第256話:Fランクたちの迷宮行と、少年指揮官の胃痛(フル稼働)
「ハッハッハ! 見たかよ、今の俺の剣さばき! ゴブリンなんざ、俺の敵じゃねえな!」
Eランク指定迷宮『ゴブリンの洞窟』の薄暗い通路に、大剣使いの少年・リョウタの得意げな笑い声が響き渡っていた。
「すごかったよリーダー! あのままいけば、俺たちすぐにDランクに上がれるんじゃないか!?」
弓使いのケンが興奮気味に持ち上げる。
「もう、二人とも油断しないでよね。……でも、私の『ウォーター・ボール』も完璧に決まったし、案外迷宮ってちょろいかも」
魔法使いの少女・アオイも、杖を握りしめながら安堵の笑顔を浮かべていた。
先ほどのゴブリン三匹との戦闘。
彼らは自分たちの実力で完勝したと信じて疑っていないが、最後尾で荷物持ち(ポーター)を装っている如月拓也からすれば、それは完全に「綱渡りの奇跡」であった。
拓也のリュック投げと、姉である三月の音速の小石キックがなければ、彼らは間違いなく全滅していたのだ。
(……この人たち、自分の魔力残量の管理すらできていない。アオイさんの魔力はもう残り三割を切ってるし、リョウタさんも大剣を振り回しすぎて腕の筋肉が張っている)
拓也は、右眼を覆う眼帯の下で、極限の並列思考を可能にする異能『深層言語・限定解析』を静かに起動させたまま、三人のステータスとバイタルを監視し続けていた。
特異点の死闘において、人類最高峰のSランク探索者たちを指揮した拓也の戦術眼。
それは、敵の動きを予測するだけでなく、味方の疲労度や精神状態を正確に数値化し、完璧なタイミングで指示を出すための力である。
しかし、そんな世界最高峰の戦術計算能力が、今は「いかにしてこの素人たちを死なせずに、かつ自分たちの実力を隠し通すか」という、非常に後ろ向きな目的のためにフル稼働していた。
「ねえ拓也、あの子たちすごく楽しそうだね! ピクニックみたい!」
隣を歩く三月が、ウキウキとした声で囁いてくる。
「ねえさん、静かに。彼らは本気なんだから」
拓也は小声で返しつつ、ペラペラの絶対防衛コートのポケットの中で、冷や汗を拭った。
やがて、五人の前に「二手に分かれた分岐路」が現れた。
「ん? 道が分かれてるな。おいケン、どっちに行くべきだと思う?」
リョウタが足を止めて尋ねる。
「えっと……なんとなく、右の方が風通しがいい気がするけど」
ケンが適当なことを言う。
(右は駄目だ!)
拓也の右眼が、瞬時に右の通路の奥に仕掛けられた『ワイヤートラップ』と、その先に潜む多数のゴブリンの魔力反応を捉えた。
Eランク迷宮とはいえ、初心者が罠にかかって魔獣の群れに囲まれれば一貫の終わりだ。
「よし、じゃあ右に行ってみるか!」
リョウタが右の通路へ足を踏み出そうとした、その瞬間。
「ああっ!! すみません!!」
拓也は、わざとらしく大きな声を上げながら、持っていた水筒を「うっかり」手から滑り落とした。
金属製の水筒は、カラカラと音を立てながら右の通路の奥へと転がっていく。
「おい眼帯! 何やってんだよ、音を立てるな!」
リョウタが怒鳴って振り返る。
しかし、転がっていった水筒が、通路に張られていた細いワイヤーにピンッと触れた瞬間。
シュッ! シュババババッ!!
