第299話:第八階層『反射の城塞』。絶対反射と、オーバーフロー(物理)
第七階層の『時絶の時計塔』において、時間停止という絶対的な理をただの物理的な強行突破で粉砕した如月三月。
彼女が時計塔の残骸を踏み越え、次なる第八階層へと足を踏み入れた瞬間、これまでの階層とは打って変わって、厳かで神聖な空気が肌を打った。
「わぁ……。今度はお城の中みたいだね」
三月は、漆黒のロングコートの裾を整えながら、興味深そうに周囲を見渡した。
第八階層――そこは、床も壁も天井も、すべてが磨き上げられた白銀の金属で構成された、巨大な城の内部(大広間)であった。
一切の傷や汚れがない、鏡のように周囲を反射する白銀の空間。その中央に、まるで侵入者を待ち構えていたかのように『それ』は立っていた。
『……ねえさん、止まれ。剣を構えるな』
インカムから、弟である拓也の、引き攣ったような声が響く。
拓也のいる自室。
鉄山厳特製の『絶対防御パーカー』を着込んだ魔力ゼロの少年指揮官は、限界を超えて稼働し続ける右眼のチート能力『深層言語・限定解析』のデータをモニターで確認し、ごくりと息を呑んだ。
『いいか、ねえさん。そこは第八階層【反射の城塞】だ。そして、目の前にいるそのボスは……【アビス・アイギス・パラディン(Sランク)】。ダンジョンの防衛機構そのものが具現化したような化け物だ』
空間の中央に立つのは、全身を白銀の重装甲で包んだ巨大な騎士。
その左手には、城の壁と同じく鏡のように磨き上げられた、とてつもなく巨大な『大盾』が握られている。
『奴の持つ大盾と、この階層の空間そのものに、【絶対反射】の概念が付与されている。受けた物理的運動エネルギー、魔法的魔力エネルギーを、100パーセント以上の威力で攻撃者にそのまま跳ね返す、究極の防御システムだ』
拓也は、ズキズキと痛む胃を必死に押さえながら、右眼で演算を繰り返す。
『どんなにねえさんのステータスが限界突破していようと、全力で殴れば、その全力がそのままねえさん自身に返ってくる。最悪、相打ちだ。だから、俺が右眼で反射のベクトルとタイミングを計算する。ねえさんは俺の指示通りに、攻撃が当たる瞬間に威力を相殺して、反射の隙を――』
「……跳ね返してくるの?」
三月は、弟の緻密な戦術構築を最後まで聞くことなく、目の前の巨大な騎士に向かって小首を傾げた。
「あのね、拓也。跳ね返ってくるなら、跳ね返せないくらい、もーっと強く叩き潰しちゃえばいいだけだよね?」
『いや、だから! それが通じない【絶対反射】の概念だって言ってるだろ! ねえさんの【怪力(極)】がそのまま返ってきたら、いくら【堅牢(極)】でも無傷じゃ済まないぞ!!』
拓也が自室の椅子から立ち上がって絶叫する。
しかし、パンケーキが冷めることを何よりも恐れる最強の姉は、すでに右手に握った『魔鉄の塊剣』を上段へと構えていた。
「大丈夫だよ、拓也! お姉ちゃん、力比べなら誰にも負けないもん!」
「侵入者、確認。――排除スル」
白銀の騎士が、機械的な声と共に、巨大な鏡の大盾を前面に構えた。
絶対的な反射の理が、盾の表面に青白い魔力の波紋となって広がる。
三月は、ふわりとした足取りで一歩を踏み出すと、そのまま覚醒した【俊敏(極)】によって音を置き去りにする神速の踏み込みを見せた。
「えいっ!!」
純粋な、筋力。
極限まで鍛え上げられ、神域へと覚醒した【怪力(極)】が、魔鉄の塊剣に規格外の運動エネルギーを宿す。
大気を叩き潰すような轟音と共に、三月の大剣が、騎士の構える『絶対反射の大盾』のど真ん中へと直撃した。
ガギィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!
第八階層の城塞全体が震え上がるほどの、凄まじい激突音。
その瞬間。
『絶対反射』の概念システムが正常に作動し、三月が叩き込んだ規格外の運動エネルギーを100パーセントの力で逆方向――つまり三月の剣へと跳ね返した。
常人であれば、自身の全力がそのまま両腕に返ってきて、腕の骨はおろか全身が粉砕されるところである。
しかし。
「……んぐっ!!」
三月は、跳ね返ってきた自身の全力を、覚醒した【堅牢(極)】で守られた肉体と、それをさらに上回る『追加の筋力』で、真正面からガッチリと受け止めてしまったのだ。
『なっ……!? ねえさん、お前、自分のフルスイングの反射を、力業で抑え込んでるのか!?』
モニター越しの拓也が、信じられない光景に目を見開く。
「まだまだぁッ!!」
三月は、剣を引くことなく、反射してくるエネルギーをさらに上から『押し潰す』ように、全身の筋力を爆発させた。
すると、絶対反射の盾は「さらに押し込まれた力」を再び100パーセントで反射しようとする。
三月はそれを「さらにさらに強い力」で押し返す。
盾と剣の接点で、跳ね返るエネルギーと押し込むエネルギーが、指数関数的に増大していく。
空間が歪み、火花どころか極小のプラズマが弾け飛ぶ。
「警告……。反射エネルギー、許容量上昇……。システム、警告……」
白銀の騎士の音声が、明らかに焦りを帯びてバグり始めた。
絶対反射とは、システムが「受けた力を計算し、同じ力で送り返す」という処理の産物である。
しかし、三月の叩き込む【怪力(極)】の連鎖的な増大は、アビスゲートの深淵システムが処理できる『キャパシティ』を、あっさりと超えようとしていた。
「お家に帰って! パンケーキを! 食べるのぉぉぉぉぉッ!!!!」
三月が、深緑色の瞳にブラコンの炎を燃やし、最後の一押しとして【磁力操作(極)】による超電磁の加速を剣に乗せた。
その瞬間。
ピキッ……!!
