第220話:冥淵の頂点、第一魔卿バエルと完全なる崩壊
ギギギギギギ……ッ!!
漆黒の魔力が渦巻く巨大な扉が、重々しい地鳴りを立てて開け放たれた。
如月拓也をはじめとする日米南米の極星たちが、武器を構えながらその先へと足を踏み入れる。
しかし、扉の奥に広がっていたのは、彼らが想像していたような「城の部屋」ではなかった。
「……なんだここは。宇宙空間にでも放り出されたのか?」
風間蓮が、信じられないものを見るように上空を見上げた。
そこは、壁も天井も存在しない、無限に広がる『虚無の空間』だった。
足元には、すり鉢状に形成された巨大な漆黒の円形闘技場のような広場があるのみ。
周囲の空間には、地球上から吸い上げられた莫大な魔力がドス黒い雲となって渦を巻き、絶え間なく赤い雷光を瞬かせている。
まさに、世界を崩壊させるための巨大な魔法陣の「中心」そのものであった。
そして、そのすり鉢状の広場の中央。
宙に浮くようにして存在する『ひび割れた黒曜石の玉座』に、一人の男が足を組んで座っていた。
第一魔卿バエル。
冥淵の頂点に君臨し、純粋なる破壊と崩壊の概念を司る最強の魔王。
その姿は、おぞましい怪物でも、巨大な魔獣でもなかった。
漆黒の髪を無造作に伸ばし、深淵のように暗い瞳を持った、二十代半ばほどの青年の姿。
身に纏っているのは、装飾の一切ないシンプルな黒い外套だけだ。
だが、その男が存在しているというただそれだけで、周囲の空間が「キシキシ」と悲鳴を上げ、光すらも歪んで吸い込まれていくような、圧倒的で絶対的な『死のプレッシャー』が放たれていた。
『……ようやく辿り着いたか。愛すべき、星の塵どもよ』
バエルが、退屈そうに頬杖をついたまま、静かに口を開いた。
その声は決して大きくないにも関わらず、空間そのものを震わせ、拓也たちの鼓膜と心臓を直接撫で上げるように響き渡った。
「テメェが、バエルか。……ずいぶんと小奇麗なツラをしてやがるじゃねえか。もっとドス黒いバケモノを想像してたぜ」
アメリカ最強のSランク、レオン・カーターが、巨大な魔剣を肩に担ぎながら獰猛な笑みを浮かべる。
『外見など、ただの器に過ぎない。……アスタロトのような過剰な装飾も、グラキエスのような偏執的なこだわりも、私には必要ない』
バエルが、ゆっくりと玉座から立ち上がる。
『私は、ただ純粋に「終わらせる」ためだけに存在する。……君たちがどれほど足掻き、絆を紡ぎ、奇跡を起こそうとも。すべてはやがて崩れ去り、無に還る。それが、この宇宙の絶対的な法則だからだ』
「知ったことかよ。俺たちは、明日を笑って生きるために今日を戦ってんだ。……テメェの理屈なんざ、俺の戦斧でまとめて粉砕してやる!!」
南米の総司令カルロス・リベラが、堪えきれないといった様子で咆哮を上げ、凄まじい跳躍でバエルへと向かって突進した。
「オラァァァァァッ!!」
カルロスの放つ、純粋な物理的破壊の極致。
崩壊の騎士たちの武器とは違い、バエル本体には「触れてはいけない」という法則はないはずだ。
空間をも切り裂く勢いで振り下ろされた戦斧が、バエルの頭上へと真っ直ぐに迫る。
だが。
『……脆い』
バエルは、迫り来る戦斧を見上げることもなく、ただ小さく指を鳴らした。
パチン。
その瞬間。
「……なっ!?」
カルロスの目が見開かれた。
激突音は、なかった。
反発も、火花も、衝撃も、何一つ発生しなかった。
カルロスの持つ、国宝級の防魔合金で鍛え上げられた巨大な戦斧。
それが、バエルの頭上数メートルの空間に触れた瞬間、先端から「音もなく」消滅したのだ。
砂のように崩れ落ちたのではない。
分子の結合が解かれたのでもない。
ただ、消しゴムで文字を消されたかのように、空間ごと『無』へと還されてしまったのである。
「カルロス司令、離れてッ!!」
陣形の中央から、如月拓也が血を吐くような絶叫を上げた。
カルロスは咄嗟に戦斧の柄を手放し、空中で身を捻って後方へと跳躍する。
その直後、カルロスが先ほどまでいた空間の「真下」から、巨大な黒い亀裂が走り、床の黒曜石が円形に丸ごと『消滅』した。
もし拓也の指示がコンマ一秒でも遅れていれば、カルロスは自身の得物ごと、この世界から完全に消し去られていただろう。
「ハァッ……ハァッ……! な、なんだ今のは……!?」
着地したカルロスが、滝のような冷や汗を流しながら、空っぽになった両手を見つめる。
「……次元が、違います」
拓也は、右眼を覆う眼帯を押さえ、その下で猛烈な光を放つ青き瞳でバエルを視据えながら、震える声で告げた。
「先ほどの『崩壊の騎士』たちが使っていたのは、高周波の振動で物質を分解する物理的な現象でした。……でも、バエルの力は違う」
拓也の右眼の『深層言語・限定解析』が、バエルの周囲に展開されている不可視の魔力構造を捉え、脳内に叩き込んでくる。
あまりの規格外の構造に、拓也の脳細胞が悲鳴を上げ、鼻から一筋の血が流れ落ちた。
