第325話:第二十五階層『鏡幻の水晶宮』。直通通路(トイレへの道)と、真実の光(中編)
第二十五階層『鏡幻の水晶宮』。
無限の反射と空間歪曲によって探索者の視覚と嗅覚を奪い、永遠に迷わせるという、アビスゲート屈指の絶望トラップエリア。
しかし、自室のベッドで爆睡中の少年指揮官・如月拓也の「トイレに行くのに壁が邪魔。ぶち抜いて真っ直ぐ行きたい」という怠惰極まりない寝言は、狂信者クロエのフィルターを通して、最悪の物理的暴挙(神の啓示)として三月に伝達された。
「さぁ! 出口まで、一直線にドカーンだよぉぉぉぉっ!!!!」
三月は、自身の身の丈ほどもある巨大な無骨な大剣『魔鉄の塊剣』を、右手一本で野球のバッターのように構えた。
そして、彼女の体内に眠る【怪力(極)】の絶大なエネルギーと、【磁力操作(極)】による反発のエネルギーが、剣の切っ先に『超極大のドリル状の磁場』として圧縮されていく。
「迷路なんて、壁を全部壊せば、ただの『一本道』だもんね! そーれっ!!」
ドバァァァァァァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!
三月が、大剣を真っ直ぐ前方に向かって、野球のフルスイングの要領で「突き」に似た横薙ぎで振り抜いた。
その瞬間。
あらゆる魔法や物理攻撃を反射するとされていた神造の魔力水晶の壁が。
三月の放った『極大磁場を纏った超音速の剣圧』の前に、まるで薄い飴細工のように、いともたやすくパリィィンッ! と砕け散ったのだ。
しかし、破壊は一枚の壁だけに留まらなかった。
ズガガガガガガガガガガガガガッ!!!!!!!!
砕け散った数トンの水晶の破片が、三月の【極大磁場】によって超音速の散弾へと変換され、さらに奥にある壁を次々と粉砕していく。
一枚、十枚、百枚、千枚……。
鼓膜を破るようなすさまじい破砕音が、延々と鳴り響く。
迷路を構成していた何千枚もの分厚い水晶の壁が、三月の剣が向けられた「真っ直ぐな延長線上」だけ、一直線に、そして完璧に消し飛ばされていったのである。
「…………え?」
ザイオンが、開いた口が塞がらないという顔で、その光景を呆然と見つめていた。
数秒後。
圧倒的な破壊の嵐が収まり、もうもうと舞い上がっていた水晶の粉塵が晴れると。
そこには、先ほどまで「前後左右すべてが鏡の壁」だったはずの袋小路から、遥か数キロ先の階層の最深部までを貫く、綺麗で広大な『一本の直通通路』が開通していた。
「ふふっ! 開通! これで迷子にならないね!」
三月が、満足そうに大剣を肩に担ぎ直す。
「……迷路、とは。……壁を消し飛ばして、一本道にするものだったか……? いや、違う。俺の知っている迷路の概念が、根底から崩れ去っていく……」
ザイオンは、あまりの理不尽な物理の暴力に、もはやツッコミを入れる気力すら失い、前足をダラリと下げて座り込んでしまった。
「にゃははっ! 三月お姉ちゃん、すごーい! トンネルができたのにゃ!」
ルルだけが、ザイオンの背中の上で呑気に手を叩いて喜んでいる。
「さぁ、ルルちゃん、ザイオンお兄ちゃん! トイレ……じゃなかった、出口まで真っ直ぐ進もう!」
三月が先頭に立ち、ズンズンと新しくできた『直通通路』を歩き始める。
その通路の遥か彼方、数キロ先の突き当りでは。
「ピ、ピピ……!? エ、エラー……。迷宮構造の、完全崩壊……?」
第二十五階層の真の主であり、先ほどまで「我が水晶の庭で迷え」と偉そうに語っていたボス魔獣『アビス・クリスタル・ロード(Sランク)』が。
何千枚もの壁をぶち抜かれて丸裸にされた階層の最深部(玉座)で、完全にフリーズして立ち尽くしていた。
本来であれば、探索者が迷宮内で疲弊しきったところを幻影でいたぶりながら倒すのが、彼の絶対無敵の戦術であった。
しかし、今は隠れる壁が一切ない。目の前には、数キロ先から真っ直ぐにこちらに向かって歩いてくる、漆黒のコートを着た『人間』の姿が丸見えである。
