第328話:第二十六階層『運命の遊技場』。確定演出のスキップと、強制SSR(中編)
カラカラカラッ……。
第二十六階層の主、アビス・ディーラーが放った銀色のボールが、巨大なルーレット盤の上で無慈悲な音を立てて転がり続けていた。
盤面の99.99パーセントは、即死が確定する『死のドクロマーク』。
三月たちが助かる『大当たりのSSRマス』は、肉眼ではほとんど見えないほどの極小の1マス(0.01パーセント)のみ。
「ククク……。さぁ、もうすぐボールの勢いが止まりますよ。あなた方の命の灯火が消える瞬間を、特等席でとくとご覧なさい」
ディーラーが、勝利を確信したような邪悪な笑みを浮かべる。
三月の腕の中では、ペナルティでポメラニアンサイズの仔犬にされてしまったザイオンが「クゥゥ……ッ」と悔しげに唸り、ルルは恐怖でギュッと目を閉じていた。
カランッ……。
ボールが弾み、いよいよドクロマークの密集地帯へと吸い込まれようとした、まさにその絶対絶命の瞬間だった。
「……むにゃ。……あー、長い……」
インカムの向こうから。
これまでずっと自室のベッドで爆睡していた『魔力ゼロの少年指揮官』――如月拓也の、間の抜けた寝言が聞こえてきたのである。
『ハッ! 拓也様! お目覚めになられたのですね!』
絶望に沈んでいたクロエ・アーヴィングが、一筋の光明を見出したように歓喜の声を上げる。
「……虹色の確定演出……無駄に長くて……待ってられないんだよな……むにゃ……」
拓也は、夢の中で「日課のスマホゲームのガチャ」を回していた。
彼は、無駄に長いキャラクター登場の確定アニメーションをじっと見るのが苦手な、効率重視のゲーマーであった。
「……演出なんてどうでもいいから……画面の右上にある『スキップボタン』を……連打、ポチッ……。結果(SSR)だけ、早く出せ……むにゃ……」
拓也は、夢の中でガチャの演出をスキップし、そのままスマホを握りしめて再び深い二度寝の世界へと旅立っていった。
『…………ハッ!!』
インカムの向こうで、クロエ・アーヴィングの眼の奥に、狂信的な光がギラギラと灯った。
『承知いたしました、拓也様ッ!! ルーレットが回っているこの時間は、敵が仕組んだ『ただの無駄に長い確定演出(茶番)』に過ぎない! 過程など無視し、結果(SSR)だけを強引に引きずり出せとの仰せですね!!』
クロエは、拓也の「単にスマホゲームのガチャ演出をスキップしただけの寝言」を、第二十六階層の絶対絶命の状況を打破するための『完璧な神の啓示』として完全に誤認(受信)した。
『お姉様! 拓也様より、神算鬼謀の戦術指示が下りました!』
「ほんと!? 拓也、なんて言ってたの?」
三月が、ボールが落ちる寸前のルーレット盤の前で、目をキラキラさせてインカムに問いかける。
『はい! このルーレットが回っている時間は無駄ゆえ、即座に『スキップ』しろと仰っておられます! 敵のディーラーに触れることはルール違反ですが、『ゲーム機(ルーレット盤)』に触れるなとは一言も書かれておりません! お姉様の【怪力】を用いて、盤面を強制的に止め、大当たりのマスをボールの下へねじ込みなさいませ!』
「なるほどー! さすが拓也! 長い演出はスキップボタンで飛ばして、結果だけ見ちゃえばいいんだね!」
三月は、ポンッと手を打って、これ以上ないほど納得した顔をした。
その言葉を聞いた仔犬のザイオンが、「……キャン?(は? 盤面を、強制的に止める?)」と間の抜けた声で首を傾げる。
「な、何を馬鹿なことを……! 盤面に干渉するなど、カジノのルールが――」
ディーラーが顔を引き攣らせた、その時。
「演出、スキィィィィィップッ!!!!」
三月は、ルーレット台の上にガバッと身を乗り出すと。
猛スピードで回転している、直径十メートル、重さ数十トンはあろうかという超巨大なルーレットの盤面の『フチ』を、両手でガシィィィッ! と掴んだのだ。
ギギュイィィィィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!!
