第222話:崩壊の終焉、冥淵の王の最期と空から降る光
「『絶理・断線』ッ!!!!」
ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
如月拓也の握りしめた『絶理の銀刃』が、第一魔卿バエルの胸の中央――世界から莫大な魔力を吸い上げ、崩壊の事象を維持し続けていた『第七の楔』の魔力回路を正確に焼き切った。
魔力を持たないただの凡人が放った、純粋な戦術と執念の刃。
それが、冥淵の頂点に君臨する神の如き魔王の「存在の継ぎ目」を断ち切った瞬間だった。
『――――な……ッ!?』
バエルの深淵のように暗く、底知れなかった瞳が、初めて大きく見開かれ、驚愕の色に染まる。
ドクンッ……!!
バエルの体内で、行き場を失った莫大な魔力が暴走を始めた。
彼が操っていた「絶対的な消滅の事象」を維持するためのシステムが破綻し、周囲の虚無の空間に、幾筋もの凄まじい光の亀裂が走り始める。
「……ッ、が、はァッ……!」
拓也は、バエルの胸に短剣を突き立てたまま、全身の骨が軋むような激痛に顔を歪めた。
レオンとカルロスの全力の蹴りを受けて射出されたダメージは、鉄山厳の極限耐熱スーツ『天照』の衝撃吸収機能を以てしても、完全に殺し切れるものではない。
口から吐き出した鮮血が、バエルの漆黒の外套を赤く染める。
『……信じられ、ない。……魔力すら持たない、ただの矮小な人間の子供が。……私の、絶対の理を、壊したというのか……』
バエルは、自らの胸に突き刺さる銀の刃と、それを握りしめる血まみれの少年を見下ろし、震える声で呟いた。
「……お前が、なんでも一人で……消し去ろうとするからだ」
拓也は、薄れゆく意識を必死に繋ぎ止め、右眼から血の涙を流しながら、バエルを真っ直ぐに睨み返した。
「俺は……一人じゃ何もできない、ただの凡人だ。……だから、仲間に背中を預けた。皆が命懸けで作ってくれた道だから……絶対に、届くって信じてたんだ」
『……仲間。……絆。……そのような不確定で、脆弱なものに……自らの命を預けたというのか』
バエルの身体に、ピキピキとガラスが割れるようなヒビが入り始める。
そのヒビの奥からは、ドス黒い魔力ではなく、眩いほどの純白の光が漏れ出していた。
「脆弱なんかじゃない。……俺たちの繋がりは、お前の孤独な『無』なんかより、ずっと強くて温かいんだ……!」
拓也の真っ直ぐな言葉に、バエルは一瞬だけ目を伏せた。
宇宙の絶対法則である崩壊と消滅。
すべてを無に還すことこそが究極の平穏であると信じ、玉座に座り続けてきた冥淵の王。
しかし、彼の目の前にいる少年は、血反吐を吐き、ボロボロになりながらも、決して絶望に屈することなく、他者との繋がりを信じてここまで辿り着いたのだ。
『……そうか。……これが、君たちの持つ「熱」か。……確かに、少しだけ……眩しすぎるな』
バエルの口元に、ほんのわずかな、しかし確かな「笑み」が浮かんだ。
それは、魔王としての冷酷な嘲笑ではなく、どこか満足げな、人としての感情を取り戻したかのような穏やかな微笑みだった。
パキィィィィィィィィィィンッ!!!!
次の瞬間。
第一魔卿バエルの身体は、数え切れないほどの光の粒子となって、虚無の空間へと弾け飛んだ。
彼が消滅したと同時に、上空を覆っていたドス黒い魔力雲が一瞬にして晴れ渡る。
高度二万メートルの成層圏に、本来の美しく、そして果てしなく青い空と、眩い太陽の光が差し込んできたのだ。
「……終わっ、た……」
拓也は、手の中から短剣が滑り落ちるのを感じながら、そのまま糸が切れたように後方へと倒れ込んだ。
「若大将ッ!!」
「拓也くん!!」
倒れゆく拓也の小さな身体を、猛然と駆け寄ってきたレオン・カーターとカルロス・リベラが、左右からしっかりと抱き留める。
「よくやった……! よくやったぜ、テメェは本当に世界一の指揮官殿だ!!」
レオンが、涙と汗にまみれた顔で拓也を抱きしめる。
「すぐに治癒を!!」
瀬戸玲奈が慌てて駆け寄り、拓也の身体に白銀の杖を押し当て、持てる限りの治癒の魔力を全力で注ぎ込む。
「……へへっ。本当に、あのバケモノをブチ殺しやがった。……俺たち、世界を救っちまったんだな」
風間蓮が、槍を杖代わりにして座り込みながら、青空を見上げてへたりと笑う。
「ああ。我々だけではない。彼が……この少年が、最後まで我々を導いてくれたからだ」
神宮寺蒼太が、大盾を傍らに置き、拓也へ向けて深く頭を下げる。
「フン……。最後は物理的な大砲の弾代わりになるとは、相変わらず美しくねえ戦術だがな。……だが、最高の仕事だったぜ」
九条炎樹もまた、両手の熱を冷ましながら、どこか誇らしげな笑みを浮かべていた。
第七の特異点、完全破壊。
これにて、地球に撃ち込まれていた冥淵の悪魔たちによる七つの楔は、すべて消滅した。
人類は、星の崩壊という最悪の絶望から、完全に解放されたのである。
だが、歓喜に浸る時間は長くは続かなかった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!