「ガ、ガァァァァッ!! (来るな! 幻影よ、我を守れ!)」
パニックに陥ったアビス・クリスタル・ロードは、残された魔力を振り絞り、自身の周囲に何百体もの「水晶のゴーレムの幻影」を生み出した。
実体を持たない幻影で壁を作り、三月の足止めをしようとしたのだ。
しかし。
「むにゃ……。トイレ、暗くて……見えないな……」
その時。
インカムの向こうから、自室でトイレを我慢して二度寝に突入したはずの拓也の、新たな寝言が響き渡った。
「……スイッチ……どこだ……。あっ、あった……。電気、オン……。むにゃ……」
カチッ。
拓也が、夢の中でトイレの照明のスイッチを入れた(あるいは、実際に寝ぼけて部屋の電気のスイッチを手探りで押した)小さな音が響いた。
『…………ハッ!!』
インカム越しにそれを聞いていたクロエ・アーヴィングが、聖書(メモ帳)を両手で天に掲げ、感涙に咽び泣いた。
『承知いたしました、拓也様ッ!! 壁を破壊した直通通路の先に、小賢しい幻影が立ち塞がっていることを見越し! 我々の行く手を照らす【真実の光(照明)】を灯してくださるのですね!!』
クロエは、拓也の「暗いからトイレの電気をつけた」という行為を、『幻影を打ち破る真実の光の魔法』として完全に深読みした。
『お姉様! 拓也様より、幻影を打ち破る【真実の光】の啓示が下りました!』
「なるほどー! 暗いなら、電気をつけて明るくすればいいんだね!」
三月は、迷わず右手を高く掲げた。
そして、彼女の体内に極まっている【爆熱の魔力回路(極)】を、攻撃ではなく『極限の光量』へと変換して解放した。
カッ!!!!!!!!
第二十五階層の空間全体を、太陽が直接地上に降り立ったかのような、凄まじい閃光が包み込んだ。
ただの明るさではない。三月の極限まで練り上げられた魔力光は、魔獣の放つ幻影や偽装の魔力を、光の圧力(物理)で強制的にかき消す『絶対的な浄化の光』であった。
「ガピィィィィィィッ!?」
アビス・クリスタル・ロードが生み出した何百体もの幻影が、強烈な光のフラッシュを浴びて、一瞬にして蒸発するように消え去った。
幻影の壁は完全に消滅し、ただ一体、玉座の前で腰を抜かして震えるボス魔獣の『実体』だけが、スポットライトを浴びたように鮮明に照らし出されたのである。
「あ! ボスさん、見っけ!」
三月が、無邪気な笑顔でボスを指差す。
「……幻影を、光で吹き飛ばした、だと……? いや、もう驚かん。俺はただの乗り物だ。乗り物として、安全に家族を出口へ運ぶだけだ……」
ザイオンは、光に照らされて震えるボス魔獣を憐れむような目で見つめながら、静かにトボトボと直通通路を歩き始めた。
一方その頃。
アビスゲートの外、東京・新宿の上空で防衛戦を死守していたSランク探索者たちの間では、戦局を完全にひっくり返す『究極の神の奇跡』が降り注いでいた。
「クソッ……! どいつが本物だ!? 幻影ばかりで、攻撃が当たんねえぞ!」
レオン・カーターが、空中で雷を放ちながら忌々しそうに舌打ちをした。
彼らを襲っていたのは、「アビス・ミラージュ・ナイト」と呼ばれる、自身の姿を何十体にも分身させる幻惑の魔獣の群れであった。
雷を当てても、刀で斬っても、それはすり抜ける幻影ばかり。
実体を叩けなければ、どれだけ強い攻撃力を持っていようと無意味である。探索者たちは幻影に翻弄され、徐々に体力を削られつつあった。
「いかん……。このままでは、ジリ貧だ……!」
神宮寺もまた、幻影に背後を取られ、防戦一方に追い込まれていた。
その、絶体絶命の幻惑地獄の最中だった。
上空のアビスゲートから、三月が第二十五階層の『幻影を吹き飛ばす極大の閃光』を放った際に生じた、莫大な【真実の看破と、絶対的な光のエネルギー】が逆流してきたのだ。
それが、戦場全体に広域の【絶対的な真眼と、幻影の完全破壊】のパルスとなって降り注いだのである。
カッ……!!!!
