第326話:第二十五階層『鏡幻の水晶宮』。夜の鳥かごと、強制就寝(サイレント・クリア)(後編)
第二十五階層『鏡幻の水晶宮』。
「暗いから電気をつけろ」という拓也の寝言を受け、三月が放った【極大の魔力光(間接照明)】によって、迷宮内を満たしていた数百体の幻影は一瞬にして蒸発した。
数千枚の水晶の壁を物理的にぶち抜かれた上に、最後の砦であった幻影のバリアすらも消し飛ばされ、玉座の前に丸裸で晒された迷宮の主。
ボス魔獣『アビス・クリスタル・ロード(Sランク)』は、真っ直ぐにこちらへ歩いてくる三月の姿に、水晶の身体をガタガタと震わせていた。
「ピ、ピピピ……!!(ば、化物め……ッ! だが、貴様は致命的なミスを犯した!)」
追い詰められたクリスタル・ロードは、自身の核を激しく発光させ、狂ったような機械音で高笑いを上げた。
彼らクリスタル魔獣は、光を反射するだけでなく、強い光を「吸収」して自身のエネルギーへと変換する特性を持っている。
三月が迷宮全体を照らすために放った規格外の魔力光。それは、クリスタル・ロードにとって『無限の弾薬』を供給されたのと同じことであった。
ヴィィィィィィィィィィィンッ!!!!
ボスの全身が、危険な極彩色に発光し始める。
吸収した光エネルギーを極限まで圧縮し、迷宮の直通通路ごと三月たちを消し飛ばす、全方位殲滅の『オメガ・プリズム・レーザー』のチャージ態勢に入ったのだ。
「なっ……! マズいぞ三月殿!!」
背中にルルを乗せたザイオンが、血相を変えて叫んだ。
「奴は、あなたが放った光を吸収して、致死量のレーザーを放つ気だ! あれだけの光量を圧縮して放たれれば、いくらあなたの【堅牢】でも防ぎきれ――ッ!」
一触即発。
巨大な破壊の光線が放たれようとした、まさにその時だった。
「……むにゃ。……外の鳥が……うるさいな……」
インカムの向こうから。
先ほどまで「トイレに行く」だの「眩しい」だのと寝相を悪くしていた少年指揮官・如月拓也の、間の抜けた寝言が聞こえてきたのである。
『ハッ! 拓也様!』
クロエ・アーヴィングが息を呑む。
「……カラスかな……。母さん……リビングのインコのケージに……布、被せておいて……。鳥は……暗くすれば、夜だと思って……静かに、寝るから……むにゃ……」
拓也は、夢の中で「早朝から鳴きわめく外の鳥と、それにつられて騒ぎ出したペットのインコ」に安眠を妨害され、お母さんに鳥かごにカバーをかけるようお願いしていたのだ。
それは、戦術でもなんでもない、ただの『安眠を求める少年の、一般的なペット飼育の知識』であった。
しかし、インカム越しにその言葉を聞いたクロエは。
『承知いたしました、拓也様ッ!! 敵は光を吸収して騒ぎ立てる鳥(害鳥)と同じ! ゆえに、光そのものを物理的に遮断する【夜の鳥かご(強制就寝)戦術】で沈黙させよ、との仰せですね!!』
クロエの狂信フィルターによって変換された指示が、三月に飛ぶ。
『お姉様! 拓也様より、神算鬼謀の戦術指示が下りました! 敵に布を被せて光を遮断し、強制的に「夜」へと移行させなさいませ!』
「なるほどー! 鳥さんは、暗くなったら寝る時間だもんね!」
三月は、ポンッと手を打って納得した。
そして、チャージが完了し、今まさに致死のレーザーを放とうとしているクリスタル・ロードに向かって、トコトコと無防備に歩み寄っていった。
「ピガガガガッ!!(愚か者が! 光の塵となって消え去れェェッ!!)」
ボス魔獣が、勝利を確信してレーザーを放射しようとした、その瞬間。
「ほーら、夜だよ。おやすみなさい!」
バサァッ!!
