第257話:初めての宝箱と、受付嬢の胃痛(テレパシー)
「よし……! それじゃあ、いよいよ開けるぞ!」
Eランク迷宮『ゴブリンの洞窟』の最奥。ヒカリゴケに照らされた広い地下空洞で、大剣使いの少年・リョウタが、ゴクリと生唾を飲み込みながら古びた木箱の前にしゃがみ込んだ。
ゴブリン・シャーマンがドロップした鈍色の鍵。
それを宝箱の鍵穴に差し込み、ゆっくりと回す。
カチャリ、と小気味良い音が鳴り、木箱の蓋が少しだけ持ち上がった。
「お、おいリョウタ、罠とかかかってないよな……?」
弓使いのケンが、ビクビクしながら数歩後ろに下がって尋ねる。
「大丈夫だ。ギルドの講習で習ったろ? 魔獣が直接ドロップした鍵で開けるタイプの宝箱には、基本的にトラップは仕掛けられてないってよ!」
リョウタは勢いよく蓋を開け放った。
中には、ボロボロの布に包まれた一本の剣が収められていた。
「おおっ……!! 剣だ! しかも、微かに魔力を帯びてるぞ!!」
リョウタが興奮して剣を取り出す。
刀身は普通の鉄だが、柄の部分に小さな魔石が埋め込まれており、そこから微弱な風の魔力が発せられていた。
「すごいよリョウタくん! 魔導武器じゃない!」
魔法使いのアオイも目を輝かせている。
後方で荷物持ち(ポーター)として控えていた如月拓也は、右眼の『深層言語・限定解析』を密かに起動し、その剣のステータスを素早く読み取った。
(……『微風の鉄剣』。刀身の重量を魔力で僅かに軽減し、振るスピードを5%ほど上げるEランク相当の量産ドロップ品か。……まあ、今の彼らの市販品の武器に比べれば、十分すぎるほどの大当たりだな)
拓也は、呪いや隠しステータスのデバフがないことを確認し、ホッと安堵の息を吐いた。
もしここで「装備すると呪われる」ようなハズレアイテムを引かれていたら、それを初心者に悟られないように回収・破棄するための言い訳を、疲弊した脳で捻り出さなければならなかったからだ。
「やったぜ! これで俺の攻撃力もさらに上がる! Dランクへの昇格も夢じゃないぞ!」
リョウタが、微風の鉄剣をブンブンと振り回して歓喜の声を上げる。
「よかったですね、リーダー! まさにプロの探索者って感じの引きの強さですよ!」
拓也は、完璧な愛想笑いと胡麻擦りのトーンで彼らを称賛した。
「ははは! まあな! お前たちも、初めての迷宮で怖い思いをしただろうが、俺についてきて正解だったろ?」
リョウタが、得意げに鼻を擦る。
「ええ、もう本当に。一生の思い出に残る素晴らしい探索でした」
(色々な意味で寿命が縮みましたけどね……)
拓也は、心の中で血の涙を流しながら頷いた。
「さーて、お宝も手に入ったことだし、帰ろうか! ギルドに報告して、報酬を山分けだ!」
「うんっ! 帰りは私が荷物持ってあげるね、拓也!」
三月がニコニコと笑いながら、三十キロはある巨大なリュックを指一本でヒョイッと持ち上げる。
「おいおい、ネエチャン無理すんなよ!」とケンが慌てていたが、三月は「軽い軽い!」と鼻歌交じりに歩き出した。
――数時間後。東京・霞が関の探索者協会本部。
夕方の混雑するギルドのロビーに、泥と汗にまみれた五人のパーティが意気揚々と帰還していた。
「おう! 依頼の達成報告と、素材の買い取りを頼むぜ!」
リョウタが、受付カウンターにドサリとゴブリンの魔石や討伐証明部位を置いた。
対応に出たのは、拓也たちの顔馴染みである受付嬢の佐藤結衣だった。
「はい、お疲れ様です。Eランク迷宮『ゴブリンの洞窟』の探索ですね。……えっと、パーティ名は……」
結衣は、得意げな顔をしているリョウタたち三人を見て、ふとその後ろに視線を移した。
そこには、無地のパーカーに漆黒のコートを羽織った眼帯の少年と、淡いグリーンのワンピースを着た絶世の美女が、完全に気配を消して立っていたのである。
「…………ッ!?」
結衣の顔が、一瞬にして硬直した。
(た、拓也さま!? 三月さま!? なんで昨日Cランク変異種の素材を平然と持ち込んできた規格外の姉弟が、今日登録したばかりのFランク初心者たちと一緒にいるんですか!?)