「奴の周囲には、物質、魔力、空間……あらゆるものの『存在確率』をゼロに書き換える、純粋な『消滅の事象』が展開されています! ……触れれば分解されるんじゃない。触れたという事実ごと、この世界から消し飛ばされるんだ!」
「存在ごと消し飛ばすだと……!? 冗談じゃねえ、そんなもんどうやってダメージを与えりゃいいんだよ!」
風間が、顔を青ざめさせながら槍を構える。
「物理的な接触が駄目なら、遠距離から俺の炎で空間ごと焼き尽くしてやる!!」
日本のトップ魔術師・九条炎樹が、両手に全魔力を集束させ、極大の炎のレーザーをバエルへ向けて放った。
「『極大殲滅魔法・一点突破』ッ!!」
グラキエスの絶対零度すらも貫いた、九条の最高火力の魔術。
それが、光の束となってバエルの胸元へと一直線に突き刺さろうとする。
しかし。
『……うるさい光だ』
バエルが、面倒くさそうに片手をスッと横に払った。
シュゥゥゥンッ。
空間が歪む音と共に、九条の放った極大の炎のレーザーが、まるで何かの「巨大な口」に飲み込まれたかのように、バエルの目の前でプツンと途切れ、完全に消滅してしまった。
「なっ……!? 俺の最大火力が、相殺されるどころか『なかったこと』にされやがった……!」
九条が、驚愕に目を見開いて立ち尽くす。
『物理的質量も、魔力的エネルギーも、私にとっては等しく無価値だ。……どれほど強大な力をぶつけようと、私はそれを受け止めることすらしない。ただ「終わらせる」だけだ』
バエルが、ゆっくりと右腕を天に掲げる。
上空に渦巻くドス黒い魔力雲から、規格外の太さを持った赤い雷霆が、バエルの手のひらへと集束していく。
『さあ、消え去るがいい。……この美しい虚無の星の、最初の塵として』
「マズい……! 防御も回避も不可能な、絶対的な消滅の範囲攻撃が来ます!!」
拓也が、限界を超えた脳の処理速度で、バエルの放とうとしている魔法の『着弾点』を予測し、絶叫する。
「神宮寺さん、瀬戸さん! 俺の指定する座標の『斜め上』に、すべての結界を集中させて!」
「承知ッ!!」
「はいっ!!」
神宮寺の大盾と瀬戸の白銀の杖が、拓也の指定した空中の無意味な座標へ向けて、極大の防壁を展開する。
直後。
バエルの手のひらから、すべてを無に還す『崩壊の赤雷』が、合同遠征軍へ向けてドーム状に放たれた。
ズガガガガガガガガガガガッ!!!!
広大なすり鉢状の床が、雷に触れた端から音もなく消滅していく。
しかし、神宮寺と瀬戸が展開した結界だけは、拓也の計算通り『空間の歪みの死角』に配置されていたため、崩壊の赤雷の直撃を免れ、間一髪で全員の存在を繋ぎ止めていた。
「ハァッ、ハァッ……! 間一髪だったぜ……! だが、こんなもん、防ぎ続けるのは不可能だぞ!」
レオンが、消滅して巨大なクレーターとなった足元を見て悪態をつく。
「……ええ。防戦一方では、絶対に勝てません」
拓也は、鼻血を拭いもせず、青く発光する右眼でバエルの『深層』を睨みつけ続けていた。
いかなる物理も魔法も、触れた瞬間に存在ごと消し去る絶対的な「崩壊の概念」。
しかし、どんな理不尽な神の力であろうとも、それが魔力によって行使されている以上、必ず「システム」としてのルールが存在する。
(バエルの力は、無限じゃない。……あれだけの消滅事象を引き起こすためには、必ず『対象を認識し、事象を書き換えるためのプロセス』が存在するはずだ!)
拓也の脳細胞が、極限の負荷に耐えながら、第一魔卿の力の「プログラムの穴」を全力で探し当てようとフル回転する。
最愛の姉を救い出す。その強烈な執念だけが、彼の意識を現実に繋ぎ止めていた。
「皆さん……!」
拓也の静かな、しかし確かな反撃の意思を孕んだ声が響く。
「バエルの『消滅の事象』には、コンマ数秒の『ラグ』があります! 奴は、同時に処理できる情報の量に限界があるんです!」
その言葉に、極星の大人たちが一斉に顔を上げた。
「情報量の限界……! つまり、奴が消しきれないほどの『飽和攻撃』を仕掛ければ、防壁を抜けられるってことか!」
風間が槍を構え直し、獰猛な笑みを浮かべる。
「その通りです! 物理、魔法、冷気、炎……すべてを同時に、異なる座標から絶え間なく叩き込み続けてください! 奴の処理能力をパンクさせるんです!」
拓也は、短剣『絶理の銀刃』を引き抜き、その鋭い切っ先をバエルへと向けた。
「俺が、奴の処理の隙間を視抜きます! どんな理不尽な魔王だろうと、俺たちの『連携』で必ず引きずり下ろす!!」
「オラァァァァァッ!! 行くぞ野郎ども!! 究極の力技を見せてやるぜ!!」
レオンの咆哮と共に、極星の大人たちが一斉に散開し、バエルへ向けて全方位からの同時飽和攻撃を開始した。
冥淵の頂点、第一魔卿の絶対的な「崩壊」に抗うため。
少年指揮官の極限の頭脳と、人類最高峰の大人たちの絆が、最後の限界突破へと挑む。
いよいよ物語は最高潮!
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次回もどうぞお楽しみに!




