第332話:第二十七階層『死霊の呪墓』。魂の洗礼と、フローラルな狂信者たち(後編)
第二十七階層『死霊の呪墓』。
物理無効の幽霊や無限再生のゾンビがひしめく最悪のホラー階層は、三月お姉ちゃんによる『超巨大・全自動お洗濯コース(漂白剤&柔軟剤入り)』によって、完全に「清潔でフローラルなお花畑」へと変貌を遂げていた。
強力な憑依能力を持っていたSランクボス『アビス・レイス・ロード』も、超絶遠心力(脱水)の前に「ガンコな汚れ」として引き剥がされ、シワシワの真っ白なシーツとなって壁に張り付いている。
「にゃはははっ! お兄ちゃん、すっごく良い匂いがするのにゃ!」
「……うむ。これこそが、俺の至った究極の境地……」
極上の柔軟剤をたっぷり浴びて『体積3倍のフローラル・モフモフ狼』へと進化したザイオンは、ルルを背中に乗せ、すっかり戦意を喪失して平和な顔で伏せをしていた。
「お洗濯、大成功だね! ボスさん(シーツ)も乾いたみたいだし、回収しとこっと」
三月が、壁に張り付いていたシーツ(Sランク魔核)をペリペリと剥がし、綺麗に畳んで亜空間収納へとしまった。
一方その頃。
アビスゲートの外、東京・新宿の上空で防衛戦を死守していたSランク探索者たちの間では、まさに絶体絶命の『不浄なるピンチ』が訪れていた。
「ゲホッ……! クソッ、なんて悪臭だ……! 鎧が、溶けやがる……ッ!」
レオン・カーターが、自身の雷を纏った防具がドロドロに腐食していくのを見て、顔を歪めた。
彼らを襲っていたのは、「アビス・マッド・スライム」と「アビス・プレイグ・ビースト(疫病獣)」。
物理攻撃をヘドロの体で吸収し、触れるものすべてを腐敗させ、強烈な悪臭で精神を削るという、最悪の『汚物魔獣』の群れであった。
「いかん……。この毒気と悪臭を吸い続ければ、我々の肺が先にやられてしまう……!」
神宮寺もまた、刀の刀身がヘドロによってサビついていくのを必死に魔力で抑え込んでいた。
どれだけ強力な攻撃力を持っていようと、この戦場を覆う『絶対的な不浄と悪臭』の前では、探索者たちは徐々に体力を奪われ、ジリ貧に追い込まれていく。
最前線で戦う彼らの顔には、泥と疲労、そして絶望の色が濃く滲んでいた。
しかし、その時。
迷宮内で、三月が『漂白剤とフローラル柔軟剤をたっぷり入れた全自動洗濯機』を回し、脱水まで完璧に完了させた際に生じた、莫大な【不浄の完全なる浄化と、慈愛の香り】のエネルギーが逆流してきたのだ。
それが、戦場全体に広域の【絶対漂白と、フローラル・アロマ(状態異常無効)】のパルスとなって降り注いだのである。
フワァァァァァァァァァッ……!!!!