絶対に砕けないはずの鏡の大盾に、致命的な亀裂が走った。
「エラー……!! 反射キャパシティ、オーバーフロー……ッ!! 概念、崩壊――」
ドバキィィィィィィィィィィンッ!!!!!!!
三月の底なしの物理的圧力が、ついに『反射』という概念そのものの限界値をへし折った。
大盾がガラス細工のように木っ端微塵に砕け散り、その背後にいた白銀の騎士もろとも、魔鉄の塊剣の一撃によって文字通り『ペシャンコ』に叩き潰されたのである。
ボスの魔核が転がり落ち、第八階層の白銀の城塞に静寂が戻った。
『…………』
インカムの向こう側は、例によって完全な沈黙に包まれていた。
『……反射の概念を……力比べでオーバーフローさせて、システムごと物理で叩き割った……』
拓也は、机の上の胃薬の瓶を逆さまにし、最後の一錠を口に放り込んだ。
『右眼の解析システムが、「処理不能」の文字を吐き出してストライキを起こしそうだ。……もういい。俺は何も見なかった。物理法則も、概念魔法も、俺の姉の前ではただの紙切れなんだ……』
「拓也様ッ!! おお、見事なまでの力による理の粉砕!! お姉様の前では、跳ね返る力すらも平伏すのみなのですねッ!!」
魂が抜け、白目を剥きかけている魔力ゼロの指揮官の隣で、狂信者クロエだけがまた一つ新たな神話を記録し、歓喜に震えていた。
一方その頃。
アビスゲートの外、東京・新宿の上空で防衛戦を死守していたSランク探索者たちの間では、これまでにない最強の防御バフが展開されていた。
「おい……なんだこの光の壁は!?」
レオン・カーターが、自身の周囲に展開された『白銀のバリア』を見て目を丸くした。
三月が第八階層で『絶対反射』の概念をオーバーフローさせて粉砕した際、行き場を失って弾け飛んだ反射エネルギーの残滓が、ゲートの外へと溢れ出したのだ。
それが、Sランク探索者たち全員を包み込む『絶対反射の結界』となって広域展開されたのである。
「ギィェェェェッ!!」
上空から、変異種のワイバーンたちが極太の火炎ブレスや毒の爪で一斉に襲いかかってきた。
しかし。
バキュゥゥゥゥゥンッ!!
魔獣たちの攻撃が白銀のバリアに触れた瞬間、すべてが100パーセントの威力でそのまま空中の魔獣たちへと跳ね返っていった。
自らのブレスや爪を喰らったワイバーンたちは、悲鳴を上げる間もなく次々と自爆し、空から墜落していく。
「な、なんという無敵の城塞……ッ! 敵の攻撃が、すべて自滅に変わっていくぞ!」
神宮寺が、自身の刀を振るうことなく敵が消滅していく光景に、戦慄の声を上げた。
「ハッハァァァァッ!! 回復、デバフ、時間加速に続いて、今度は【絶対反射の広域バリア】だとォ!? 完璧だ! あの少年指揮官、ついに俺たちに『無敵』のチートコードまで付与しやがった!!」
レオンが、両手を広げて反射バリアの恩恵を全身で受け止め、狂喜乱舞する。
「ああ……。彼の頭脳は、まさに神の領域。我々が傷つくことすら、彼の計算の中では許されないということか。如月拓也……君という存在に出会えた我々は、なんと幸運なのだろうか!!」
神宮寺が、空に開いたゲートに向かって、もはや宗教めいた祈りのポーズで深々と頭を下げる。
もちろん、彼らは知らない。
この完璧な無敵の防御バフが、「パンケーキのために、絶対反射の盾を力業で無理やり粉砕した」という、三月の理不尽すぎるゴリ押しの残滓に過ぎないという事実を。
かくして。
深淵迷宮の第八階層は、覚醒した最強スキルによる『反射概念のオーバーフロー(物理)』によって一瞬で踏破され、外で戦うSランクたちは、少年指揮官を神として崇め始めていく。
「拓也! 鏡のお城も壊したから、次行くね! もうすぐパンケーキ!」
『……ああ。頼むから、俺の右眼がフリーズする前に帰ってきてくれ……。胃薬も切れた……』
パンケーキのために世界の理を壊し続ける最強の姉と、胃薬の在庫が尽きた魔力ゼロの指揮官の、限界を超えたダンジョン攻略は続く。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
「絶対反射」という概念システムに対し、「反射しきれないくらい強く叩けばいい」という力技で挑み、見事にシステムをオーバーフローさせて粉砕する三月お姉ちゃんでした!
外のSランクたちは、その余波である「絶対反射のバリア」を完璧な防御支援だと勘違いし、いよいよ拓也を神のように崇め始めています(笑)。
胃薬の在庫が尽きた拓也は最後まで指揮を執り切れるのでしょうか。
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