第二十一話:静寂の威圧、鋼鉄の拒絶
非常階段の暗がりに立ち、三月は男たちを凝視していた。
案内板を深々と突き刺した衝撃音に、痩身の男が険しい顔で魔剣を構え、大柄な男は不敵な笑みを浮かべてその場に踏みとどまる。
「……随分とやるじゃないか。裏通りの小僧か何かか? 協会の調査にちょっかいを出すのがどういう意味か、わかってやってるんだろうな」
大柄な男の指先から、バチバチと小さな火花が散る。どうやら電気系の魔力適性持ちらしい。
(二人とも、Dランク以上は確実……)
『気配察知(微)』が、彼らの魔力回路の異常な活性化を伝えてくる。
今の三月には、彼らの魔力の流れが手に取るように見える。次に彼らがどこへ手を伸ばし、どういう角度で攻撃を仕掛けてくるか――すべてが予知のように脳裏に浮かぶ。
「警告は一度だ」
三月はわざと声を低く、腹の底から響かせるように言った。
フードの下で、彼女の瞳が冷たく光る。
「その部屋の主は、今夜はいない。これ以上踏み込めば、お前たちの身体に何が起きるか……保証しない」
「ハッ、脅しにもなってねえよ!」
大柄な男が、爆発的な速度で距離を詰めてきた。
その拳に雷撃が纏わりつく。まともに食らえば、団地の壁ごと三月は吹き飛ばされるだろう。
だが――。
(遅い)
三月は動かなかった。回避も防御もしない。
ただ、右手を軽くかざし、『磁力操作(微)』を一点に集中させる。
彼女が狙ったのは、男が纏う電気を帯びた魔力を「操作」することではなく、男の靴の裏にある金具、そして周囲の手すりに使われている鉄骨だった。
「――っ!?」
突進の最中、男の身体が不自然に捩れた。
三月が構築した磁場が、男の靴の金具を強引に引き寄せ、床の鉄製グリッドに張り付けたのだ。
勢い余った男の身体が、物理法則を無視したように空中で回転し、バランスを崩して壁に激突する。
「なっ……!?」
痩身の男が驚愕して硬直する。
今の技に、魔力的な攻撃は何一つ含まれていない。ただの物理的な、しかし精密な磁場干渉。
「帰れ。二度はない」
三月は一歩、暗闇から踏み出した。
漆黒のコートが揺れる。彼女が足元に集中させた『怪力(中)』の余波で、コンクリートの床にクレーターができた。
その威圧感は、深夜の廊下を支配する。男たちにとって、目の前の存在は「Fランク」どころか、自分たちを遥かに凌駕する上位存在に見えたはずだ。
「……分かった。今日は引き下がろう。だが、覚えとけ。この街で協会に逆らって無事でいられる奴なんていないぞ」
大柄な男が壁から這い出し、苦虫を噛み潰したような顔で痩身の男に合図を送る。
二人は忌々しげに三月を睨みつけ、足早にエレベーターへと向かった。
三月は彼らが完全に階下へ降りるまで、その場を動かなかった。
背中に冷や汗が流れる。
もし、彼らが本気で戦闘を仕掛けてきていたら。
もし、ここで家族が出てきてしまっていたら。
(……勝てた。でも、これはあくまで時間稼ぎ)
彼らはまた来るだろう。協会が本気で動き出せば、こんな小細工は通用しない。
だが、今の彼女には迷いなどなかった。
家族を守るためなら、たとえ探索者協会という巨大な組織が相手であっても、排除するまでだ。
彼女は、少しだけ荒くなった呼吸を整えると、家族の待つ部屋へと戻った。
ドアを静かに開け、中を覗く。
食卓の上には、食べかけの皿が並んだままだ。
父の咳の音、母の鼻歌、拓也が鉛筆を動かす音。
その何気ない風景を眺めながら、三月は深く、深く息を吐き出した。
この団地の平穏を、何者にも壊させはしない。
彼女は心の中で強く誓い、一人静かに自室へと戻った。
明日、自分を取り巻く状況がどれほど激変しようとも、家族にハンバーグを食べさせる日常を守るために。
彼女にとっての「戦い」は、迷宮の中だけで完結するものではなくなっていたのだ。
第二十話(改訂版・第二十一話)をお読みいただき、ありがとうございました!
正体を探る男たちを、あえて「戦わずして」退けた三月。
あくまで「住人は不在」と言い張り、決定的な戦闘を避けることで自身の正体を隠し通そうとする彼女の知略が光る回でした。しかし、協会を敵に回すという火種は確実に燻り始めています。
家族の日常を守るため、彼女はどこまでその強さを隠し、あるいは隠し通せるのか。
迫りくる日常の危機と、彼女の決意に、ぜひご注目ください!
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それでは、第二十二話でお会いしましょう!




