第321話:第二十四階層『灼熱の砂海』。狼さんバスと、真夏のエアコン(前編)
第二十三階層『毒沼の迷宮』を、三月の規格外の物理力(怪力の巨大換気扇)によって文字通り「更地」にしてしまった如月パーティー。
戦うためだけに生み出された銀狼の獣人・ザイオンは、三月とルルからの「戦わなくていい、モフモフのお兄ちゃんでいて」という言葉に魂を救われ、完全に戦士としてのプライドを捨て去っていた。
今や彼は、如月家専属の『最強のモフモフ係(狼さんバス)』として、新たな存在意義に燃えている。
「さぁ、ルル、三月殿! 俺の背中に乗るがいい!」
「わーい! ザイオンお兄ちゃんバス、出発進行ー!」
「にゃははっ! お兄ちゃんの背中、フワフワで最高なのにゃ!」
ザイオンの広くたくましい銀色の背中に、三月とルルがちょこんと跨がる。
三人(?)の新しい家族は、毒沼が消え去った後に現れた巨大な階段を、ピクニック気分で駆け下り、次なる第二十四階層へと足を踏み入れた。
しかし。
「……うわぁ。今度は、すっごく暑いお部屋だね」
三月が、額に滲んだ汗を手の甲で拭いながら呟いた。
第二十四階層――そこは【灼熱の砂海】と呼ばれる、見渡す限りの広大な砂漠エリアであった。
空には、本物の太陽と見紛うような巨大な人工太陽がギラギラと照りつけており、気温は軽く摂氏五十度を超えている。
足元にはサラサラとした黄金色の砂が海のように広がっているが、所々でアリジゴクの巣のような巨大な『流砂の渦』が発生しており、不用意に足を踏み入れれば、二度と這い上がれない砂の底へと引きずり込まれてしまう過酷な地形であった。
「ふにゃあぁぁ……。あついにゃ……。肉球が、ヤケドしちゃうのにゃ……」
ルルが、ザイオンの背中の上でぐったりと項垂れた。
アビス・ケットシーである彼女は、極寒も苦手だが、このような極端な灼熱も大の苦手である。
さらに、熱風と共に吹き付ける細かい砂埃が目や口に入り、非常に不快そうに耳をペタンと伏せていた。
『お姉様! 第二十四階層への到達、確認いたしましたッ!』
インカムの向こうから、相変わらず自室で爆睡中の拓也に代わり、狂信者クロエ・アーヴィングの元気な声が響く。
『そこは【灼熱の砂海】! 気温は常に五十度を超え、体力を奪う熱風と流砂のトラップが探索者を苦しめる過酷なエリアです! さらに、砂の海の中を縦横無尽に泳ぎ回る「アビス・サンド・ワーム(Aランク)」の群れが、足元から奇襲を仕掛けてきます!』
クロエの解説の通り、遠くの砂丘がボコッ、ボコッと不自然に盛り上がり、巨大な影が砂の中を猛スピードで泳ぎ回っているのが見えた。
『お姉様は【堅牢(極)】によって熱も物理攻撃も無効化できますが、ルル殿には過酷すぎます! 拓也様(爆睡中)の戦術セオリーに従い、ここは一気に安全圏まで突破を――』
「任せてくれ」
クロエの言葉を遮るように、ザイオンが低く、しかし誇り高き声で応えた。
「この程度の砂漠、成功作としてあらゆる環境適応能力を付与された俺の脚力ならば、流砂に沈むよりも早く駆け抜けることができる! 砂中のワームどもも、俺の気配察知で完全に回避してみせよう!」
ザイオンは、ルルと三月を背に乗せたまま、力強く砂漠の地を踏みしめた。
「俺は、愛する家族を運ぶ狼さんバス! どんな悪路であろうと、決して揺らさず、最速で目的地へと送り届けてみせるッ!」
ザイオンは、謎の使命感に燃え上がり、灼熱の砂海に向かって弾丸のように飛び出した。
ダダダダダダダダダッ!!!!
ザイオンの疾走は、見事の一言であった。
足が沈み込む流砂の上を、沈む前に次の一歩を踏み出すという神業のようなステップで駆け抜け、砂中から飛び出してくる巨大なサンドワームの大口を、空中で華麗に回避していく。
「にゃははっ! すごーい! ジェットコースターみたいにゃ!」
ルルが、先ほどの暑さを忘れて大はしゃぎする。
「ザイオンお兄ちゃん、乗り心地最高! 全然揺れないよ!」
三月も、拍手喝采でザイオンを褒め称える。
(……素晴らしい。俺は今、戦士として敵を殺すよりも、遥かに尊い『役目』を果たしている……ッ!)
