第二十二話:疑念の残滓と、賢者の提言
朝日が団地の壁を照らし、穏やかなオレンジ色の光がリビングを満たしていた。昨日、非常階段で対峙した協会調査員たちの姿はどこにもない。しかし、三月の肌には、彼らが放っていた冷徹な「プロの探索者」としての気配が、今も焼印のように残っていた。
(……彼らは、私の何を探りに来たの?)
昨日、彼らが口にした「異様な成長」という言葉。もし、自分のステータスの異常さや、短期間での階層突破がバレれば、協会は彼女を管理下に置こうとするだろう。探索者にとって、ギルドへの登録情報は絶対だ。しかし、彼女の能力は、その枠組みを完全に逸脱している。
朝食後、三月は早々に家を出た。向かう先は『黒鉄堂』。
この店主、鉄山厳だけは、三月の持つ「異常な力」の一端を直感的に察している数少ない人物だ。
店に入ると、いつものように無骨な店主がカウンターで作業をしている。
「……鉄山さん。話がある」
三月は周囲を警戒し、声を落とした。鉄山は作業を止め、重厚なカウンター越しに彼女と向き合う。
「協会の連中に目をつけられた。私の『成長の早さ』について、昨夜、調査員が探りを入れてきている」
鉄山は隻眼を細め、フッと鼻を鳴らす。
「お嬢ちゃん、お前さんは力が強すぎる。筋力自慢の探索者ならともかく、あの『魔鉄の塊剣』を平然と振り回すのは、Fランクの範疇じゃねえ。……協会も、FランクがDランクの連中を差し置いて強敵を狩ってることに、疑問を抱かないほど無能じゃねえからな」
鉄山は、彼女の「魂喰い」そのものは知らない。だが、彼女の圧倒的な筋力や、戦いの中で身につけた規格外の戦闘技術が、普通の新人とは一線を画していることは見抜いていた。
「……私は、ただの探索者として振る舞いたい。でも、今のままじゃ隠し通せない」
「隠す? バカを言え。お嬢ちゃん、隠せば隠すほど、奴らは疑う。なら、逆だ。徹底的に『利用』してやれ」
「利用……?」
「ああ。協会ってのは、管理と成果を重んじる場所だ。お前さんのような『規格外』は、放っておけばただの危険分子だが、組織に組み込んでしまえば『貴重な戦力』になる」
鉄山はカウンターを叩いた。
「お前さんの『異常な成長』を、ただの幸運か、あるいは『迷宮で拾った希少な魔導具の効果』によるものだと誤魔化せ。武器や防具の出所は、俺が裏でうまく帳簿を合わせておく。お前さんは表舞台で、誰も文句を言えないほどの戦果を叩き出せばいい」
「……私が、協会の『看板』になる……」
「そうだ。そうすれば、お前さんの素性を洗うような真似は、協会の上層部が止めるようになる。あいつらは、有望な新人を囲い込みたがるからな。……いいか、協会を敵に回すんじゃねえ。あいつらを巨大な盾にして、家族を守るんだ」
その言葉は、三月にとってまさに「霧が晴れる」ような啓示だった。
ただ怯えて隠れ、日常を守るために息を潜めていた自分が、どれほど脆い立場にいたのか。
「……やってみる。私を、利用できるものなら、好きにさせてあげるわ」
「その意気だ。お嬢ちゃん、今日からお前さんはただのFランクじゃねえ。協会が目を離せない『期待の星』だ。多少目立つことをしても、実績さえあれば奴らは黙る」
店を出た三月は、決意を新たにギルドへと向かった。
もはや恐怖はない。自分を調べようとする協会の調査員たちを、逆に自分の踏み台にしてやる。
彼女は漆黒のコートの裾を翻し、迷宮の入り口へと向かう足取りに、かつてないほどの力を込めた。
(待ってなさい。あんたたちが私を調べたいなら、調べればいい。その先に待っているのは、ただの新人じゃなくて……私のために動かされる協会なんだから)
ギルドの門をくぐる彼女の瞳は、もう迷うことはない。
三月の本当の意味での「探索者としての挑戦」が、今、ここから始まる。
第二十二話をお読みいただき、ありがとうございました!
鉄山親父の視点では「三月の正体(魂喰い)」は不明ですが、彼女の「力の強さと急激な成長」がFランクとしては異常であることは確信しています。その点を指摘しつつ、協会との上手な付き合い方をアドバイスしてもらいました。
「隠す」から「利用する」へ。強かさを身につけた三月は、この後ギルドでどのような行動をとるのでしょうか。
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それでは、第二十三話でお会いしましょう!




