第二十五話:深層の予兆、招かれざる同行者
ギルドの正門を抜け、無機質なコンクリートの地下道が続く迷宮の入り口へと歩を進める。
三月の背後には、昨日から張り付いている二人の男たちの気配が、湿り気を帯びた影のように追従していた。彼らにとって三月は、調査対象であると同時に、迷宮の深層へと続く扉を開くための「鍵」なのだろう。
(……なんて無防備で、なんて傲慢なのかしら)
三月は口元を歪めた。
彼らはプロだ。だが、迷宮という「死」が支配する領域において、彼らは致命的な慢心をしている。自分たちが獲物を追う立場であり、獲物はあくまで「イレギュラーな力を持つ新人」に過ぎないという先入観。その甘さが、彼らの命を削ることに気づいていない。
迷宮の入り口に到達すると、そこには朝から多くの探索者たちが順番待ちの列を作っていた。
三月は無言で列の最後尾につく。周囲の探索者たちが、彼女の背負う重厚な黒鉄の大剣と、どこか異質な冷気を放つ気配を察知して、自然と距離を置くのが分かった。
すると、背後からあの大柄な男が、わざとらしく彼女の肩に手をかけてきた。
「よう、新人の嬢ちゃん。第四層に行くんだろ? この階層は一人じゃ危ないぜ。俺たちが護衛してやるよ」
大柄な男の指先から、嫌らしい魔力の波動が伝わってくる。
彼らの目的は明らかだ。護衛という甘い毒を飲ませ、戦闘中の彼女の動きを間近で観察し、必要であれば「実力行使」で彼女の正体や所持品を暴くつもりなのだろう。
三月はゆっくりと振り返り、男の目を真っ直ぐに見つめた。
その瞳には、恐怖も戸惑いも、そして反発の色すらもない。ただ、獲物を品定めするような、冷徹な静けさだけがあった。
「護衛、ね。……私に何をしてほしいのか、はっきり言った方がいいんじゃない?」
「……あ?」
男が怯んだ。
三月の言葉には、明らかに「お前たちが私を観察しに来たことなど、とっくにお見通しだ」という響きがあったからだ。
「いいわよ。同行して。ただし、一つだけ条件がある」
三月は男の肩から手を払い除け、冷たく言い放つ。
「私より先に死なないでね。あんたたちが死んだら、あんたたちの持っている魔石や装備、全部私が貰うことになるから。……それは、協会への報告書を書く時、少し面倒じゃないかしら?」
男の顔が怒りで赤らむ。その反応を、三月はどこか遠くから眺めるような気分で見ていた。
背後の痩身の男が、制止するように相棒の肩に手を置いた。
「……面白い。その度胸だけは買ってやるよ、三月さん。俺たちはただ、君の『アーティファクト』の真価を見たいだけだ。君が実力を証明できれば、君の望み通りの環境を協会に用意させてやる」
「……そう。それなら、期待していて」
三月は迷宮の門へと足を踏み入れた。
彼女が通過した瞬間、門のルーンが鈍い光を放つ。
迷宮は、彼女の殺気と、彼女を追う者たちの欲望を飲み込み、深い闇の底へと開かれた。
迷宮の第一層。
かつてFランクの彼女が必死になって駆け抜けた場所が、今は箱庭のように小さく見える。
三月は迷宮の空気を肺いっぱいに吸い込んだ。
ここからは、演技の舞台だ。彼女は自分の強さを隠しながら、同時に彼らに「実力がある」と錯覚させ、協会という巨大組織を引きずり出す。
彼女はわざと歩みを遅らせ、男たちが背後にピタリとつける距離を保った。
今から第四層へ。
そこで彼女は、彼らが二度と忘れられない「規格外の狩り」を見せつけるつもりだ。
(……喰らい尽くしてやる。迷宮の魔獣も、あんたたちのプライドも)
三月は獲物を探すように、周囲の闇に意識を広げた。
その瞳は、深淵の闇よりも深く、黒く輝いていた。
背後の男たちが、まだ気づいていない真実。彼らが追っているのは人間ではない。迷宮の深淵で研ぎ澄まされた、飢えた捕食者だということに。
彼女は、自分の胸の中に去来する冷たい高揚感を、深く静かな呼吸の中に沈め込んだ。
今日、この第四層で、彼女は「新人」という殻を完全に脱ぎ捨てる。
その代償として、彼らの欲望を喰らい、協会という巨大組織の喉元に、自分の存在という楔を打ち込むのだ。
迷宮の第二層へ通じる通路が、すぐそこに見えている。
三月は歩調を緩めず、男たちを誘い込むように、もっと深い闇の底へと足を踏み入れた。
ここからが、本当の戦いだ。
家族のために、そして、自分の渇きを満たすために。
第二十五話をお読みいただき、ありがとうございました!
調査員たちの「同行」を受け入れ、むしろそれを逆手にとって協会へのアピール材料にする……という、三月の強かすぎる立ち回りを描きました。
あえて「護衛」を受け入れ、迷宮という死地で彼らをどう「演技」に巻き込んでいくのか。第四層という少し難易度の高い階層で、彼女が披露する「実力」とは……?
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それでは、第二十六話でお会いしましょう!




