第221話:飽和する破壊、極星の猛攻と神殺しの解析
「オラァァァァァッ!! 行くぞ野郎ども!! 究極の力技を見せてやるぜ!!」
アメリカ最強のSランク、レオン・カーターの咆哮が、虚無の空間に響き渡った。
如月拓也の「バエルの処理能力をパンクさせろ」という号令を受け、日米南米の極星たちは一斉に散開し、すり鉢状の闘技場を駆け巡る。
『……無駄だと言っている。どれほど数が群れようと、塵は塵に過ぎない』
第一魔卿バエルが、退屈そうに指先を振るう。
その瞬間、レオンの進行方向にある空間そのものが「無」へと書き換えられ、巨大な消滅の断層が生まれた。
「遅えよ!!」
だが、レオンは消滅の断層が発生するコンマ数秒前、すでに軌道を急激に逸らしていた。
拓也の右眼の『深層言語・限定解析』が、バエルの魔力流動から「次に消滅させる座標」を完全に先読みし、通信機を通じてレオンの脳内に直接届くようなタイミングで回避指示を出しているのだ。
「オラァッ!!」
レオンが、死角からバエルの側頭部へ向けて巨大な魔剣を振り下ろす。
『……』
バエルが視線を向ける。それだけで、魔剣の刃先から根元に向かって、音もなく消滅の事象が走り始めた。
「チィッ!!」
レオンは咄嗟に魔剣を手放し、後方へ跳躍する。
国宝級の魔剣が、バエルの数メートル手前で完全に虚無へと消え去った。
だが、レオンの攻撃は「本命」ではない。
「よそ見してんじゃねえぞ、引きこもり!!」
バエルがレオンの魔剣を消滅させた、まさにそのコンマ一秒の隙。
反対側から、南米の総司令カルロス・リベラが肉薄していた。
愛用の巨大戦斧を失ったカルロスだが、彼の両手には、南米の密林を生き抜くための巨大なサバイバルナイフ(マチェーテ)が二本、逆手に握られていた。
全身の筋肉を限界まで膨張させたカルロスが、暴風のような連続斬撃をバエルへと浴びせる。
『……鬱陶しい』
バエルが小さく顔をしかめ、カルロスのマチェーテを空間ごと消し飛ばそうとする。
「させねえよ!! 『絶氷・百連牙』!!」
バエルの意識がカルロスに向いた瞬間、上空から風間蓮が降下し、極低温の冷気を纏った無数の槍の突きを雨あられと降り注がせた。
物理的な斬撃と、絶対零度の冷気。全く異なる二つの事象が同時にバエルを襲う。
『……消えろ』
バエルは両手を広げ、自身の周囲の空間ごと、カルロスの刃と風間の冷気を一挙に無へと還した。
しかし、その防壁のさらに「外側」では、すでに日本のトップ魔術師が極大の魔法陣を展開し終えていた。
「俺の最大火力が消されるなら……消しきれねえほどの数を撃ち込むまでだ!!」
九条炎樹が、両目を見開き、全身の血管を浮き上がらせながら咆哮する。
「『極大殲滅魔法・千の流星』ェェェッ!!」
九条の両手から、一つ一つが街を丸ごと焼き尽くすほどの威力を持った「巨大な炎の球」が、数百、数千という数で生み出され、全方位からバエルへ向けて一斉に降り注いだ。
さらに。
「……八咫烏、起爆」
不知火凛の静かな号令と共に、暗殺者たちが虚無の空間にばら撒いていた無数の「起爆符」が、九条の炎と連動して一斉に大爆発を起こす。
物理的な質量、極低温の冷気、超高温の炎、そして爆発の衝撃波。
世界最高峰のSランク探索者たちが、自身の持てるすべての火力を、一切の出し惜しみなく、全く異なるベクトルから同時に叩き込み続ける。
ズガガガガガガガガガガガガガガッ!!!!
