第二十話:深夜の来訪者と、黒鉄の拒絶
カーテンの隙間から見下ろす深夜の駐車場。
高級黒塗り車の傍らに立つ二人の男は、街灯の光を背負って立っていた。一人は痩身で鋭い眼光を放ち、もう一人は大柄で、無造作に組まれた腕には異様な厚みの『魔力』が渦巻いている。
(……この気配、尋常じゃない)
『気配察知(微)』が警鐘を鳴らし続けている。
彼らは迷宮に潜む魔獣とは違う。人間特有の、しかし洗練された殺気と、冷徹な秩序の匂いがした。
探索者協会の監査官か、あるいはもっと別の、裏社会の組織か。
男の一人が通信機を収め、三月の住む棟の入り口へと歩き始める。
確信を持って、彼女の部屋があるフロアを目指している。
三月は瞬時に判断した。
この場所で彼らと対峙してはならない。家族に気配を感じ取られれば、自分の正体がバレる――いや、最悪の場合、彼らを巻き込んでしまう。
三月は音もなく窓を開け、夜の冷たい空気に身を投げ出した。
『俊敏(中)』の身体能力を使い、団地の外壁を滑るように移動する。影に紛れ、足音を完全に消して、男たちとすれ違うようにして地上へと降り立った。
着地と同時に、彼女は周囲の気配を殺す。
男たちはエレベーターホールへと消えた。
(……今だ)
三月はあえて彼らの背後、少し離れた位置にある非常階段の踊り場に身を潜めた。
彼らの会話が、微かに耳に届く。
「……資料によれば、ここだ。如月三月、十八歳。最近、Fランクでありながら異様なペースで魔石を持ち込んでいる」
「へえ。たかがFランクのゴミ虫が、どんな裏技を使ってるんだか。協会も暇だよな、こんなガキの調査を押し付けてきて」
大柄な男が吐き捨てるように笑う。
その言葉を聞いた瞬間、三月の心の中で、迷宮の奥底で飼い慣らしているはずの「獣」が小さく咆哮した。
(裏技……? 彼らは私の力を、何か勘違いしている)
彼らは「不自然な成長」の正体を探りに来たのだ。もしここで、捕食の事実や『魂喰い』の正体が露呈すれば、家族の平穏は終わる。
協会による身柄拘束、あるいは組織による人体実験の対象。
最悪の未来が走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
「……おい、本当にこの階か?」
痩身の男が、三月の部屋のドアの前で足を止めた。
彼らは鍵を開けようと、特殊な魔導デバイスをドアノブに当てがう。
三月は、その光景を踊り場の影から見つめていた。
手に汗が握られる。黒鉄の大剣は、部屋の中に隠したままだ。
だが、今の彼女には剣がなくてもいい。
掌の中に、微かな『磁力』を練り上げる。
踊り場に落ちていた古びた消火器の留め金、エレベーターの鉄の枠、そして彼らが持つ通信機。
(……家族を守るためなら、私は何にだってなる)
「待て」
三月は姿を現さず、階段の奥から声をかけた。
あえて低く、男のように響く声で。
「……誰だ?」
男たちが一斉に振り返る。
暗闇の中から、三月は漆黒のコートのフードを目深に被り、殺意のすべてを抑え込んで彼らを見据えた。
『堅牢(中)』が全身を鋼鉄のように硬化させ、心臓の鼓動を完全にコントロールする。
「そこまでだ。……その部屋の住人なら、今夜は留守だよ」
「……何者だ、貴様。探索者協会の調査に干渉するつもりか?」
痩身の男が懐から小型の魔剣を取り出す。
三月は無表情のまま、男たちの背後のエレベーターホールに配置された、鉄製の案内板を磁力で弾いた。
キィィィンッ!という鋭い音と共に、案内板が男たちの頭上を掠め、壁に深々と突き刺さる。
「……私の言葉が、聞こえなかったか?」
冷徹なその声に、二人の男の表情から余裕が消え去った。
三月は、彼らが決して家族のドアに触れさせないよう、圧倒的な力の片鱗を見せつけながら、更なる言葉を続けた。
第二十話をお読みいただき、ありがとうございました!
ついに正体を探る男たちが接触してきました。家族を守るため、三月は自らの素性を隠したまま、探索者協会の(らしき)男たちと対峙します。
剣を持たない状態での、初の実戦的な「交渉(という名の威嚇)」。彼女の『磁力操作』と『堅牢』が、プロの探索者を相手にどれだけ通用するのでしょうか。
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それでは、第二十一話でお会いしましょう!