通路の両側の壁から、鋭い毒矢が数本、猛烈な勢いで射出され、反対側の壁に深く突き刺さった。
もしリョウタがそのまま歩いていれば、間違いなく全身を串刺しにされていたタイミングである。
「…………ッ!?」
リョウタ、ケン、アオイの三人は、壁に突き刺さった毒矢を見て、顔面を土気色にして完全に固まった。
「あ、危なかった……! ご、ごめんなさいリーダー、俺が水筒を落としたせいで、罠を作動させちゃいました……!」
拓也は、必死に怯えた演技をしながら頭を下げる。
「い、いや……! べ、別にお前のせいじゃねえよ! むしろ、お前が水筒を落としてくれたおかげで、俺が罠にかからずに済んだんだ……。運が良かったな!」
リョウタは、強がって震える声でそう言いながら、そっと右の通路から距離を取った。
「そ、そうね! 右は危険みたいだから、左の通路に行きましょう!」
アオイも顔を引き攣らせながら左を指差す。
(……ふぅ。とりあえず第一関門突破だ)
拓也は、精神的な疲労から来るため息を悟られないように、そっと息を吐き出した。
左の通路を進むことさらに十分。
空間が急に開け、ヒカリゴケの群生する広い地下空洞へと辿り着いた。
「おい、見ろ……! あれ、宝箱じゃないか!?」
ケンが興奮した声を上げる。
空洞の中央には、古びた木箱が置かれていた。
しかし、拓也の眼は、その宝箱の奥の岩陰に潜む「明確な殺意と魔力」を正確に捉えていた。
(宝箱を餌にした待ち伏せだ。しかも、あいつは……)
「やったぜ! 中身は俺たちのものだ!」
リョウタが警戒心ゼロで宝箱へと走り寄ろうとした、その時。
「ギギャァァァァッ!!」
岩陰から、通常のゴブリンよりも一回り大きく、ボロボロのローブを羽織った魔獣が飛び出してきた。
その手には、禍々しい紫色の魔力を帯びた木の杖が握られている。
「なっ……なんだあいつ!? 普通のゴブリンじゃないぞ!?」
リョウタが慌てて足を止める。
(Eランク迷宮の中ボス相当……『ゴブリン・シャーマン』。それに、両サイドから普通のゴブリンが二匹来ます!)
拓也の脳内で、瞬時に敵の戦力と味方の勝率が計算される。
シャーマンの魔法攻撃力は、リョウタたちの粗末な防具では防ぎきれない。まともに食らえば即死だ。
「リョウタくん! 左右からも来るわよ!」
アオイが悲鳴を上げる。
「くそっ、囲まれた! アオイ、まずはあの杖を持ってる奴に魔法を撃て!」
リョウタが大剣を構え、左右のゴブリンを牽制する。
「う、うん! 『ウォーター・ボール』!!」
アオイが詠唱を完了させ、水球を放つ。しかし、ゴブリン・シャーマンは杖を一振りするだけで、その水球をあっさりと掻き消してしまった。
「嘘……私の魔法が、効かない!?」
アオイが絶望する中、シャーマンは杖の先端に赤黒い『ファイア・ボルト』の魔力を収束させ始めた。
狙いは、最も前に出ているリョウタだ。
(マズい、あの詠唱速度じゃ避けきれない!)
拓也は、咄嗟に叫んだ。
「ああっ! リーダー、足元の苔、すごく滑りますよ!! 気をつけて!!」
「えっ!?」
リョウタが拓也の声に驚いて足元を見た瞬間、本当に濡れた苔に足を取られ、無様な姿勢ですってんころりんと転倒した。
ズドォォォンッ!!
その直後、リョウタが先ほどまで立っていた空間を、シャーマンの放った熱線の魔法が通過し、後方の壁を黒焦げに吹き飛ばした。
もし転んでいなければ、リョウタの頭は炭炭になっていたはずだ。
「ひぃぃっ!?」
リョウタは腰を抜かし、地面を這いずりながら後退する。
「ケ、ケンくん! 矢を撃って!」
「む、無理だよ、手が震えて……!」
ケンは、完全にパニックに陥り、弓を引くことすらできなくなっていた。
左右のゴブリンが、無防備な三人へと襲いかかる。
(……このままじゃ、全員やられる!)