虚無の空間が、極星たちの放つ極彩色の力によって埋め尽くされ、凄まじい轟音と閃光が吹き荒れる。
『……愚かな。これほど無意味な力の浪費があるか』
バエルの声が、爆音の中でもはっきりと響く。
彼の周囲では、九条の炎も、爆発の衝撃波も、すべてがバエルに届く数メートル手前で「消滅」し続けていた。
いかなる飽和攻撃であろうとも、バエルの処理能力はそれらを正確に無へと書き換えていく。
だが。
陣形の中央で、神宮寺蒼太の大盾と瀬戸玲奈の結界に守られながら、如月拓也の右眼は決して絶望に染まることはなかった。
(……見えている。バエルの『消滅の事象』は、魔法や物理法則を無視した神の力だ。……でも、それを引き起こしているのは、あくまでバエル自身の「認識」と「魔力による世界の書き換えプロセス」に過ぎない!)
拓也の脳細胞が、限界を超えてフル回転する。
バエルの眼球の微かな動き、指先の魔力の収束、空間の座標データ、消滅事象が発生するまでのコンマ数秒のタイムラグ。
膨大な情報量が、スーパーコンピューターなど及びもつかない速度で拓也の脳髄を駆け巡る。
魔法的な力ではない。これは、彼がこれまでの人生で血を吐くような思いをして詰め込んできた戦術知識と、極限の集中力、そして「脳の限界を無視する」という命を削る行為によってのみ成立している、狂気の処理能力だった。
「……ぐ、ぅぅッ……!」
拓也の鼻から、とめどなく血が流れ落ち、耳からも一筋の赤い線が伝う。
脳の毛細血管が悲鳴を上げている証拠だ。
しかし、最愛の姉・三月の魂を救うという強烈な執念が、彼に決して思考を止めることを許さない。
(……遅れている。九条さんの炎を消滅させる処理に魔力のリソースを割いた結果、風間さんの冷気を消すタイミングが、さっきよりも0.02秒遅れている!)
拓也の青く発光する右眼が、バエルの絶対防壁に生じた、目に見えない「プログラムの遅延」を完璧に捉えた。
「皆さん!! 攻撃の手を緩めないで!! 奴の処理が、確実に追いつかなくなっています!!」
拓也の叫びが、通信機を通じて極星たちの闘志をさらに燃え上がらせる。
「ハッハッハ! 聞いたかテメェら! 神様のパソコンがフリーズしかけてるってよ!!」
レオンが、予備の魔剣を引き抜きながら猛然と突進する。
「なら、完全にぶっ壊れるまでエンターキーを連打してやるだけだぜェェッ!!」
カルロスが、素手となった両拳に極限まで闘気を込め、空間ごと殴り飛ばすような連撃を放つ。
「死ぬ気で魔力を絞り出せ!! 俺たちの熱で、あの冷めたツラを歪ませてやるんだよ!!」
九条と風間が、鼻血を流しながらも、一切の防御を捨てて魔法を放ち続ける。
『……チッ』
ついに。
バエルの端正な顔が、微かな「焦燥」に歪んだ。
処理が追いつかない。
彼からすれば、羽虫の群れが同時に無数の羽音を立てているようなものだ。一つ一つは容易く消し去れるが、その数が限界を超え、さらにそれぞれが全く異なる法則で襲い掛かってくるため、世界を「無」に書き換えるための計算式が飽和し始めたのだ。
『これ以上、不快な熱を撒き散らすな……!!』
バエルが、苛立ちと共に大きく両手を広げた。
個別撃破の処理を諦め、自身を中心に半径百メートル以内の空間を、無差別にすべて『全消滅』させる広域魔法へと切り替えたのだ。
「来ます!! 全方位の空間消滅!!」
拓也の眼が、空間の魔力構造が崩壊する兆候を捉え、絶叫する。
「神宮寺さん、瀬戸さん! 俺たちの周囲、半径一メートルだけに全結界を圧縮してください!! 他の空間は捨てていい!!」
「承知ッ!! 『絶氷・極限大城壁』!!」
「『白銀の浄化陣・絶対聖域』!!」
神宮寺と瀬戸が、広範囲の防御を捨て、拓也たちを守るためだけの極小の結界を展開する。
レオンたち前衛も、攻撃を即座に中断し、拓也の周囲へと神速で帰還して結界の内側へと飛び込んだ。
直後。
バエルの放った全消滅の波動が、闘技場を丸ごと飲み込んだ。
ズォォォォォォォォォォンッ!!!!