長き眠りを経て神域へと達した【怪力(極)】による、デタラメな『物理的ブレーキ』。
三月の細腕が盤面を掴んだ瞬間、ルーレットの回転エネルギーと三月の筋力が激突し、凄まじい摩擦熱と火花がカジノ中に散らばった。
「ガ、ピガガガガガッ!? エ、エラー! 盤面への、異常な物理干渉を検知ッ!」
カジノのシステムが悲鳴を上げ、警報が鳴り響く。
しかし、三月はディーラーを攻撃しているわけでも、ステータスで魔法を使っているわけでもない。ただ「回っているお皿を力任せに止めているだけ」であるため、暴力禁止のペナルティはギリギリ発動しなかったのだ。
「止まれ、止まれぇぇぇっ! あっ、SSRのマス、見っけ!!」
三月は、凄まじい火花を散らしながら無理やり盤面の回転を遅らせると。
落下してくる銀色のボールの『真下』に、盤面に一つしかない0.01パーセントの大当たりマス(SSR)を、力ずくで「ギギギギギッ!」と強引にスライドさせて合わせたのだ。
そして。
ポトッ。
コロコロ……ピタッ。
銀色のボールは、完全に静止したルーレット盤の、『大当たり(SSR)』のマスへと、吸い込まれるように(というより三月が真下に持ってきたため物理的に)収まった。
ファンファーレが鳴り響き、空間に煌びやかな文字が浮かび上がる。
【JACKPOT!! SSR確定(大勝利)!!】
「…………は?」
ディーラーが、仮面がズレるほどに目を見開いて、完全に固まっていた。
「……演出、スキップ完了! ほら、SSRが出たよ!」
三月は、摩擦で少し焦げた手をパンパンと払いながら、満面の笑みでブイサインを決めた。
「バ、バカな……。数十トンのルーレット盤を、素手で……摩擦だけで強制停止させただと……? しかも、針の穴を通すような精度で、当たりのマスをボールの落下地点にねじ込んだ……?」
ディーラーは、物理法則と確率論を根底から粉砕する『暴挙』を前に、膝から崩れ落ちた。
【絶対ルール】は、「暴力禁止」は定めていたが、「ゲーム機を腕力で止めてはいけない」とは設定していなかった。システムの盲点を、純粋な物理力で突かれたのである。
「にゃははっ! 三月お姉ちゃん、すごーい! 大当たりなのにゃ!」
ルルが、三月の腕の中でバンザイをして喜ぶ。
「キャンッ! キャオォォンッ!(……信じられん。だが、これで勝ちは勝ちだ! 俺の力を返せ、悪徳ディーラー!)」
仔犬のザイオンが、ディーラーに向かって勇ましく(しかし可愛らしく)吠え立てる。
【勝敗決定。挑戦者の勝利。ペナルティを解除します】
システムのアナウンスと共に、ザイオン(仔犬)を包み込んでいた光が弾け。
彼は元の屈強な銀狼の姿(Sランク魔獣)へと、無事に元の大きさに戻った。
「ふぅ……。戻ったか。一時はどうなることかと思ったが……」
ザイオンは、自身の鋭い爪と分厚い胸板を確認し、深い安堵の溜息を吐いた。
そして、己の力を取り戻した彼は、鋭い眼光でへたり込んでいるディーラーを睨み下ろした。
「……さて。ゲームは俺たちの『大勝利』で終わったわけだが。まさか、これで終わりではないだろうな? アビス・ディーラー」
「ヒッ……!」
ルーレットでの敗北は、カジノのシステムにおける【ディーラーの敗北】を意味する。
すなわち、先ほどまで空間を支配していた『暴力禁止の絶対ルール』のバリアが、パリンッ、と音を立てて解除されたのだ。
「ルルを怯えさせ、俺をあのような屈辱的な姿(仔犬)に変えた罪。……高くつくぞ」
ザイオンの全身から、Sランク魔獣としての圧倒的な殺気が爆発する。
そして、その横では、三月が再び『魔鉄の塊剣』を亜空間から取り出し、ニコニコと笑いながら素振りを始めていた。
「ゲーム終わったから、もう叩いてもいいんだよね? 拓也も、ガチャで外れたらよくスマホに怒ってるもんね!」
「あ、悪魔……! き、貴様ら、ルールを物理で破壊しておいて、さらに私をボコボコにする気かァァッ!?」
『おおおおおおおおッ!!! す、素晴らしいッ!! 素晴らしすぎます、三月お姉様ァァァッ!!!』
インカムの向こうで、クロエがメガホンを片手に熱狂の雄叫びを上げていた。
『絶望的な確率の茶番(演出)を、圧倒的な物理の腕力で【スキップ】し、己の力でSSR(大当たり)をむしり取る! これぞまさに、運命への物理的叛逆! 拓也様も、この確定SSRの神引きにさぞご満足されていることでしょうッ!!』
一方その頃。
アビスゲートの外、東京・新宿の上空で防衛戦を死守していたSランク探索者たちの間では。
これまでの常識を覆す、究極の『ギャンブル的奇跡』が降り注ごうとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第26階層『運命の遊技場』の中編(第328話)でした!
物理攻撃を封じられ、勝率0.01%のデスゲームを強要された絶体絶命のピンチ。
しかし、拓也の「ガチャの演出が長いからスキップボタンで飛ばす」というゲーマー特有の寝言が、まさかの突破口(?)を開きました!
「暴力禁止なら、ゲーム機を力任せに止めればいい」という斜め上の解釈で、数十トンのルーレット盤を素手で掴んで強制停止させ、大当たりのマスをボールの真下にねじ込んだ三月お姉ちゃん。
もはやイカサマどころではない物理の暴力で、強引にSSRをもぎ取りました(笑)。
ルールが解除され、元の姿に戻ったザイオンと三月による、ディーラーへの「お礼参り(物理)」が始まろうとしています。
次回(第329話)、後編! この「強制SSR」の余波が、外の探索者たちにどんなデタラメなバフをもたらすのか!?
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次回(第329話)もどうぞよろしくお願いいたします!