三月は、自身が羽織っていた『漆黒のロングコート』を素早く脱ぎ去ると。
それを、レーザーを放つ寸前のクリスタル・ロードの頭から、まるで鳥かごにカバーをかけるように、すっぽりと優しく被せたのだ。
三月のコートは、アビスゲートの素材で編み込まれた『完全遮光・魔力遮断』の特注品である。
「ピ、ガッ……!? (な、なんだ!? 視界が……真っ暗に……!?)」
コートを被せられたクリスタル・ロードは、一切の光を失い、完全な暗闇の中に閉じ込められた。
「ピ……? 暗い……。光エネルギー供給、ゼロ……。周囲の照度、ゼロ……」
ボスの機械的な思考回路が、急激な環境の変化にエラーを起こし始める。
「ピ……。暗い、ということは……夜……。夜ということは……寝る時間……?」
「うんうん、そうだよ。良い子はおねんねの時間だよ」
三月が、コートの上からボスの頭をポンポンと優しく撫でる。
「夜……。おやすみ、なさい……。ピィィィ……」
シュゥゥゥゥ……。
なんと。
Sランクのボス魔獣は、レーザーのチャージを完全にキャンセルし。
「暗いから夜だ」という極めて単純なプログラムの錯覚(鳥の習性)によって、自ら完全にシステムを休眠状態へと移行させてしまったのだ。
危険な発光は完全に収まり、ボスはコートの中で「スースー」と静かな寝息(排気音)を立てて、ただの丸いクリスタルの置物へと縮小してしまった。
「…………え?」
ザイオンが、目を限界まで見開いて、固まっていた。
「……寝た? Sランクの、迷宮の主が……ただコートを被せられただけで、鳥のように……寝かしつけられた、だと……?」
殴り合いですらない。愛の暴走ですらない。
ただ「布を被せて暗くしただけ」で、最強のボス魔獣が戦意を喪失して眠りについてしまったのだ。
「やったー! 良い子で寝てくれたね! コートは返してもらうけど、風邪引かないようにね!」
三月がコートを回収すると、そこにはスヤスヤと眠るソフトボール大の綺麗なクリスタル(Sランク魔核)と、なぜかドロップした『最高級の安眠アイマスク』だけが転がっていた。
「……俺は……戦いというものの概念が、分からなくなってきた……。もう、誰も傷つかなくていい世界が、ここにあったのか……」
ザイオンは、あまりにも平和的なボスの最期を前に、戦士としてのアイデンティティを完全に星の彼方へと投げ捨てていた。
『おおおおおおおおッ!!! す、素晴らしいッ!! 素晴らしすぎます、三月お姉様ァァァッ!!!』
インカムの向こうで、クロエが聖書(メモ帳)を涙で濡らしながら絶叫していた。
『光を吸収する敵に対し、光で対抗するのではなく、優しき「夜の闇」を与えて強制的に寝かしつける! これぞまさに、一切の流血を伴わない究極の慈悲! 拓也様も、この安らかな寝顔にさぞご満足されていることでしょうッ!!』
一方その頃。
アビスゲートの外、東京・新宿の上空で防衛戦を死守していたSランク探索者たちの間でも、これまでの物理的なバフとは全く異なる『奇妙な現象』が起きていた。
「くそっ……! キリがねぇぞ! この幻影ども、どうやって倒せばいいんだ!」
レオン・カーターが、空中で雷を放ちながら息を切らしていた。
彼らを襲っていたのは、無限に増殖してはレーザーを放ってくる「アビス・ミラージュ・バード」と呼ばれる変異種の群れであった。
こちらが攻撃しようとすれば光の反射で幻影を作り出し、実体を掴ませない厄介な敵。
Sランクの猛者たちも、果てしない消耗戦にジリ貧に追い込まれていた。
しかし、その時。
迷宮内で、ボスが三月の『コート(鳥かごの布)』によって強制的にスリープモードにされた、そのシステムダウンの莫大なフィードバックが、外の魔獣たちにも逆流してきたのだ。
