第312話:第二十一階層『生命錬成の研究所』。緑色の揺り籠と、獣人のトラウマ
第二十階層『天空の浮島』を、数千の岩山ごと極大磁力で丸ごとガッチャンコと合体させ、大空に広大な広場(お庭)をDIYしてしまった如月三月。
襲いかかってきたSランクのボス魔獣を「今夜の焼き鳥の材料」として亜空間収納にしまい込んだ彼女は、自ら作り出した広場の中央に大穴をぶち開け、猫耳幼女のルルをおんぶしたまま、次なる階層へと鼻歌交じりに飛び降りた。
「ルルちゃん、しっかり掴まっててねー! 次のお部屋はどんなところかなぁ!」
ヒュウウウウウウゥゥゥッ……!
凄まじい風圧と共に、二人の身体が深淵の底へと落下していく。
これまでの階層は、暴風雨、マグマ、大森林、氷雪、空など、厳しいながらもどこか「自然の概念」を模した空間が続いていた。
だからこそ、三月も『ピクニック』や『お散歩』のような感覚で楽しみながらギミックを物理で粉砕し続けてきたのだ。
しかし。
長い落下の末に三月がふわりと着地した『第二十一階層』は、これまでの景色とは決定的に異なっていた。
「わぁ……。今度はなんだか、病院とか、学校の理科室みたいなお部屋だね。すっごく暗くて、冷たい感じがする」
三月は、漆黒のロングコートを靡かせながら、着地した空間を見渡した。
そこは、無機質で、金属的で、圧倒的に『人工的』な空間であった。
見渡す限りの銀色の金属壁。
壁や天井には、血管のように入り組んだ無数の太いパイプラインが這い回り、どこからか「ドクン……ドクン……」という、巨大な心臓の鼓動のような低い機械音が一定のリズムで響き渡っている。
そして何より不気味なのは、フットライトに照らされた広大な空間の至る所に、緑色の培養液で満たされた『巨大なガラスの円筒』が、それこそ何千、何万という途方もない数で整然と立ち並んでいることだった。
カプセルの中の液体はボコボコと泡を立てており、いくつかは割れて緑色の液体が床に干からびていた。
「お魚さんでも飼ってるのかな? でも、空っぽみたい。ねえ、ルルちゃん?」
三月が、背中におんぶしている小さな仲間に声をかけた、その時だった。
「ふにゃあぁぁぁ……ッ!! い、いやだ……! わたし、ここ、いやだ……ッ!!」
突如として、背中のルルがパニックを起こしたように激しく暴れ出したのだ。
「ルルちゃん!?」
三月は慌ててルルを背中から降ろし、その小さな体を正面から抱き止めた。
ルルは、両手で銀色の猫耳を必死に塞ぎ、綺麗な毛並みの尻尾の毛を逆立てて、ガタガタと全身を激しく震わせている。
その大きなエメラルドグリーンの瞳は極限まで見開かれ、これまで遭遇したどんな恐ろしいSランク魔獣に向けたものよりも深い、絶望的な『トラウマ(恐怖)』が宿っていた。
「いやだ……いやだぁ……っ! 戻りたくないの……! 暗くて、冷たいお水の中……いやぁっ!!」
ルルが、三月の胸に顔を押し付けて、わあわあと泣き叫ぶ。
ただ事ではない怯え方だった。三月はルルの背中を優しく撫でながら、周囲の不気味なカプセル群を警戒して睨みつけた。
『お姉様ッ!! 第二十一階層への到達、確認いたしましたッ!!』
インカムの向こうから、深い眠り(気絶)についている魔力ゼロの少年指揮官・拓也に代わり、狂信者クロエ・アーヴィングのひどく緊迫した声が響いた。
『周囲の空間マッピング、完了しました。……お姉様、私のデータと、現在のルル殿のトラウマ反応から推測するに……そこは自然発生した迷宮ではありません』
「自然発生じゃない? じゃあ、ここはなんなの?」
『そこは、アビスゲートを創造した古代魔導文明が残した、【生体兵器の培養プラント(生命錬成の研究所)】です!』
クロエの言葉に、三月は周囲に無数に並ぶ『緑色の液体が入ったカプセル』を再び見つめた。
『お姉様。アビスゲートの深層に生息する「アビス・ケットシー」などの獣人種は、通常の魔獣のように魔力溜まりから自然発生した存在ではありません』
クロエの声は、軍人としての冷徹な事実を告げるものだったが、そこに僅かな怒りと悲しみが混じっていた。
『彼らはかつて、この迷宮の防衛機構や、迷宮全体に魔力を供給するための【生きた生体バッテリー(消耗品)】として、その研究所で人工的にデザインされ、造り出されたホムンクルスなのです! そのカプセル群は、獣人たちを大量生産するための「揺り籠」という名の工場設備です!』
