第218話:天空の冥城、崩壊の概念と極星の進撃
ッ!!!!
高度二万メートルの成層圏。
第一魔卿バエルが支配する『天空の冥城』の絶対防壁を、極星たちを乗せた特装強襲艇『天貫』が、物理的な質量と推進力で強引にぶち破った。
凄まじい衝撃と共に、巨大な鉄の弾丸である天貫は、漆黒の城の分厚い外壁に深々と突き刺さり、完全に沈黙した。
「……オラァッ!! 邪魔だ、開けやがれェェッ!!」
ひしゃげた天貫のハッチを、アメリカ最強のSランク、レオン・カーターが内側から大剣で蹴り飛ばすようにして破壊する。
もうもうと立ち込める粉塵と火花の中、日米南米のトップランカーたち、そして如月拓也が次々と城の内部へと降り立った。
「ハァッ……ハァッ……。マジで、生きた心地がしなかったぜ」
風間蓮が、ふらつく足取りで床に降り立ち、大きく息を吐き出す。
「だが、見事に城の中へ入り込んだぞ。拓也くんの完璧な操縦と、皆の結界のおかげだ」
神宮寺蒼太が、ひしゃげた天貫の機体を振り返りながら、労うように頷いた。
「瀬戸さん、周囲の空気と気圧はどうですか?」
拓也は、スーツのヘルメットのバイザーを上げながら、真っ先に安全確認を行った。
「はい! 外は酸素がほとんどない成層圏ですが、この城の内部には、独自の気圧と空気が保たれています。ただ……強烈な『瘴気』が混ざっているので、私の浄化結界は解けません」
瀬戸玲奈が白銀の杖を構え、部隊全体を覆うように清らかな浄化の光をドーム状に展開し続けている。
「気圧があるだけマシだぜ。……にしても、気味の悪い構造してやがるな」
南米の総司令カルロス・リベラが、巨大な戦斧を肩に担ぎながら周囲を見渡した。
彼らが突入したのは、天空の冥城の「最上部」にあたる巨大な回廊だった。
この城は、地球に向けて尖塔を突き立てる『逆さ城』の構造をしている。つまり、彼らが玉座を目指すためには、この巨大な城を「下へ、下へ」と降りていかなければならない。
だが、奇妙なことに、城の内部の重力は「床」に向かって正常に働いていた。
「外から見れば逆さまの城だが、内部の空間は独自の重力場を持ってるってことか。……まあ、天井を歩かされるよりは戦いやすいぜ」
日本のトップ魔術師・九条炎樹が、両手に炎をチラつかせながら不敵に笑う。
「油断しないでください。……ここは、第一魔卿バエルの領域。これまでの魔王たちとは、根本的に『質』が違います」
拓也は、右眼を覆う眼帯に手を当てながら、静かに警告を発した。
彼の『深層言語・限定解析』の眼は、魔法的なギミックではない。
拓也自身の純粋な脳内処理能力を極限まで引き上げ、視界に入るすべての魔力流動、空間の歪み、物質の構造を瞬時に計算し、戦術的な最適解を導き出す能力だ。
その眼が、この城を構成する漆黒の石造りの壁から、絶え間なく放たれている「不気味なノイズ」を完璧に捉えていた。
「この城の空気、壁、床……すべてから、物質の結合を解くような『微弱な崩壊の波動』が放たれています。瀬戸さんの結界がなければ、俺たちのスーツも武器も、数時間で砂のように風化して崩れ落ちるはずです」
「崩壊の波動だと……? 冗談じゃねえ、城そのものが俺たちを『削り』に来てるってことか」
レオンが、顔をしかめて大剣の柄を握り直す。
その時だった。
ガシャン……。ガシャン……。
漆黒の回廊の奥、暗闇の中から、重々しい金属音が響き始めた。
「……お出ましだぜ。最後のお城の、歓迎パーティがな」
風間が『銀牙槍・改』を構え、重心を落とす。
暗闇から姿を現したのは、全身を赤黒く錆びついたような鎧で覆い、身の丈ほどの巨大な大剣や戦斧を持った、身長三メートルを超える『崩壊の騎士』たちだった。
その数は、ざっと五十体以上。
兜の奥には顔はなく、ただ赤い魔力の光だけが不気味に瞬いている。
「数が多いな。だが、ただの鎧の化け物なら、俺たちの火力で一網打尽にしてやるぜ!」
カルロスが咆哮を上げ、先陣を切って跳躍した。
「オラァァァァッ!! 砕け散れェッ!!」
カルロスの放った全力の戦斧が、先頭にいた崩壊の騎士の構えた巨大な盾に激突する。
ドガァァァァンッ!!