突如として、天空の冥城のすり鉢状の床が激しく揺れ始めた。
バエルという主と、莫大な魔力供給源を失ったことで、この高度二万メートルに城を繋ぎ止めていた「浮力」と「重力場」が崩壊し始めたのだ。
「マズいぞ! 城が落ちる!!」
カルロスが叫ぶ。
「天貫は外壁に激突して大破してる! 俺たちの魔力じゃ、全員で空を飛んで地上まで降りるなんて不可能だぞ!」
風間が焦燥に声を上げる。
城のあちこちが崩落し、成層圏の強烈な風が吹き込んでくる。
このままでは、世界を救った英雄たちが、高度二万メートルから落下して全滅するという最悪の結末を迎えてしまう。
しかし、その絶体絶命の危機に、一筋の希望の光が差し込んだ。
『――空間座標の正常化を確認。特務遊撃パーティの皆さん、聞こえますか!』
通信機から、ノイズ混じりではあるものの、東雲慧の切羽詰まった声が響いた。
「東雲さん!」
「特異点が完全に消滅したことで、地球の魔力流動が正常に戻りました! 今、そちらの座標へ向けて、本部から『強制帰還用の国際ポータル』を開きます!!」
東雲の言葉と同時に、崩れゆく闘技場の中央に、青白く発光する巨大な空間のゲートが出現した。
「ハッハッハ! 地獄に仏とはこのことだぜ! 野郎ども、急いで飛び込め!!」
レオンが、拓也を小脇に抱えたままゲートへ向かって駆け出す。
「遅れるなよ、オッサンども!」
「言われるまでもないッ!!」
神宮寺、カルロス、風間、九条、不知火、瀬戸。
極星の大人たちが、崩落して虚空へと吸い込まれていく城の欠片を躱しながら、次々と青白いゲートの中へと飛び込んでいく。
「……姉さん」
レオンの腕の中で、意識を取り戻しかけていた拓也が、薄れゆく視界の中で空を見上げた。
太陽の光を浴びながら、粉々に砕け散っていく漆黒の逆さ城。
それは、長く苦しかった戦いの終わりを告げる、美しくも儚い終焉の光景だった。
すべて終わったのだ。
世界を覆っていた絶望は払われ、姉の魂を縛っていた鎖はすべて断ち切られた。
(これで、やっと……姉さんを、起こせる……)
拓也は、その確かな安堵と共に、心地よい疲労と治癒の魔力に包まれながら、深い眠りへと落ちていった。
――シュゥゥゥゥゥゥンッ!!
空間の歪みを抜け、日米南米の合同遠征軍が降り立った場所。
そこは、見慣れた日本探索者協会の本部、広大な帰還フロアだった。
「オオオオオオオオオオオッ!!!!」
「英雄たちの帰還だァァァッ!!!」
「世界が……世界が救われたぞォォォォォッ!!!!」
フロアを埋め尽くすほどの協会職員、各国の探索者たち、そして政府の高官たちが、割れんばかりの拍手と歓声、そして歓喜の涙で彼らを迎え入れた。
エジプト、ヴェネツィア、アマゾン、南極、そして天空。
絶望的な七つの特異点をすべて破壊し、世界を救った最強のパーティ。
レオンやカルロスたちが、疲労困憊ながらも誇らしげに拳を天に突き上げる。
人類の長きにわたる死闘は、ここに完全なる勝利を以て幕を閉じたのである。
そして。
世界を救った少年指揮官は、仲間たちの温かい歓声に包まれながら、静かな眠りの中で、最愛の姉との再会を夢見ていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
ついに第一魔卿バエルを討ち果たし、第七の特異点「天空の冥城」を攻略しました!
崩壊する城からの間一髪の脱出、そして地上での大歓声の帰還。
これにて、長かった「第三章:世界の崩壊と魂の誓い編」の特異点破壊ミッションはすべて完了となります。
本当に、ここまで彼らの過酷な戦いを応援していただき、ありがとうございました!
次回はついに……ずっとポッドの中で眠っていた最愛の姉・如月三月が目を覚まします!
もし「最高だった!」「世界を救ってくれてありがとう!」と思っていただけましたら、
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次回、感動の再会編。ご期待ください!