音すらも消滅する絶対的な無の空間。
光も、熱も、瓦礫も、すべてが漆黒の虚無へと還っていく。
しかし、神宮寺と瀬戸が極限まで圧縮した「一点防衛の結界」だけは、その圧倒的な消滅の荒波に耐え、奇跡的に合同遠征軍の存在を繋ぎ止めていた。
『……しぶとい。だが、これで終わりだ』
バエルが、結界の中で息を上げる拓也たちを見下ろし、冷酷に告げる。
全消滅を放ったことで、バエルの周囲の空間は完全にクリアになり、極星たちの飽和攻撃は完全にリセットされてしまった。
だが。
「……ええ。これで終わりです」
結界の中心で。
如月拓也は、血に染まった顔のまま、ゆっくりと立ち上がった。
その眼帯の下の青い瞳は、極度の疲労に霞むどころか、太陽のようにギラギラと強烈な光を放っていた。
「バエル。……お前が全消滅という『大技』を使ったことで、お前の体内にある巨大な魔力回路の処理能力は、一瞬だけ完全に底をついた」
『……何?』
「俺は、この瞬間を待っていたんです」
拓也は、腰のホルスターから、一本の短い銀の刃――『絶理の銀刃』を静かに引き抜いた。
「レオンさん、カルロス司令! お二人の残りの全筋力を、俺の背中に叩き込んでください!」
「なっ……!?」
レオンとカルロスが驚愕する。
「俺の脚力じゃ、奴の隙が埋まる前に間合いを詰め切れない。……だから、俺を『弾丸』にして、バエルの懐まで撃ち出してください!」
「本気かよ若大将!? 俺たちの全力の蹴りを受けたら、テメェの身体が……!」
「鉄山さんのスーツ(天照)が守ってくれます! それに、ここで決めなきゃ、全滅するのは俺たちだ!!」
拓也の血を吐くような叫びに、極星の大人たちの顔つきが変わった。
「……分かった。歯を食いしばれよ、指揮官殿!!」
「あの世に逝くんじゃねえぞ!!」
レオンとカルロスが、拓也の背中にある『天照』の極厚の装甲部分へ向けて、凄まじい筋力を込めた蹴りを同時に放った。
ドガァァァンッ!!
「が、はァッ……!!」
内臓が潰れるような強烈な衝撃。
しかし、スーツの衝撃吸収システムと、拓也の極限の意志がそれを耐え抜く。
拓也の小さな身体は、音速を超える砲弾となって、バエルの懐へと一直線に射出された。
『……愚かな。自ら死に飛び込んでくるとは』
バエルが、迫り来る拓也を消滅させようと指先を向ける。
だが、全消滅の大技を放った直後のバエルの処理システムは、まだ完全に再起動していなかった。
コンマ数秒の、致命的なタイムラグ。
そのほんのわずかな隙間を。
拓也の右眼の『深層言語・限定解析』が、完璧に捉えていた。
「俺たちの明日を……勝手に終わらせるなッ!!」
バエルの防壁が完全に展開されるよりも速く。
拓也の握りしめた『絶理の銀刃』が、バエルの胸の中央――世界から魔力を吸い上げている『第七の楔』の魔力回路へと、深く、鋭く突き刺さった。
「『絶理・断線』ッ!!!!」
ジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!
魔力を持たない少年の、純粋な戦術と執念の刃。
それが、冥淵の頂点に君臨する神の如き魔王の、最も重要な「存在の継ぎ目」を、確実に焼き切った。
『――――な……ッ!?』
バエルの深淵のような瞳が、初めて大きく見開かれ、驚愕に染まった。
絶対的な破壊の魔王に、人間の放つ起死回生の一撃が、深々と突き立てられた瞬間だった。
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