凄まじい衝撃波が回廊に吹き荒れる。
カルロスの純粋な物理的破壊力ならば、鋼鉄の盾など容易く両断できるはずだった。
だが――。
「……なっ!?」
カルロスが驚愕に目を見開く。
激突した瞬間、カルロスの戦斧の『刃こぼれ』が起きるどころか、強固な防魔合金でできた戦斧の表面が、まるで数百年もの時を一瞬で経過したかのように、ボロボロと「赤錆」に覆われ、砂のように崩れ落ち始めたのだ。
「カルロス、武器を引けッ!!」
レオンが叫び、カルロスの援護に入ろうとする。
「クソッ、なんだこいつらの武器と盾は!? 触れた端から、俺の戦斧が風化してやがる!」
カルロスが慌てて戦斧を強引に引き抜き、後方へと跳躍して距離を取る。
「物理が駄目なら、俺の炎だ!! 触れる前に焼き尽くしてやる!」
九条が両手に極大の魔力を集束させ、前方の騎士たちへ向けて超高温の業火を放った。
「『極大殲滅魔法』ッ!!」
回廊を埋め尽くすほどの炎が、騎士たちを飲み込もうと迫る。
しかし、騎士たちが持つ赤黒い武器から「波動」が放たれた瞬間。
シュゥゥゥン……。
九条の放った絶対的な火力が、まるで幻影だったかのように、空中で四散し、「ただの熱のない空気」へと分解されて消滅してしまったのだ。
「な、なんだと……!? 俺の魔力が、消された!?」
九条が驚きに声を上げる。
南極のグラキエスのように「凍らされた」のではない。
炎という現象を構成する魔力の結合そのものを、強制的に「崩壊」させられたのだ。
「物理防御も、魔術も、触れればすべて分解される。……これが、第一魔卿の司る『崩壊の概念』か!」
神宮寺が、大盾を構えながら冷や汗を流す。
騎士たちが、無機質な足音を立てながら、ジリジリと合同遠征軍へと距離を詰めてくる。
触れれば武器が朽ち、魔法を放てば分解される。
最強の極星たちにとって、自らの強みである「圧倒的な火力と破壊力」を正面から否定される、最悪の相性だった。
「どうする指揮官殿!? これじゃあ、殴ることも燃やすこともできねえぞ!」
風間が、焦燥に駆られたように陣形の中央にいる拓也へと振り返る。
だが、如月拓也の青く発光する右眼には、一切の絶望はなかった。
(……冷静になれ。魔法じゃない。これはただの、物理法則の拡張だ)
拓也の脳細胞が、フル回転で目の前の現象を処理していく。
視界に映る青いワイヤーフレームが、騎士たちの放つ「崩壊の波動」の周波数、魔力の波長、そして空間の振動を、恐ろしい速度で解析していく。
凡人の脳に、スーパーコンピューターの並列処理を強制する極限の負荷。
こめかみから一筋の汗が流れ落ちるが、拓也は決して視線を逸らさない。
「……見切りました」
拓也の静かな、しかし絶対的な確信に満ちた声が、回廊に響き渡った。
「敵の力は、無敵の崩壊じゃありません。彼らの武器と鎧から、対象の分子結合を破壊する『超高周波の魔力振動』が放たれているだけです。……ノコギリの刃が高速で動いているのと同じだ」
「高周波の振動……? だが、それに触れちまうからこっちは崩れていくんだろ! どうすりゃいい!?」
カルロスが、錆びついた戦斧の刃を悔しそうに見つめる。
「正面から衝突するから、振動のダメージをまともに受けるんです。……なら、衝突しなければいい」
拓也は、青き瞳で極星たちを真っ直ぐに見据えた。
「神宮寺さん! 敵の攻撃を『受け止める』のは禁止です! 盾の角度を四十五度に傾け、敵の武器が触れる瞬間に『受け流し(パリィ)』を行って、振動のベクトルを逸らしてください!」
「受け流し……! なるほど、正面から抗わなければ、崩壊の力は空を切るということか! 承知した!」
神宮寺が、大盾の構えを強固なブロックから、柔軟な構えへと瞬時に切り替える。
「風間さん! 敵の武器に氷をぶつけるのではなく、敵の『足元の床』と『鎧の関節部』だけをピンポイントで凍らせて! 振動が発生する前の『動きの起点』を封じるんです!」