拓也は、戦場を俯瞰しながら、自らの絶対防衛コートで盾になるべきか一瞬迷った。しかし、それを行えば「ただのポーター」という偽装が完全に崩れる。
すると。
拓也の隣にいた三月が、「あーあ、虫さんが飛んでるね」と、のんびりとした声で呟いた。
彼女は、足元に落ちていた「握り拳大の石」を拾い上げると、まるで虫を追い払うかのような極めて軽い動作で、ふわりとそれを放り投げた。
ピュオォォォォンッ!!
一見するとただの山なりの投擲。
しかし、その石には、世界最強の女探索者の『絶妙な回転と圧縮された運動エネルギー』が込められていた。
石は、空中で奇妙なカーブを描きながら、まずは左のゴブリンの顔面にクリーンヒット。
「ベキッ!」という鈍い音と共にゴブリンを吹き飛ばすと、石はさらに壁で跳ね返り(ビリヤードの要領で)、今度は右のゴブリンの後頭部に激突して気絶させた。
「えっ……?」
リョウタたちが、突如として倒れた二匹のゴブリンを見て呆然とする。
「な、なんか上から石が落ちてきて、ゴブリンに当たったぞ!?」
ケンが信じられないものを見るように叫んだ。
残るは、魔法を放ち終えて隙だらけになったゴブリン・シャーマンのみ。
「リョウタさん! 魔法使いは接近戦に弱いはずです! 今ならいけます!!」
拓也が、すかさず完璧なタイミングで「素人っぽいアドバイス」を叫ぶ。
「お、おおおっ! 食らえええええッ!!」
我に返ったリョウタが、渾身の力を込めて大剣を振り下ろした。
無防備なシャーマンはそれを避けることができず、脳天から真っ二つに叩き割られ、ついに黒い霧となって消滅した。
チャリン、と。
シャーマンのドロップアイテムである魔石と、宝箱の鍵が床に落ちる。
「……お、終わった……?」
アオイが、膝から崩れ落ちてへたり込んだ。
「や、やった……! やったぞ俺たち! 中ボスを倒したんだ!!」
リョウタが、全身を震わせながら歓喜の声を上げる。ケンも泣きながらリョウタに抱きついた。
「すごいじゃないですか、皆さん! さすがプロの探索者ですね!」
拓也は、愛想笑いを浮かべながら三人に歩み寄った。
彼の肉体には傷一つないが、右眼の裏側でフル回転し続けていた戦術計算と、必死の「素人のフリ」によって、精神的な疲労はバエル戦に匹敵するレベルに達していた。
「おう! まあ、危ない場面もあったが、俺たちの実力ならこんなもんさ! お前たちも、荷物持ちとしてよくついてきたな!」
リョウタが、完全に勘違いしたまま得意げに胸を張る。
「えへへ、拓也のおかげで安全なピクニックだったね!」
三月が、何も知らないふりをして拓也の背中をポンポンと叩いた。
(……ねえさん。俺、もう初心者の引率は二度とやりたくないかもしれない)
世界を救った少年指揮官は、薄暗い洞窟の中で、誰にも知られることなく深々と、そして重い疲労の溜め息を吐き出すのであった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
Eランク迷宮での、本物の初心者たちとの死闘(という名の接待プレイ)でした。
拓也の「わざとらしいアドバイス」による回避誘導と、三月姉さんの「ビリヤード投石(物理)」による陰からのサポート。
Sランクを指揮するよりも、素人を死なせずに勝たせる方がよっぽど疲れるという、指揮官としての新たな苦労が描かれました(笑)。
勘違いしたまま成長(?)していくリョウタたちと、胃痛を抱える拓也の対比を楽しんでいただければ幸いです。
もし「面白かった!」「拓也お疲れ様(笑)!」と思っていただけましたら、
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次回も引き続き、如月姉弟のドタバタな日常をお楽しみに!