結衣の脳内に、激しい混乱と胃痛が走る。
しかし、彼女はプロの受付嬢である。拓也が右眼の眼帯越しに送ってきた『絶対に俺たちの正体をバラすな。話を合わせろ』という強烈なアイコンタクト(という名の脅迫)を、瞬時に察知した。
「あ、あの……そちらのお二人は……?」
結衣が、震える声で一応の確認を取る。
「ああ、こいつらは数合わせで雇った荷物持ち(ポーター)だよ! 素人だからビビりまくってたけどな! 俺たちがゴブリン・シャーマンを倒してやったんだぜ!」
リョウタが、胸を張って自慢げに言い放つ。
「ゴ、ゴブリン・シャーマンを……あなたたち三人で、ですか……?」
結衣は、引き攣った笑いを浮かべながら、再び拓也の方を見た。
(結衣さん。俺がリュックを投げて、姉さんが小石を蹴り飛ばして、なんとか勝たせたんです。彼らのプライドを傷つけないように、適当に褒めておいてください)
拓也は一言も発していないが、その疲れ切った「サラリーマンのような死んだ目」が、結衣にすべてを雄弁に物語っていた。
(……なるほど。この少年指揮官は、初心者たちの引率という名の『接待プレイ(デスゲーム)』をやらされていたのですね……。お労しい……!)
結衣は、すべてを理解し、拓也に向けて『お疲れ様です』という労いの視線を送り返した。
「す、素晴らしい成果ですね! 初心者パーティで中ボスを討伐するなんて、ギルドでも滅多にない快挙ですよ! 素晴らしい才能です!」
結衣がプロの作り笑いでベタ褒めすると、リョウタたちは「おおっ!」「やっぱり俺たち天才かも!」と大喜びで顔を見合わせた。
「報酬の精算と、魔石の買い取りで……合計三万円になります。お受け取りください」
結衣が封筒を差し出すと、リョウタがそれを受け取った。
「よし! 約束通り、ポーターのお前らにも報酬を分けてやるよ。ほら、五千円だ」
リョウタは、封筒から五千円札を抜き出し、拓也に手渡した。
「ありがとうございます、リーダー。大切に使わせていただきます」
拓也は、深々と頭を下げて五千円を受け取った。
昨日、鉄山厳の工房でタウロスの素材を五十万円で売却した彼にとって、五千円という金額は微々たるものだが、このお金には「無事に初心者を死なせずに帰還させた」という、途方もない精神的労働の対価が詰まっている。
ある意味で、五十万よりも重い五千円であった。
「ははは! まあ、今回は俺たちの実力に助けられたな! また荷物持ちが必要になったら、指名してやるから感謝しろよ!」
ケンが、上から目線で笑いかけてくる。
「ええ、その時はまたよろしくお願いします」
(絶対に、二度と、死んでも行きませんけどね)
拓也は心の中で固く誓いながら、完璧な営業スマイルを貫き通した。
「それじゃあな、眼帯! ネエチャンも気をつけて帰れよ!」
リョウタたちが、満足げな顔でギルドを出ていく。
彼らの背中が見えなくなった瞬間。
拓也は、糸が切れたようにその場にヘナヘナと座り込んだ。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………ッ」
ギルドのロビーの片隅で、世界を救った少年指揮官の、魂の底からの重い溜め息が響き渡った。
「た、拓也さま……! 本当に、本当にお疲れ様でした……!」
カウンターの奥から、結衣が涙ぐみながら胃薬の箱を差し出している。
「ありがとう、結衣さん。……Sランクの大人たちを指揮するのも胃が痛いけど、ド素人を死なせないように裏でコントロールするのは、もっと寿命が縮むってことがよく分かりました……」
拓也は、差し出された胃薬を水なしで飲み込みながら、遠い目をして天井を仰いだ。
「えー? 拓也、そんなに疲れたの? 私は楽しかったけどなぁ。次はオークの巣とかにポーターしに行こっか!」
三月が、ウサギのぬいぐるみを抱きしめながら無邪気に笑う。
「ねえさん、お願いだからしばらく迷宮には近づかないで。……明日は一日中、家で寝てるからね」
「ふふっ、分かったよ! じゃあ今日の夕飯は、拓也が頑張ったご褒美に、残ってるアーマー・タウロスのお肉で特大のハンバーグを作ってあげるね!」
「……うん。それだけを楽しみに帰るよ」
拓也は、姉の温かい言葉に少しだけ救われたような顔をして、ゆっくりと立ち上がった。
本物のFランク初心者たちとの、短くも濃密な(そして精神を削る)迷宮探索は、こうして幕を閉じた。
最強の姉弟による平和な日常を守る戦いは、これからも形を変えて、絶え間なく続いていくのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
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次回も引き続き、如月姉弟のドタバタな日常をお楽しみに!




