行動原理のすべてである『弟への愛』を消去したというのかッ!」
ザイオンが絶望に目を見開く中。
♪〜〜〜(チャララーン、チャチャチャ、チャララーン……)
突如として、工場のスピーカーから『悲壮感漂う、劇的なバラード曲(OST)』が流れ始めた。
さらに、どこからともなく『冷たい雨』が降り出し、記憶を失って立ち尽くす三月の頬を濡らしていく(※機械階層の冷却水スプリンクラーの誤作動による過剰演出です)。
「ククク……。哀れなバグめ」
CEOは、ゆっくりと歩み寄りながら、懐から『プラチナでできた真っ白な封筒(慰謝料)』を取り出し、三月の足元に冷酷に投げ捨てた。
「その金(魔核)を受け取り、二度と弟の前に姿を見せるな。君と弟では、住む世界が違いすぎるのだ……。すべてを忘れ、この工場で永遠の労働力(歯車)となるがいい」
財閥の横暴! 記憶喪失! 白い封筒! そして悲しいバラード曲!
完全に『昼ドラ(マクチャンドラマ)』の王道を行く絶望的な展開が、三月たちを包み込んでいた。
『お、お姉様ァァァッ!! 記憶が……拓也様への愛が、システムによって強制終了させられてしまいましたわァァッ!』
インカムの向こうで、クロエが悲痛な叫びを上げる。
愛する者の記憶を失い、完全に無力化されてしまった最強のヒロイン。
このまま、彼女は冷徹な機械財閥に心を奪われてしまうのか。
しかし。
その絶対絶命の劇的な空間に。
「……むにゃ。……あー、もう……最悪だ……」
インカムの向こうから。
これまでずっと自室のベッドで爆睡していた『魔力ゼロの少年指揮官』――如月拓也の、間の抜けた寝言が聞こえてきたのである。
『ハッ! 拓也様! お目覚めになられたのですね!』
クロエが、一筋の光明を見出したように歓喜の声を上げる。
「……パソコン……完全にフリーズした……。マウスポインタも、ピクリとも動かない……むにゃ……」
拓也は、夢の中で「作業中だったパソコンが突然固まり、一切の操作を受け付けなくなる」という、現代人にとって最も絶望的なトラブルに見舞われていた。
「……『Ctrl + Alt + Delete』押しても……再起動も効かない……。あー、もう……めんどくさい……むにゃ……」
拓也は、夢の中で動かなくなったパソコンの画面の前で、深いため息をついた。
「……こういう時は……もう、システムごと……強制的に落とすしかない……。足元の……『大元のコンセント』を……ブチッて、引っこ抜こ……むにゃ……スゥ……」
拓也は、夢の中でパソコンの電源プラグを容赦なく物理的に引っこ抜き、そのまま「あとでやり直そう」と再び深い二度寝の世界へと旅立っていった。
『…………ハッ!!』
インカムの向こうで、クロエ・アーヴィングの眼の奥に、狂信的な光がギラギラと灯った。
『承知いたしました、拓也様ッ!! お姉様の尊き愛の記憶をフリーズさせた冷徹なるシステム! 画面上の小賢しい操作(再起動)など無用! この階層を支配する『大元の主電源』を物理的に引っこ抜き、すべてを強制終了させよとの仰せですね!!』
クロエの狂信フィルターは、拓也の「単なるパソコンのフリーズ対応(物理)」を、記憶喪失というメロドラマ的絶望を打破するための『完璧な神の啓示』として完全に誤認(受信)した。
『お姉様! 聞こえますか、お姉様! 拓也様が……愛する弟君が、貴女をお呼びです! 偽りのフリーズ(記憶喪失)を打ち破り、敵の主電源を引っこ抜きなさいませッ!!』
クロエの悲痛な、しかし力強い叫びが、インカムを通じて三月の耳の奥へと届く。
「たく……や……?」
虚ろだった三月の瞳の奥で。
消去されたはずの『愛の記憶』が、小さな火花を散らし始めた。
感情をバグと見なす冷徹な機械CEOから「初期化ビーム」を食らい、拓也の記憶をフリーズさせられてしまった三月お姉ちゃん。
悲しいバラード(OST)が流れ、スプリンクラーの雨が降り、手切れ金の白い封筒を投げつけられるという、これ以上ないほどコテコテの「記憶喪失&財閥の横暴」展開です(笑)。
しかし、ここで我らが少年指揮官・拓也の「パソコンがフリーズしたからコンセント抜こ」という身も蓋もない寝言が炸裂!
クロエの超解釈により、この壮大なメロドラマの解決方法は「大元の主電源の引っこ抜き(物理)」に決定しました。
果たして、記憶を取り戻した三月お姉ちゃんの「怒りのキムチビンタ(物理)」は飛び出すのか!?
そして、悲しいOSTと冷徹ボスの末路は!?
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次回(第334話)もどうぞよろしくお願いいたします!




