第二十四話:牙を隠す微笑み、選別される者
ギルドの外へ出た三月は、あえてゆっくりと歩を運んだ。
背後には、先ほどの調査員らしき男たちが、一定の距離を保ちながら尾行を続けている。
『気配察知(微)』越しに伝わる彼らの足音は、訓練されたプロのそれだ。だが、彼らが放つ「値踏みするような視線」が、三月には酷く滑稽に感じられた。
(……私を監視して、私の成長の秘密を暴こうってわけね)
三月はふと足を止め、ショーウィンドウに映る自分の姿を眺めた。
漆黒のコートに身を包んだ、線の細い少女。
誰もが彼女を、幸運にも迷宮の深層で珍しい魔石を拾っただけの、未熟な探索者だと思うだろう。
その認識の差こそが、彼女の最大の武器だ。
三月はそのまま、裏通りのカフェへと入った。
ここは探索者たちがよく利用する店だが、今は時間が早いこともあり、客はまばらだ。
彼女は奥の席を選び、コーヒーを頼む。尾行していた男たちも、三月を逃がすまいと店内に踏み込み、少し離れた席に陣取った。
三月はあえて彼らに背を向けたまま、店内に置かれていた古い新聞に目を落とすふりをして、指先をわずかに動かした。
『磁力操作(微)』。
カフェの入り口にある鉄製のドアノブ、そして男たちのテーブルのすぐ近くにある給仕用のワゴン。それらに微かな磁場を干渉させ、彼らの会話を聞き取りやすくする「仕掛け」を施す。
「……ターゲットを確認。如月三月。Fランク。現在のところ、背後に協力者は認められず」
「ボスのドロップ品を一人で回収したのは偶然か? それとも、我々が掴んでいない未知の『遺物』を所持しているのか」
男たちの低く密やかな会話が、店内の雑音を抜けて三月の耳にはっきりと届いた。
やはり、彼らは彼女の力の正体を「未知のアーティファクト」によるものだと結論づけようとしている。
(……好都合ね。そうやって勝手に理由をつけてくれれば、私の正体(魂喰い)がバレる心配はない)
三月はカップを口元に運び、静かに微笑んだ。
利用できる。彼らを、「三月は優秀なアーティファクトの所有者である」という誤った情報で支配できる。そうすれば、協会は彼女を不用意に排除するのではなく、厳重に囲い込み、あわよくばその「アーティファクト」を自分たちの管理下に置こうと動くはずだ。
彼女はわざと、彼らに聞こえるように小さく独り言をこぼした。
「……やっぱり、昨日の剣の感触は少し軽すぎたかな。次はもう少し、深層まで足を伸ばしてみよう」
その言葉を聞いた男たちが、わずかに身を乗り出したのが気配で分かった。
彼らの動揺。彼らの欲望。
それが面白いほど手に取るように分かる。
(私を調べて、私の力を奪おうとするなら、存分にやるがいいわ。その過程で、あんたたちは私のために戦い、私のために実績を積む駒になるんだから)
三月はコーヒーを飲み干すと、席を立った。
立ち去り際、男たちのテーブルを横切り、あえて彼らの目を真っ直ぐに見つめた。
ただの少女の、純粋無垢な微笑み。
しかしその瞳の奥には、彼らを餌として見定めている、冷徹な捕食者の影が宿っていた。
「お兄さんたちも、迷宮に行くの? 気をつけてね。中は……思っているよりずっと、深いんだから」
三月はそう言い残し、店を後にした。
男たちは困惑した表情で彼女の後ろ姿を見送る。
彼らはまだ知らない。自分たちが「調査」している対象が、既に自分たちの掌の上で踊らせている存在だということを。
三月は、迷宮への入り口へと歩みを進める。
彼女の背中には、鉄山によって偽装刻印を施された『魔鉄の塊剣』が、獲物を待つ牙のように鈍く光を放っていた。
第二十四話をお読みいただき、ありがとうございました!
尾行してくる調査員たちに対し、あえて誤った情報を流して誘導する三月の狡猾な立ち回りを描きました。「未知のアーティファクトを持っている」という誤認を抱かせることで、彼女は協会という巨大な盾を、自分の都合のいいように操り始めます。
迷宮の攻略、そして協会との心理戦。二重の緊張感が物語に深みを与えてきました。
果たして彼女は、どこまで協会を利用し、どこまで強くなれるのか……!
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それでは、第二十五話でお会いしましょう!




