第215話:融解する絶対零度、極星の熱と最弱の刃
「今です!! 奴の胸の中心、魔力が集中している『心臓部』へ向けて、全火力を叩き込んでください!!」
如月拓也の張り裂けんばかりの絶叫が、極寒の水晶宮の最上階に響き渡った。
第六魔卿グラキエスが、絶対零度の冷気を圧縮した数百本の『氷の槍』を放つ、まさにその瞬間。
外部の空間を「停止(マイナス273度)」させるため、魔王の体内にある巨大な魔力エンジンがフル回転し、その圧倒的な摩擦と魔力流動によって、グラキエスの胸部の防壁に『極小の熱の綻び』が生じたのだ。
「オラァァァッ!! 若大将の眼が『隙がある』って言ってんだ! 信じてブチ込むぞ!!」
アメリカ最強のSランク、レオン・カーターが、全身の筋肉を限界まで膨張させ、巨大な魔剣を構えて猛然とダッシュする。
「南米のド根性、見せてやるぜェェッ!!」
南米の総司令カルロス・リベラもまた、レオンと並走しながら巨大な戦斧を振り被る。
『……愚かな。我が絶対零度の前に、その程度の物理的接近が通用すると――』
グラキエスが冷酷な瞳で二人を見下ろし、展開していた数百本の氷の槍を一斉に射出する。
音速を超える氷の投擲。触れればいかなる防具も一瞬で凍結し、砕け散る必殺の弾幕。
だが、極星のパーティは、前衛の二人を孤独にはさせない。
「風間! 奴の放つ槍の軌道を、俺たちの氷でほんの数秒だけ逸らすぞ!」
「応ッ!! 死ぬ気で同調しろ、オッサン!!」
神宮寺蒼太と風間蓮。
日本が誇る『絶氷』の矛と盾が、同時に自身の全魔力を解放した。
彼らは、グラキエスの氷の槍を真正面から「受け止める」ことはしない。絶対零度を相手に力比べをすれば、押し負けるのは明白だからだ。
二人が狙ったのは、空間の『温度勾配』を強制的に操作すること。
「『絶氷領域』・熱力学干渉!!」
風間と神宮寺が、レオンたちの走る軌道のすぐ両脇に、グラキエスの氷に限りなく近い純度の「極低温の壁」を斜めに展開した。
放たれた数百本の氷の槍は、その急激な温度変化の層に触れた瞬間、ほんの数度だけ「屈折」し、レオンとカルロスの身体を掠めるようにして後方へと逸れていったのだ。
『……何!? 我が冷気の軌道を、氷の魔術で逸らしただと!?』
グラキエスの能面のような美しい顔に、初めて「驚愕」の色が浮かぶ。
「行けェェッ、九条ォォッ!!」
風間が、血を吐くような声で叫ぶ。
「俺の炎は、その装甲をぶち抜くためにある!!」
後方から跳躍した日本のトップ魔術師・九条炎樹が、両手に集束させた全魔力を、一本の『極細のレーザー』へと圧縮して放った。
広範囲を焼き尽くすのではなく、一点のみを穿つことに特化した超高密度の炎。
「『極大殲滅魔法・一点突破』ッ!!」
九条の放った光熱のレーザーが、グラキエスの胸部――拓也の眼が視抜いた『熱の綻び』へと一直線に突き刺さる。
ジジジジジジジッ!!
『……ぐ、ぅぅッ……!?』
絶対零度の防壁と、超高温のレーザーが激突し、凄まじい水蒸気爆発が起こる。
グラキエスの絶対防壁は、九条の炎を凍らせようとするが、その綻びの内部ではグラキエス自身の「エンジンの熱」が暴走しかけており、内外からの温度差によって、ついに防壁に『ヒビ』が入った。
「もらったぜェェェェッ!!」
そのヒビが入ったコンマ一秒の瞬間に。
レオンの魔剣と、カルロスの戦斧が、同時にグラキエスの胸部へと叩き込まれた。
ドガァァァァァァァァァァァンッ!!!!
水晶宮の最上階を揺るがす、物理と魔力の超絶な爆発。
極星の大人たち全員の力を一点に集約したその一撃は、ついに第六魔卿グラキエスの「絶対零度の概念」を完全に打ち砕き、その身体を大きく後方へと吹き飛ばした。
『ガ……ァァァッ……!? ば、馬鹿な……我が、絶対なる静寂が……!』
グラキエスが、氷の床を削りながら体勢を立て直そうとする。
その胸部には、レオンとカルロスの物理打撃によって深く抉られた傷跡から、ドス黒い魔力が血のように漏れ出していた。
だが、魔王の生命力はまだ尽きていない。
グラキエスは残された全魔力を振り絞り、周囲の空間ごと自分自身を再凍結して修復しようと試みる。
しかし、その修復が完了するよりも速く。
大人たちの作り出した完璧な「道」を、一陣の風となって駆け抜ける小さな影があった。
「……ッ!!」
極限耐熱スーツ『天照』に身を包んだ少年指揮官、如月拓也。
『羽虫がァァッ!! 貴様から、凍りつけェェェッ!!』
グラキエスが、拓也へ向けて残存する絶対零度の冷気を直接浴びせかける。
だが、拓也の背中のバッテリーからは、九条と瀬戸の『絶対に彼を守り抜く』という強烈な意思を伴った熱魔力が、スーツ全体を赤々と発光させるほどに循環していた。
バリバリバリバリッ!!
拓也の身体を覆う結界の表面で、絶対零度の冷気が激しく相殺され、火花を散らす。
普通なら恐怖で足がすくむような死の冷気。
しかし、拓也の青く発光する右眼には、一切の迷いも恐怖もなかった。
(……見えた。グラキエスの体内、魔力エンジンの中心にある『第六の楔』……!)
