第三十話:期待の星、その裏側
第五層の攻略から数日後。
如月三月の周囲は、かつてないほど騒がしくなっていた。
「三月ちゃん、すごいわ! 第五層の単独踏破の功績が認められて、協会から特別報奨金が出るそうよ。それに、ランクアップの推薦も……!」
ギルドのカウンターで、佐藤結衣が興奮気味に報告書を突き出してきた。
これまで、三月は誰からの依頼も受けず、ギルドの監視の目を避けるようにして独力で迷宮に潜り続けていた。しかし、第五層のボス討伐という「圧倒的な実績」は、彼女が望まない形で周囲を動かしてしまった。
ギルド内では、昨日まで「素性不明の新人」だったはずの三月が、一躍「協会の期待の星」として注目を集めている。冒険者たちの視線には、かつての蔑みや無関心ではなく、得体の知れない強者に対する畏怖と興味が混ざり合っていた。
三月は淡々と手続きを済ませる。その表情には、浮ついたところなど微塵もない。
「……別に、ランクなんてどうでもいいわ。それよりも、もっと効率的に迷宮の奥へ潜るためのルート案内や、現地の詳細な資料があるなら見せてほしいの」
「え……? 三月ちゃん、少し休んだ方が……」
「必要ないわ。家族のために、もっと迷宮を回って資源を稼がないといけないから」
結衣は、三月の強固な意志を前にして、それ以上何も言えなくなった。
三月の心の内では、あの調査員、ガランとヴォルグの影がちらついている。彼らはあれから三月を公然とは監視しなくなったが、ギルドの裏側や協会のルートを通じて、彼女の活動を監視し続けているのは明白だった。
その夜、三月は『黒鉄堂』を訪れた。
鉄山厳は、店番をしながら三月の様子を観察している。
「お嬢ちゃん、随分と協会に上手く取り入ったようだな。ガランとヴォルグを煙に巻いたって噂だ」
「……彼らは、私をただの『便利な兵器』だと思ってるわ。だからこそ、期待に応えるふりをして、情報を操作してやるの」
鉄山は豪快に笑った。
「いい度胸だ。だが気をつけろ。あいつらも食えない連中だ。いつか『兵器』として制御不能だと判断されたら、次は『排除』されるぞ」
「分かってる。……だからこそ、私は、協会そのものを私の管理下に置くつもりよ」
三月は静かに、しかし熱を孕んだ瞳で言った。
それは、少女の夢語りには聞こえない。彼女の背後にある、あの第五層で騎士を葬った時の凄絶なまでの実力を知る鉄山には、その言葉が重く響いた。
店を出て、三月は帰路につく。
夜風が冷たい。
ポケットの中には、今日獲得したばかりの報奨金と、鉄山から渡された新たな魔導刻印が刻まれた小瓶が入っている。
ふと、団地への道の途中で、彼女は足を止めた。
背後に、あの二人の気配がある。
気配察知が彼らの位置を正確に告げていた。彼らは、彼女が鉄山の店に入ったこと、そしてそこで何を話したかまでは知らないだろう。だが、彼女の行動を全て記録している。
三月は立ち止まったまま、空を見上げた。
星ひとつ見えない夜空。
(……監視したいなら、勝手にすればいい。あんたたちの見ている「如月三月」は、私が用意した完璧な幻影に過ぎないんだから)
彼女は、自分の中に住まう「獣」を落ち着かせるように、胸元を強く握りしめた。
捕食の渇望は、強くなれば強くなるほどに高まる。だが、その渇望こそが、今の彼女をここまで引き上げてくれた唯一の力でもある。
彼女は、自分の中に芽生えた「支配への渇望」を否定しない。
家族を守るために、協会を利用する。協会を利用するために、怪物を演じる。怪物として生き残るために、迷宮を喰らう。
その先に待つのが、人間としての幸福なのか、あるいは取り返しのつかない破滅なのか。
三月は、その答えを今は考えないことにした。
ただ、明日もハンバーグを食べるために。
ただ、家族の眠る家の明かりを守るために。
彼女は、闇を切り裂くような決意を胸に、帰路を急いだ。
背後の調査員たちは、彼女がただの少女の背中を向けているだけだと思い、静かに距離を詰めながら尾行を続ける。
だが、彼らは知らない。
その前を歩く少女が、今まさに、彼らという「獲物」を食らうための牙を、さらに深く研ぎ澄ませたことに。
「……お父さん、待っててね」
呟きは夜風に消えた。
三月の覚悟は、迷宮よりも深く、誰にも届かない場所で、今日もまた静かに燃え続けている。
協会に「期待の星」として認められつつも、さらに狡猾に協会を利用しようとする三月の立ち回りは、今後さらに加速していきます。
人間としての自分と、強くなるための獣の衝動。そのバランスを保ちながら、彼女はどこまで協会を翻弄できるのか……!
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それでは、第三十一話でお会いしましょう!