新宿の夜空を覆っていた分身の幻影たちが。
突如として降り注いだ、神々しくも圧倒的な『真実の光』を浴びた瞬間、まるで蜃気楼が消えるように一斉に掻き消えたのだ。
「……な、なんだ!? 偽物が……全部消えた!?」
レオンが目を見開く。
それだけではない。光のバフを浴びた探索者たちの瞳には、残された「本物の魔獣」の姿が、弱点である魔核の位置まで透けて見えるような、絶対的な視界(真眼)が備わっていた。
「ハッハァァァァッ!! 冗談だろオイ!? 今度は敵の小細工(幻影)を完全に消し飛ばした上で、弱点まで丸見えにする究極の【真眼バフ】だとォ!?」
幻影の壁を失い、弱点を晒して慌てふためく本物のミラージュ・ナイトたちに向かって。
レオンの必殺の雷撃が、一切の無駄なく正確に叩き込まれる。
「なんという……なんという恐るべき慧眼だ……!」
神宮寺は、絶対的な真眼によって敵の急所を的確に両断しながら、空のゲートに向かって深い畏敬の念を込めて叫んだ。
「彼は、我々が幻影に騙されていることを瞬時に見抜き、『真実を見極める光』を我々に与えてくれたのだ! 偽りを見透かし、真の道を照らし出す……! 如月拓也……! 君はもはや、戦術の神を超えた【全知全能の光の神】だ!!」
「ハッハァ! 小細工はもう通用しねえ! 俺たちの指揮官が、全部お見通しだからな!! 一生ついていくぜ、コンダクター!!」
Sランクの猛者たちが、絶対有利の「真眼バフ」によって、空のゲートに向かって熱狂的な信仰を叫び、丸裸になった敵への蹂躙を再開する。
もちろん、彼らは知らない。
この究極の真眼と光のバフが、「暗くてトイレに行けないから電気のスイッチを入れたという寝言を受けた三月が、力任せに閃光を放って幻影を消し飛ばした」という、理不尽極まりない『お姉ちゃんの間接照明(超極大)』の余波に過ぎないという事実を。
そして、彼らが光の神と崇め奉る指揮官が、現在自室のベッドで。
「……むにゃ……電気つけたから……明るくて、眩しい……。アイマスク……して寝よう……むにゃ」
と、自分でつけた電気の眩しさに文句を言いながら、アイマスクを被って再び深い深い眠りへと落ちていったという事実も。
かくして。
深淵迷宮の第二十五階層は、覚醒した最強スキルによる『一直線のトイレ通路(物理)』と『真実の光(間接照明)』によって、迷宮のルールそのものを破壊されつつあった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第25階層『鏡幻の水晶宮』の中編(第325話)でした!
匂いを消されて迷子になってしまったザイオンお兄ちゃんたちですが、拓也の「トイレに直行したいから壁をぶち抜け」という寝言により、三月お姉ちゃんが【極大磁場】のレールガンで鏡の迷宮を物理的に貫通! まさかの一本道(直通通路)が完成してしまいました。
さらに、「暗いから電気をつけろ」という寝言で強烈な閃光を放ち、ボスの幻影バリアも完全消滅。もはや迷宮のギミックの欠片も残っていません(笑)。
一方、外のSランクたちはその余波である「絶対的な真眼」のバフを受け、幻影の敵を圧倒!
爆睡中でアイマスクをつけて寝ているだけの拓也を、いよいよ『全知全能の光の神』として崇め奉っています。
次回(第326話)で、丸裸にされたボス魔獣との決着と、第二十五階層の後編となります!
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次回(第326話)もどうぞよろしくお願いいたします!




