第二十八話:鉄壁の守護者、深淵の鼓動
第五層の扉を押し開くと、そこにはこれまでとは次元の違う重圧が待ち構えていた。
円形の広大な石造りの間。その中心に、全長三メートルを超えようかという巨躯の騎士が、錆びついた大剣を杖代わりにして沈黙を守っていた。
『ガーディアン・アーマー』。
迷宮の第五層を守護する、魂なき鎧の戦士。
「……ボスか。Fランクの出る幕じゃねえな、嬢ちゃん」
ヴォルグがニヤリと笑い、腰の魔剣に手をかける。彼らにとって、このボス討伐は三月の実力を測るための「踏み絵」に過ぎない。もし三月がここで力尽きれば、彼女を管理し、アーティファクトを回収すればいい。三月が勝てば、彼女を英雄として協会に迎え入れ、功績を自分のものにできる。どちらに転んでも、彼らに損失はない。
「下がってろ、三月。ここはプロの戦いを見せてやる」
ガランが冷静に指示を出し、ヴォルグが先陣を切って踏み出した。
ヴォルグの纏う雷撃が弾け、第五層の闇を青白く照らす。しかし、ガーディアン・アーマーは微動だにしない。その空ろな鎧の中に宿る魔力が、ヴォルグの接近を察知した瞬間、重厚な大剣が弧を描いて振り下ろされた。
ガキィィィン!!
轟音と共にヴォルグが弾き飛ばされる。
「くっ……!? 装甲が厚すぎる! 物理攻撃が通らねえのか!」
(甘い……)
三月は、その光景を冷ややかな目で見つめていた。
ヴォルグは力任せに雷撃を叩きつけているが、ガーディアン・アーマーの防御機構は、物理的な衝撃を内側の魔力で相殺する構造になっている。正面から殴り合っていては、魔力が枯渇する方が先だ。
内なる獣が、ヒクヒクと喉を鳴らすのが聞こえる。
(喰らいたい。あの鎧の中にある、空っぽの魂を喰らい尽くしたい)
三月は、指先をわずかに震わせながら、自身の理性を必死に繋ぎ止める。
今の自分なら、ガーディアン・アーマーの鎧の隙間を突き、直接その核を抉り出すことができる。だが、それをすれば、ガランとヴォルグに「異常な力」を見せつけることになる。
(……でも、ここで彼らが死んだら、協会との交渉権も消える)
三月は覚悟を決めた。
彼女は、大剣を握りしめると、ヴォルグが追い詰められたその瞬間、影の中から飛び出した。
「ヴォルグさん、どいて!」
「何だと……!?」
三月はヴォルグを突き飛ばすと、ガーディアン・アーマーの正面に立つ。
目の前に迫る巨人の大剣。彼女は回避しない。
『堅牢(中)』を右腕一点に集中させ、自身の磁力操作で大剣の軌道をわずかに反らせる。
金属同士が擦れる鋭い音と共に、大剣が地面に突き刺さった。
その刹那、三月は騎士の懐へと潜り込んだ。
彼女の眼が、紅蓮に輝く。
『魂喰い』の衝動と、人間としての三月の意志がぶつかり合い、脳内が真っ白に染まる。
「――終わりよ」
彼女は大剣を振り上げるのではなく、騎士の胸当ての隙間に指を差し入れた。
磁力操作で強引に鎧の留め金を破壊し、内側に宿る「核」を直接指先で捉える。
……喰らう。
その瞬間、彼女の意識が闇に飲まれる。
家族の食卓の風景が、一瞬だけ色あせて見えた。
(いけない、帰らなきゃ……!)
激しい眩暈の中で、三月は全力で魂を喰らわず、核の魔力をほんのわずかだけ奪うにとどめた。その反動で騎士の動きが停止する。
三月はすかさず、自身の黒鉄の大剣を騎士の首の接合部へ叩き込んだ。
ガシャアァァン……!
重厚な甲冑が崩れ去り、第五層に静寂が訪れた。
三月は、肩で息をしながら膝をつく。
背後で、ガランとヴォルグが信じられないものを見る目で立ち尽くしていた。
「……一撃で? 今の騎士の装甲を、まるで紙のように……」
三月は立ち上がり、血に染まった手を隠すように背後に回す。
その手は、まだ内なる獣の衝動に震えていた。
彼女は、勝った。だが、その代償は小さくない。
鏡を見ずとも分かる。今の自分の目は、きっとひどく濁っているはずだ。
彼女は震える声で、平静を装って振り返った。
「……言ったでしょ。私の実力、証明できた?」
ヴォルグとガランは、言葉を失い、ただ唖然と彼女を見つめることしかできなかった。
彼らの瞳には、もはや「調査対象」を見るような軽薄な色はなく、未知の怪物に対する「畏怖」だけが宿っていた。
後書き
第二十八話をお読みいただき、ありがとうございました!
ついにボス・ガーディアン・アーマーを撃破した三月。しかし、その代償として彼女の人間性はますますギリギリの状態に追い込まれています。
協会調査員たちも、彼女の圧倒的な実力を目の当たりにし、ただの新人として扱うことは不可能だと悟り始めました。
三月は果たして、このまま「人間」としての日常を保てるのか? そして調査員たちとの関係はどう変化していくのか。
この話が面白い、続きを読みたいと感じていただけましたら、ぜひブックマークや**評価(↓の☆☆☆☆☆)**で応援していただけると、執筆の大きな励みになります!
それでは、第二十九話でお会いしましょう!