拓也の右眼の『深層言語・限定解析』。
それは、彼自身が持つ魔法の才能などではない。
最愛の姉・如月三月の魂と共鳴し、彼女の規格外の力を「眼の処理能力」として借り受けているだけの、かりそめの力だ。
だが、その姉への狂信的なまでの愛情と、彼女を救い出すという強烈な誓いがある限り、この眼が真実を見誤ることは絶対にない。
「……俺たちの『熱』を、味わえ」
拓也は、グラキエスの懐へと潜り込み、逆手に構えた短剣『絶理の銀刃』を、その胸の傷口の奥深くへと突き立てた。
「『絶理・断線』ッ!!」
ジュゥゥゥゥゥゥゥッ……!!!
魔力を持たない凡人の、ただの銀の刃。
それが、第六魔卿の存在を地球に繋ぎ止めていた、最も重要な『魔力回路の継ぎ目』を正確に焼き切った。
『――――ッ!?』
グラキエスの目が見開かれ、その美しい顔が苦悶に歪む。
絶対零度の魔力を維持するための回路を断ち切られたことで、彼の体内に封じ込められていた『莫大なエンジンの熱』が、行き場を失って暴走を始めたのだ。
『あ、熱い……。我が身体が、溶けていく……。これが……貴様らの持つ、熱……』
グラキエスは、自身の胸を突き刺す拓也を真っ直ぐに見つめ、信じられないものを見るように呟いた。
『理解できない……。なぜ、これほどまでに熱く、不安定で、苦しいものを……君たちは、信じられるのだ……?』
「……一人じゃ、抱えきれないくらい苦しいからだよ」
拓也は、短剣を握りしめたまま、静かに答えた。
「だから俺たちは、誰かと繋がって、熱を分け合うんだ。……何もないお前の『静寂』なんかより、俺たちの絆の方が、ずっと強くて温かい」
その言葉を聞いた瞬間。
グラキエスの感情のない瞳の奥に、ほんのわずかな、人間のような「悲哀」の色が浮かんだように見えた。
『そうか。……私は、ひどく……冷たかっ……』
パキィィィィンッ……!!
グラキエスの言葉の最後は、透き通るような破砕音と共に虚空に消えた。
彼の身体は、内側から発生した自らの熱によって完全に融解し、やがて無数の美しい「ダイヤモンド・ダスト」となって、南極の空へとキラキラと散っていった。
……ドサッ。
拓也が、膝から崩れ落ちるように氷の床に座り込む。
「……終わりました」
乱れた息を整えながら、拓也が背後の大人たちへ向けて告げると。
「オオオオオオオオオオッ!!!」
水晶宮の最上階に、割れんばかりの勝鬨が響き渡った。
「ハッハッハッハ!! やりやがった! 本当に、絶対零度のバケモノをブチ殺しやがったぜ!!」
カルロスが戦斧を放り投げ、天に向かって両腕を突き上げる。
「最高だぜ、若大将! テメェの眼と、俺たちの火力がなけりゃ、絶対に勝てない相手だった!」
レオンが、大剣を地面に突き立てて笑い転げる。
「拓也くん!!」
瀬戸玲奈が涙目で駆け寄り、拓也の身体を抱きしめるようにして治癒の光を注ぎ込んだ。
「ふぅ……。俺の氷でもどうにもならない相手なんて、反則もいいところだぜ」
風間蓮が、神宮寺の肩を借りながら、疲労困憊といった様子でへたり込む。
「だが、我々は勝った。君の氷の援護がなければ、レオンたちの攻撃は届かなかったぞ、風間」
神宮寺蒼太が、大盾を下ろして誇らしげに微笑む。
「フン……俺の極大殲滅魔法をただの『レーザー(針)』に圧縮させるなんて、とんでもない無茶振りをしやがって。……だが、悪くない手応えだったぜ」
九条炎樹もまた、両手の熱を冷ましながら、どこか清々しい顔で拓也を見下ろしていた。
第六魔卿グラキエスの消滅に伴い。
南極大陸を覆っていた「魔力を凍らせる絶対零度」の異常環境は、急速にその機能を停止し始めていた。
巨大な水晶宮も、魔力の供給を絶たれたことで少しずつその輪郭をぼやけさせ、やがてただの自然の氷山へと還っていくことだろう。
「……皆さん、本当にお疲れ様でした。これで、六つ目の特異点は完全に沈黙しました」
拓也は、瀬戸に支えられながら立ち上がり、どんよりとした鉛色の雲が晴れ、久方ぶりの太陽の光が差し込み始めた南極の空を見上げた。
「残る特異点は、あと一つ」
その言葉に、極星の大人たちも表情を引き締め、静かに拓也の視線の先を見据える。
エジプト、ヴェネツィア、アマゾン、そして南極。
地球を縛る冥淵の悪魔たちを次々と打ち破り、彼らはついに、最後の決戦の地へと手をかけようとしていた。
最愛の姉の魂を取り戻すまで、絶対に立ち止まらない。
その固く、狂信的なまでの誓いを胸に秘め、少年指揮官と最強の大人たちは、融解しゆく氷の玉座を背に、凱旋の途につくのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
いかなる熱も通さない絶対零度の魔王に対し、極星たちの完璧な連携と、拓也の「眼」が放つ最強の一撃が見事に決まりました!
グラキエスの最期の言葉と、拓也の返答……少しだけ切ない幕切れとなりましたが、これで残る特異点はついに「最後の一つ」のみです。
最終決戦に向けて、物語はいよいよ佳境に突入します!
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