第303話:第十二階層『灼熱の溶岩海』。マグマの水切りと、絶対冷却(バフ)
第十一階層の暴風竜を『トランポリン』代わりにしたドロップキックで階層の床をブチ抜き、第十二階層へと到達した如月三月。
彼女の音速数十倍の着地衝撃によって、見渡す限りの赤熱した『マグマの海』はモーゼの十戒のごとく真っ二つに割れ、一時的に海底の岩盤がむき出しになっていた。
「わぁー、すっごく熱そう! サウナよりもアツアツだね!」
三月は、漆黒のロングコートの裾をパタパタと扇ぎながら、マグマが壁のようにそびえ立つ海底の道を軽やかに走り出した。
彼女の足元では、残存する超高温のマグマがドロドロと煮え滾り、常人であれば熱放射だけで灰になる絶死の空間である。
だが、神域へと覚醒した【堅牢(極)】と、体内で循環する【氷結の魔力回路(真)】の冷却効果により、三月は汗一つかかずにピクニック気分の足取りを保っていた。
『……ハァッ……ゲホッ……』
インカムの向こう側から、弟である拓也の、もはや生命活動が停止しかけているような掠れ声が聞こえる。
自室の机に突っ伏し、「もう寝る」と宣言した魔力ゼロの少年指揮官だったが、彼の生真面目な性格と、悲鳴を上げ続ける右眼のチート能力『深層言語・限定解析』が、彼を眠らせてはくれなかった。
『ねえさん……。着地の衝撃で割れたマグマの海が、すぐに元に戻って……押し寄せてくるぞ……。熱力学的に……いや、もういい……。とにかく、左右から数万トンのマグマが迫ってくる……』
拓也は、血走った右眼でモニターを睨みつけながら、死に物狂いでナビを絞り出す。
『俺が右眼で……マグマの波が薄いルートを……計算する……。ねえさんは、そこに氷結魔法を一点集中して……突破口を……』
「大丈夫だよ、拓也! お姉ちゃん、水切りが得意なんだから!」
『……水切り?』
拓也が呆然と呟いた、その時だった。
「ゴオォォォォォォォォォッ!!!!」
割れていたマグマの海が再び合流し、高さ数十メートルの『灼熱の津波』となって三月を飲み込もうと迫り来た。
そして、そのマグマの津波を操るように、溶岩の海の中から超巨大な赤い大蛇――第十二階層のボス魔獣『アビス・ヴォルケーノ・レヴィアタン(Sランク)』が姿を現したのだ。
数千度の高熱を宿した巨大な牙が、三月を真っ向から丸呑みにしようと襲い掛かる。
「熱いのは、拓也のパンケーキだけで十分なの!」
三月は、迫り来る数万トンのマグマの津波と巨大な大蛇に向かって、足を止めるどころか、さらに加速した。
覚醒した【俊敏(極)】が、彼女の走りを『光の速度』すら錯覚させる神速へと引き上げる。
そして彼女は、自身の足の裏に【爆熱の魔力回路(真)】を起動し、それを【氷結の魔力回路(真)】と相反させることで発生する『極大の反発エネルギー』を宿した。
「そぉーいっ!!」
三月は、眼前に迫った灼熱の津波の『水面(マグマの表面)』を、全力で蹴り飛ばした。
ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!!!
その瞬間、第十二階層の物理法則が完全に崩壊した。
三月の覚醒した【怪力(極)】によって蹴りつけられたマグマの海は、強烈すぎる運動エネルギーを受け、なんと『石ころのように』水切り現象を起こしたのである。
数万トンのマグマそのものが、超音速で圧縮されながら、進行方向にいたボス魔獣『アビス・ヴォルケーノ・レヴィアタン』の顔面へと激突した。
「ギ、ギャァァァァァァッ!?」
自身が操っていたはずのマグマを、物理的な『超質量の弾丸(水切りの石)』としてぶつけられた大蛇は、鱗をへし折られ、断末魔の悲鳴と共に吹き飛んだ。
「まだまだぁーっ!」
三月はそのまま、マグマの表面を次々と蹴り飛ばしながら『水切り』の要領で海上を爆走していく。
タァンッ! タァンッ! タァンッ!!