「ハッ! 得意分野だぜ! 針の穴を通すような冷気制御、見せてやる!」
風間が槍をクルリと回し、獰猛に笑う。
「九条さんは、魔力を『塊』で放たないでください! 敵の周囲の空間を熱し、上昇気流を生み出して『かまいたち(真空刃)』を作り出すんです! 物理的な空気の刃なら、魔力分解の対象になりません!」
「チッ……間接的な物理干渉か! 面倒くせえが、テメェの眼がそう言うならやってやるよ!」
九条が、手のひらの炎を消し、周囲の空間へ向けて魔力を拡散させる。
「レオンさん、カルロス司令! 敵の武器に直接触れるのは厳禁です。神宮寺さんたちが体勢を崩した敵の『死角』に回り込み、武器の柄や、装甲の隙間など、振動が発生していない部分だけを純粋な打撃で粉砕してください!」
「カッカッカ! 要するに、泥臭いインファイトで関節を砕けってことだな! 大好物だぜ!!」
「オラァッ! 行くぞカルロス!」
少年指揮官の脳が導き出した、コンマ一秒の狂いもない完璧な「攻略法」。
それを受け取った極星の大人たちが、一斉に陣形を爆発させた。
ズガァァァァッ!!
先頭の騎士が振り下ろした大剣を、神宮寺が絶妙な角度で傾けた大盾で「滑らせる」ようにして受け流す。
大盾の表面にわずかな火花が散るが、崩壊の振動を正面から受けていないため、大盾は風化することなく持ちこたえた。
「今だ、風間!」
「凍てつけェッ!!」
体勢を崩した騎士の膝関節へ向けて、風間の槍から極細の冷気が放たれ、ガチガチに凍結させる。
「遅えんだよ、木偶の坊!!」
その死角へ、レオンとカルロスが神速で潜り込む。
彼らは敵の崩壊の武器には一切触れず、凍結して動けなくなった騎士の「首の隙間」や「膝の裏」へ向けて、純粋な物理的質量を叩き込んだ。
ガシャァァァァァンッ!!!!
崩壊の波動を放つ間もなく、騎士の巨体が内側から粉々に砕け散り、ただの鉄屑となって床に崩れ落ちた。
「よしッ! このパターンなら確実に潰せるぞ!」
レオンが快哉を叫ぶ。
「不知火さん! 八咫烏は遊撃に回り、敵の陣形をかき乱して!」
「……承知」
暗殺者たちが影のように飛び回り、崩壊の騎士たちの死角を次々と突いていく。
無敵と思われた「崩壊の概念」。
だが、どれほど理不尽な力であろうとも、それに「触れなければ」意味はない。
拓也の異常なまでの情報処理能力が敵のシステムを完全に丸裸にし、Sランクの大人たちがその複雑な戦術をコンマ一秒の遅れもなく実行する。
それはまさに、最高峰の個の暴力と、絶対的な指揮官の頭脳が融合した、究極の連携の姿であった。
「……さすがです、拓也くん」
結界を維持しながらその光景を見守る瀬戸が、感嘆の息を漏らす。
「まだです。……ここはまだ、天空の冥城の入り口に過ぎない」
拓也は、乱れた呼吸を整えながら、倒れゆく騎士たちの奥――さらに深く、暗く続く回廊の先を見据えた。
脳を焼くような極限の負荷。
だが、この道の先に、最愛の姉の魂を縛る最後の鎖がある。
世界を崩壊させる第一魔卿バエルの玉座へ向けて、合同遠征軍の決死の降下作戦は、確かな足取りで続いていくのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
天空の冥城に突入した一行を待ち受けていたのは、触れたものを砂に変え、魔力を分解する「崩壊の騎士」たちでした。
しかし、拓也の戦術的な頭脳と、それを完璧に実行できる大人たちの連携によって、見事に攻略の糸口を掴みました!
拓也の眼の能力は魔法ではなく、「純粋な脳内処理の極致」であるということが、今回の戦いでも描かれています。
いよいよ城の深部へと進んでいく合同遠征軍。
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