獣人が、人工的に造られた消耗品のバッテリー。
その残酷な真実を聞き、三月の目がわずかに見開かれた。
「……わたし、ここで生まれたのにゃ」
三月の腕の中で、ルルがポロポロと大粒の涙をこぼしながら、震える声で告白した。
「わたしのお母さんとお父さんは、あのガラスの筒なの……。わたしは、あの中で、緑色のお水に浸かりながら、ずっと外を見てた……」
ルルは、自身の小さな、泥だらけの両手を見つめた。
「いっぱい、いっぱいの兄弟が、あの中で造られて……強くて、こわい子たちは、上の階層に『兵隊さん』として送られていくの。でも……」
ルルの声が、恐怖でヒュッと引き攣る。
「でも、わたしは……魔力も少なくて、戦う力もなくて……。【不良品】だから、廃棄処分にするって言われて……。それが怖くて、隙を見て逃げ出して……上の階層の廃墟に、ずっと隠れてたの……っ」
それが、ルルが上の階層の廃墟で、一人ぼっちで腹を空かせて怯えていた本当の理由であった。
他の魔獣から隠れていたのではない。
自分を造り出し、そして不要なゴミとして処分しようとした『この迷宮そのもの』から逃げ隠れていたのだ。
ルルは、三月の服を小さな手でギュッと握りしめながら、絶望的な顔で三月を見上げた。
「わたし、不良品だから……生きてちゃダメなのにゃ。ごめんなさい、三月お姉ちゃん……。わたしなんかが、お姉ちゃんを騙して、一緒にいて……ごめんなさい……っ」
自分が作られた道具であり、不良品であるという事実。
それを知られれば、優しかった「三月お姉ちゃん」も、自分を気味悪がって捨ててしまうのではないか。
ルルは、そんな根源的な恐怖と自己否定で完全に押し潰されそうになっていた。
「ルルちゃん……」
三月は、言葉を失ったようにルルを見つめた。
いつもはどんな理不尽なギミックも笑顔で粉砕する彼女が、今はただ、目の前の小さな命が背負わされていた『重すぎる絶望』の前に、静かに立ち尽くしていた。
その、胸が張り裂けそうな光景の真っ最中であった。
『ピピピ……。警告。警告。生体スキャンを完了』
無人の研究所内に、突如として無機質な『機械音声』が響き渡った。
『未登録の侵入者を検知。さらに、廃棄区分ナンバー077、アビス・ケットシーの個体を検知。当施設からの逃亡個体です。直ちに【回収】と【再溶解】のプロセスを実行します』
「ひぃぃぃッ!?」
ルルが悲鳴を上げ、三月の背中に隠れるようにして震え上がった。
研究所の奥深く。無数のパイプラインが複雑に絡み合う闇の中から、巨大な歯車の駆動音と、緑色の液体が滴る不気味な水音が近づいてくる。
ズズン……。ズズズン……ッ!!
姿を現したのは、無数の金属の触手を持つ、巨大な異形のサイボーグ魔獣であった。
機械の装甲と、どこかの魔獣から繋ぎ合わせたような醜悪な肉塊が融合したキメラ。
第二十一階層の管理者たるボス魔獣――『アビス・マッド・アルケミスト(Sランク)』。
その機械の悪魔は、カメラのレンズのような無機質な単眼をルルへと向け、緑色の溶解液が滴る鋭い触手を、ゆっくりと持ち上げた。
『不良品の回収を開始。溶解槽への転送を急ぎなさい。魔力資源の無駄遣いは禁じられています』
命を使い捨ての道具としてしか見ない、冷酷なる迷宮の意思。
かつて逃げ出した絶望の悪夢が、再びルルを飲み込もうと迫り来る。
ルルは恐怖のあまり声も出せず、ただ三月の服の裾を強く、強く握りしめることしかできなかった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は少しシリアスで重い展開となりました。
ルルちゃんが上の階層の廃墟で一人ぼっちで怯えていた本当の理由……それは、他の魔獣が怖かったからではなく、彼女自身がこの迷宮で「消耗品の生体バッテリー」として造られ、不良品として廃棄処分されそうになっていたからでした。
無機質で冷たい研究所と、感情を持たない機械魔獣からの残酷な『廃棄処分』の宣告。
自分が造られた道具だと語り、絶望して涙を流すルルちゃんですが……。
果たして、我らが最強の三月お姉ちゃんが、自分の「可愛い妹」を泣かせてゴミ扱いする相手を、ただで済ませるはずもなく……?
次回、お姉ちゃんの底知れぬ怒りがついに爆発します!
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次回(第313話)もどうぞよろしくお願いいたします!