新宿の夜空を覆っていた、ドブのような強烈な悪臭と紫色の毒霧が。
突如として吹き荒れた、まるでお花畑のど真ん中にいるかのような『極上のフローラルな香り』によって、一瞬にして上書き(消臭)されたのだ。
「……な、なんだ!? 臭いが……消えた!? いや、それどころか……めちゃくちゃ良い匂いがするぞ!?」
レオンが目を見開く。
それだけではない。彼らの体に付着していたヘドロや猛毒、さらには長年の戦闘で染み付いていた防具のガンコな汚れまでが。
まるで新品の純白の衣のように、シュワァァッ! と光り輝く泡に包まれ、一瞬にして『真っ白に漂白(浄化)』されたのである。
「こ、これは……!! サビついていた刀が、鏡のように輝きを取り戻しただと……!?」
神宮寺が、ピカピカになった愛刀を見つめて息を呑む。
彼らを苦しめていたヘドロの魔獣たちは、この「致死量の清浄なる光(漂白剤)」を浴びた瞬間、アワワワッ! と悲鳴を上げながら、シャボン玉のように弾けて次々と消滅(成仏)していった。
「ハッハァァァァッ!! 冗談だろオイ!? 敵の毒と悪臭を一掃するどころか、俺たちの装備まで新品同様にピカピカにしちまう【超強力洗浄バフ】だとォ!?」
完全に毒から回復し、鎧からシャボンの香りを漂わせたレオンが、自身の両拳を打ち合わせ、雷のオーラを爆発させる。
「なんという……なんという深く、そして優しい慈愛の香りだ……!」
神宮寺は、完全に浄化された体で神速の抜刀術の構えを取り直し、空のゲートに向かって、ボロボロと大粒の涙を流して叫んだ。
「彼は……我々が血と泥にまみれ、闘争の業に魂まで穢れかけていたことを見抜いていたのだ! だからこそ、ただ敵を滅ぼすだけでなく、我々の『魂の汚れ(罪)』までも、この花の香りで優しく洗い流してくださった……! これは回復魔法などではない、神による【魂の洗礼】だ!! 如月拓也……! 君はもはや、戦術の神を超えた【魂の救済者】だ!!」
「ハッハァ! 俺たちの魂も装備も、ピッカピカの純白だぜ!! この極上のお花の香り……一生ついていくぜ、コンダクター!!」
屈強なSランクのオッサン(猛者)たちが、シャボン玉とフローラルな香りに包まれながら、完全に浄化された無敵のコンディションで空のゲートに向かって熱狂的な信仰を叫ぶ。
それは端から見れば、血生臭い戦場に似つかわしくない、非常にシュールでメルヘンチックな光景であった。
もちろん、彼らは知らない。
この究極の魂の洗礼(漂白バフ)が、「部活のユニフォームが泥だらけで臭いから漂白剤と柔軟剤を入れて洗濯機を回したという寝言を受けた三月が、階層ごと全自動洗濯機にして魔力で丸洗いした」という、理不尽極まりない『お姉ちゃんの大掛かりな家事』の余波に過ぎないという事実を。
そして、彼らが魂の救済者と崇め奉る指揮官が、現在自室のベッドで。
「……むにゃ……。んんっ……いい匂い……」
拓也は、夢の中で綺麗に洗い上がり、日光の熱とフローラルな柔軟剤の香りをたっぷりと吸い込んだ『フカフカのユニフォーム』に顔を埋めていた。
「……お母さん……いつも、洗濯……ありがとう……。これで、明日も……頑張れる……むにゃ……スゥ……」
と、純粋な母親への感謝を口にしながら、ユニフォーム(の夢)に包まれて、再び深い深い眠りへと落ちていったという事実も。
かくして。
深淵迷宮の第二十七階層は、覚醒した最強スキルの物理攻撃ではなく、『全自動お洗濯コース(漂白&フローラル仕上げ)』という、およそ迷宮攻略とはかけ離れた圧倒的な「生活感」によって踏破された。
「ザイオンお兄ちゃん、お待たせ! ゴミ(汚れ)もなくなったし、次の階に行こう!」
「……あぁ。今の俺は過去最高の仕上がりだ。どんな悪路であろうと、このお花の香りとフワフワ感だけは守り抜いてみせよう……」
完全にホラー(悪霊)を凌駕し、身も心も綺麗に浄化されたモフモフの従者を連れて。
三月とルルは、綺麗に畳まれたシーツ(ボス)を手に、次なる第二十八階層へと、ピカピカの笑顔で進んでいくのであった。
残るアビスゲートは、あと3階層。
最強の姉と、最強のお荷物(指揮官)の理不尽な蹂躙劇は、戦場の常識をフローラルな香りで上書きしながら、いよいよ深淵の最奥へと突き進んでいく。
次回(第333話)からは、いよいよ残り3階層! 第28階層へと突入していきます!
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次回(第333話)もどうぞよろしくお願いいたします!