ザイオンは、背中から聞こえる家族の歓声に、感極まって涙ぐみそうになっていた。
Sランク魔獣としての絶大な身体能力を、ただ「乗り心地の良いバス」として全振りする。
それは、彼にとって真の幸福の形であった。
しかし。
彼らが快適な砂漠のドライブを楽しんでいる、まさにその時だった。
「……むにゃ。……あっついな……」
インカムの向こうから、これまでずっと爆睡していた『魔力ゼロの少年指揮官』――如月拓也の、間の抜けた寝言が聞こえてきたのである。
『ハッ! 拓也様! お目覚めになられたのですね!』
クロエが歓喜の声を上げる。
「……んあ? クロエ、か……。俺、また寝落ちしてたのか……?」
拓也は、自室のベッドの上で、寝汗をかきながら目を擦った。
彼の部屋の窓は完全に閉め切られており、少しずつ室温が上昇し、寝苦しさを感じていたのだ。
「……うーん、エアコン、切れてたのか……。暑くて寝苦しい……」
拓也は、寝ぼけ眼のまま、枕元のリモコンを手探りで探し当てた。
そして、まだ完全に覚醒していない頭で、机の上のマイク(インカム)に向かって、何気なく呟いた。
「……暑い時は、我慢せずに……エアコンを……一番強い『冷房』にして……風量を、最大にすれば……解決、だな……。むにゃ……」
ピッ。
エアコンの冷房スイッチを入れた拓也は、涼しい風が吹き出してきたのを感じると、そのまま再び深い深い三度寝の世界へと旅立っていった。
『…………ハッ!!』
インカムの向こうで、クロエ・アーヴィングの眼の奥に、狂信的な光がギラギラと灯った。
『承知いたしました、拓也様ッ!! この階層を支配する灼熱の環境と、砂中に潜む害虫(魔獣)どもを、一網打尽にする究極の【超・冷房戦術】ですね!!』
クロエは、拓也の「単に自分の部屋が暑いからエアコンをつけただけの寝言」を、第二十四階層を突破するための『完璧な神の啓示』として完全に誤認(受信)した。
『お姉様! 拓也様より、神算鬼謀の戦術指示が下りました!』
「ほんと!? 拓也、なんて言ってたの?」
三月が、ザイオンの背中に乗りながら、目をキラキラさせてインカムに問いかける。
『はい! この階層の灼熱の空気と流砂を、まとめて凍らせてしまうよう仰っておられます! お姉様の持つ【氷結の魔力回路】を最大出力で解放し、この砂漠全体を「真冬の冷蔵庫」へと変貌させよ、と!』
「なるほどー! さすが拓也! お部屋が暑いなら、エアコンを最大にして冷やせばいいんだよね!」
三月は、ポンッと手を打って納得した。
彼女は、前方を走って流砂を回避してくれているザイオンに向かって、大きく声をかけた。
「ザイオンお兄ちゃーん! ストーップ! エアコンつけるから、ちょっと止まってー!」
「……三月殿? エア、コン……? とはなんだ?」
ザイオンが、その聞き慣れない単語に首を傾げ、砂丘の頂上でピタリと足を止めた。
その直後。
「ルルちゃん、暑いもんね! お姉ちゃんが、一気に涼しくしてあげるからね!」
三月は、ザイオンの背中の上で立ち上がり、深呼吸をするように大きく胸を反らした。
そして、彼女の内に眠る、長き眠りを経て極限まで研ぎ澄まされた力――【氷結の魔力回路(極)】を、全開で起動した。
ピキィィィィィィィィィィィィンッ!!!!
三月の身体を中心として、第二十四階層の空気を一瞬で凍りつかせる、凄まじい『絶対零度の魔力波動』が放たれた。
「えいっ!! 冷えろぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
三月が両手を天に向かって掲げた瞬間。
摂氏五十度を超えていた灼熱の砂海に、物理法則を完全に無視した『極大の氷河期』が到来したのである。
モフモフの「狼さんバス」として完全に使命感に目覚めたザイオンお兄ちゃん。ルルちゃんと三月を乗せて流砂を避けて走る姿は、完全に立派な乗り物ですね(笑)。
しかし、せっかくザイオンがカッコよく大活躍していたのに……外で寝ぼけた拓也の「エアコンを一番強い冷房にしろ」という寝言によって、またしても三月お姉ちゃんの無茶苦茶なチートスキルが発動してしまいます。
今回は【氷結の魔力回路(極)】が全開に!
摂氏五十度の灼熱の砂漠で「絶対零度」の冷房をかけたら一体どうなってしまうのでしょうか?
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次回(第322話)もどうぞよろしくお願いいたします!