フッ……。
「……えっ?」
レオンが目を見開く。
彼らの周囲を飛び回り、甲高い鳴き声を上げていた光の鳥の魔獣たちが。
突如として「フワァァァ……」と大きなあくびをし始めたのだ。
そして、空中でバタバタと羽ばたくのをやめると、まるで夜になって巣に帰るように、その場のビルや街路樹の枝にちょこんと止まり、そのまま首を羽に埋めて「スヤァ……」と深い眠りに落ちてしまったのである。
「な、なんだ!? 敵が……全員、勝手に寝やがったぞ!?」
「……なるほど、そういうことか……!」
神宮寺が、自らの刀を静かに鞘に納め、空のゲートに向かって深く、深く頭を下げた。
「彼は……無用な殺生を望んでおられないのだ! 暴れ狂う魔獣たちに対し、物理でねじ伏せるのではなく、神の如き慈悲をもって『絶対的な安らぎ(強制睡眠)』を与えられた! これぞ、争いそのものを無に帰す、究極の平和主義のバフ!!」
「ハッハァ! 敵を倒すんじゃなく、寝かしつけちまうとはな! 指揮官、アンタのそのデカすぎる器、一生ついていくぜ!!」
Sランクの猛者たちが、突如として敵がスヤスヤと眠りこけ、戦場に静寂が訪れた理由を「指揮官の大いなる慈悲による強制就寝」と解釈し、空のゲートに向かって熱狂的な感謝の涙を流す。
もちろん、彼らは知らない。
この絶対的な安らぎが、「朝チュンがうるさいからインコに布を被せろという寝言を受けた三月が、光るボスに自分のコートを被せて寝かしつけた」という、理不尽極まりない『ペットの飼育ノウハウ』の余波に過ぎないという事実を。
そして、彼らが慈悲深き平和の神と崇め奉る指揮官が、現在自室のベッドで。
「……むにゃ……。これで……静かに、寝れるぞ……」
と、手に入れたアイマスク(ドロップアイテムと同型のもの)をしっかりと被り、ただひたすらに自分の睡眠欲求を満たしているだけだという事実も。
かくして。
深淵迷宮の第二十五階層は、覚醒した最強スキルの物理攻撃ではなく、『鳥かごのカバー(強制就寝)』という最高に平和的な手法によって、完全に踏破された。
「ザイオンお兄ちゃん、お待たせ! ボスさん寝ちゃったし、静かに次の階に行こうね!」
「……あぁ。俺はもう、何が起きても驚かん。ただのモフモフの乗り物として、無心で歩き続けるとしよう……」
物理でもなく、精神攻撃の自爆でもなく、「ただ寝かしつけられる」という斜め上の決着を見せつけられたモフモフの従者を連れて。
三月とルルは、安眠アイマスクを手に、次なる第二十六階層へと抜き足差し足で笑顔で進んでいくのであった。
光を吸収して巨大レーザーを放とうとするボスに対し、拓也の「鳥かごに布を被せて寝かしつけろ」という寝言が炸裂!
三月お姉ちゃんが漆黒のコート(完全遮光)をボスの頭からバサッと被せると、ボスは「暗い=夜だ」と錯覚して、そのままスヤァ……とスリープモードに入ってしまいました(笑)。
物理でドカーン! と倒すのではなく、まさかの「ペットの寝かしつけ」によるサイレント・クリア。
これにはザイオンお兄ちゃんも「俺の知ってる戦いと違う」と完全に悟りを開いてしまいました。
外のSランクたちも、敵が勝手に寝てしまったことで「争いを無くす究極の平和主義バフだ!」と大感動。
爆睡中の拓也は、ただ自分の安眠を守りたかっただけなのですが!
次回(第327話)からは、新たな階層へと進んでいきます!
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次回(第327話)もどうぞよろしくお願いいたします!