彼女がマグマを蹴るたびに、超音速の衝撃波と絶対零度の冷気が同時に叩き込まれ、蹴られたマグマは瞬時に『黒曜石』へと変貌して固まっていく。
三月が通り過ぎた後には、数千度のマグマの海が完全に凍りつき、一本の真っ直ぐな黒曜石の道が完成していた。
そして、水切りの弾丸として吹き飛ばされたボス魔獣は、三月が蹴り放った冷気と衝撃の連鎖によって完全に凍結・粉砕され、チリ一つ残さず消滅したのである。
『…………』
インカムの向こう側は、例のごとく完全な沈黙に支配されていた。
『……マグマを……水切りの石にして……蹴り飛ばした……?』
拓也は、ついに机からズルズルと崩れ落ち、床に大の字になって天井を見上げた。
彼の右眼の解析システムは、「数万トンの流体を物理的な蹴りで個体として弾き飛ばす」という事象を処理しきれず、完全にブラックアウトしてしまった。
『アインシュタインどころか、ニュートンもアルキメデスも全員泣いてるぞ……。俺のナビ、一回も役に立ってない……。もうダメだ、俺の意識が……』
「拓也様ッ!! おお、なんという力強き踏破!! マグマの海すらも、お姉様にとってはただの水たまり(遊び場)に過ぎないのですね!!」
意識を手放しかけている魔力ゼロの指揮官の隣で、狂信者クロエだけがまた一つ新たな神話を記録し、歓喜の涙を流していた。
一方その頃。
アビスゲートの外、東京・新宿の上空で防衛戦を死守していたSランク探索者たちの間でも、かつてない最高の奇跡が降り注いでいた。
「……な、なんだ!? 急に周囲の空気が涼しくなったぞ!?」
レオン・カーターが、額の汗を拭いながら驚愕の声を上げた。
三月が第十二階層でマグマの海を『氷結と物理の衝撃』で一瞬にして黒曜石に変えた際、行き場を失った莫大な熱エネルギーと冷気が反発し合い、ゲートの外へと逆流したのだ。
それが、戦場全体に広域の【絶対冷却】のパルスとなって降り注いだのである。
「ギィェェェェッ!!」
上空から、変異種の魔獣たちが放った極太の火炎ブレスがSランクたちを襲う。
しかし。
シュゥゥゥゥゥゥッ……!!
火炎ブレスは、彼らの数メートル手前で『見えない冷気の壁』に衝突し、一瞬にしてただの水蒸気へと変換され、無害なミストとなって消え去ってしまった。
「こ、これは……ッ! 敵の炎属性攻撃を完全に無効化する、広域の熱耐性バフか!」
神宮寺が、自身の刀に冷気が纏われているのを見て戦慄の声を上げた。
「ハッハァァァァッ!! 冗談だろオイ!? 無限のスタミナに続いて、今度は【絶対的な属性無効】の広域バフだとォ!?」
レオンが、もはや避けることすらやめ、敵の火炎ブレスを正面から受け止めながら(そしてノーダメージのまま)雷撃を叩き込んでいく。
Sランク探索者たちの規格外の戦闘力が、この無敵の耐性バフによってさらに跳ね上がり、空の魔獣たちを一方的な作業で殲滅していく。
「なんという恐るべき盤面支配力……! 敵の最大火力を無に帰し、我々に完全なる安全地帯を提供するとは! 如月拓也、彼は自室にいながらにして、この戦場を文字通り『冷徹』に支配しているに違いない!」
神宮寺が、完全に予知したかのような動きで敵を次々と両断し、空の彼方に向かって叫んだ。
「ハッハァ! お前の指揮があれば、マグマの中に飛び込んでも火傷一つしねえぜ!! 一生ついていくぜ、コンダクター!!」
Sランクの猛者たちが、空のゲートに向かって熱狂的な敬礼を捧げる。
もちろん、彼らは知らない。
この究極の絶対冷却バフが、「マグマの海を水切りの要領で蹴り飛ばしながら走り抜けた」という、三月の理不尽すぎるゴリ押し物理の残骸(排熱)に過ぎないという事実を。
かくして。
深淵迷宮の第十二階層は、覚醒した最強スキルによる『マグマの水切り(物理)』によって一瞬で踏破され、外で戦うSランクたちは、少年指揮官への心酔を完全な『狂信』へと昇華させていく。
「拓也ー! マグマのお部屋も終わったから、次の階に行くね! 待ってて、パンケーキ!」
『…………(気絶中)』
「拓也様は現在、大いなる演算の果てに深い瞑想(気絶)に入られました! 拓也様に代わり、このクロエが応援の祈りを捧げますわッ!」
パンケーキのために物理法則を破壊し続ける最強の姉と、ついに限界を超えて気絶した魔力ゼロの指揮官。
残る38階層。果てしなき真の深淵(裏ダンジョン)の攻略戦は、まだまだ続くのであった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
マグマの海を「水切り」の要領で蹴り飛ばし、数万トンのマグマを物理的な弾丸(石ころ)にしてボスを粉砕する三月お姉ちゃんでした!
外のSランクたちは、その余波である絶対冷却を「完璧な熱耐性バフ」と勘違いし、いよいよ拓也への狂信を深めています(笑)。
ついに限界を超えて気絶してしまった拓也ですが、クロエの熱い実況(祈り)をバックに、残り38階層の真の深淵(裏ダンジョン)攻略はまだまだ続きます!
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