第209話:絶対零度の水晶迷宮、極星の炉心鎧と凍てつく魔力
日本探索者協会の地下ブリーフィング・ルームで南極の恐るべき環境を知らされた数時間後。
如月拓也たち『特務遊撃パーティ』の四人は、再び鉄山厳が構える『黒鉄堂』の地下工房へと足を運んでいた。
アメリカのレオンや九条炎樹たち同盟軍の面々も同行しており、国宝級の鍛冶師が用意したという「対極寒用装備」の完成を待ちわびていた。
「……マイナス150度だぁ? ふん、ただ寒いだけなら暖炉でも背負って歩きゃあ済む話だ。だが、問題は『魔力そのものを凍らせる』って性質の方だな」
灼熱の炉の前で腕を組んだ鉄山は、隻眼を鋭く光らせながら、ズラリと並べられた真新しい防具の数々を顎でしゃくった。
「水没都市ヴェネツィアで使った『海神の衣』のフレームをベースに、内部構造を完全に作り変えた。……名付けて、極限耐熱・魔力炉心鎧『天照』だ」
鉄山が指し示したそれは、鈍い赤銅色に輝く、流線型のスリムなパワードスーツだった。
関節部や背面のシリンダーからは、ほのかに赤い魔力の光が脈打つように漏れ出している。
「スーツの内側に『独立した熱魔力回路』を全身の血管のように張り巡らせてある。外気がどれだけ絶対零度だろうと、スーツ内部は常に快適な春の陽気だ。……さらに、魔力を凍らせる『絶魔の氷』に対抗するため、外部からの魔力干渉を物理的に弾き返す特殊な絶縁コーティングを三重に施してある」
「す、すげえ……! 相変わらず、たった数日でこんなバケモノじみた装備を組み上げやがるのか、このオッサンは!」
風間蓮が、目を輝かせながら自分のサイズの『天照』を手に取った。
「感謝する、鉄山殿。これなら、極寒の死地でも存分に槍と盾を振るえる」
神宮寺蒼太もまた、大盾を横に置き、深々と頭を下げた。
「ハッハッハ! さすがは日本の国宝だな! アメリカ軍の開発部が束になっても敵わねえ技術力だぜ!」
レオン・カーターが豪快に笑い、自分用に特注された一際巨大なスーツをバンバンと叩く。
「……だが、鉄山さん。俺は魔力を持っていません。このスーツの『魔力炉心』を動かすエネルギーはどうするんですか?」
拓也が、自身の前に置かれた、最も軽量化された『天照』を見つめながら静かに問いかけた。
「心配すんな、ガキ。テメェのスーツだけは特別製だ」
鉄山がニヤリと笑う。
「テメェのスーツの背中には、超高圧縮の『魔力バッテリー』を二基積んである。……出発前に、そこの炎使いの兄ちゃん(九条)と、嬢ちゃん(瀬戸)の魔力を限界まで注ぎ込んでもらった。テメェが自力で魔力を練らなくても、二人の極上の魔力がテメェを絶対零度から守り抜いてくれる寸法だ」
「……九条さんと、瀬戸さんの力で」
拓也は、背中のバッテリー部分をそっと撫でた。
「当然ですよ、拓也くん。私の治癒と結界の魔力、たっぷり込めておきましたから!」
瀬戸玲奈が、えっへんと胸を張る。
「フン……俺の極上の炎をカイロ代わりに使おうってんだからな。凍え死んだら承知しねえぞ、若大将」
九条炎樹も、腕を組みながらそっぽを向いて鼻を鳴らした。
魔力を持たない凡人だからこそ、最強の大人たちの力が彼を守る鎧となる。
拓也は、温かい仲間の想いが詰まったスーツをしっかりと抱きしめ、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。皆さんのおかげで、俺の眼はまた、世界を視ることができます」
完璧な準備は整った。
次なる死地は、生命の存在を許さない絶対零度の大陸。
人類の希望を背負った極星たちは、それぞれの『天照』に身を包み、決戦の地・南極へと繋がる転移ポータルの前へと集結した。
――シュゥゥゥゥゥゥンッ!!
空間の歪みを抜け、合同遠征軍が降り立った場所。
そこは、かつて各国の研究者たちが滞在していた、南極大陸の外縁部に位置する巨大な観測基地だった。
しかし、拓也たちの視界に飛び込んできたのは、無惨に『氷漬け』にされたゴーストタウンの姿であった。
「……こいつは、尋常じゃねえな」
カルロス・リベラが、スーツのバイザー越しに息を呑む。
基地の建物、巨大な雪上車、そして立ち並ぶ鉄塔。
そのすべてが、ただ凍っているのではない。建物の構造そのものが「透明な水晶のような氷」へと完全に変質させられていたのだ。
空は分厚い鉛色の雲に覆われ、視界を数メートルにまで奪う猛烈なブリザードが、狂ったように吹き荒れている。
『現在地、南極・ロス棚氷周辺。……外気温、マイナス162度。強烈な魔力嵐を観測しています』
スーツの通信機から、本部にいる東雲慧の緊張した声が響く。
「外気温マイナス162度……! 『天照』がなけりゃ、ポータルを出た瞬間に全身の血液が凍りついて死んでたな」
レオンが、自身のスーツの表面に薄っすらと霜が降り、瞬時に炉心の熱で蒸発していくのを見て身震いをした。
「瀬戸さん! 吹雪の侵入を防ぐため、広域結界の展開を!」
拓也が素早く指示を飛ばす。
「はいっ! 『白銀の浄化陣・断熱ドーム』!!」
瀬戸が杖を掲げ、合同遠征軍の周囲を覆う巨大なドーム状の結界を展開した。
荒れ狂うマイナス162度のブリザードが結界の表面に激突し、激しい火花を散らす。
だが――。
ピキッ……ピキキキキキッ!!
「……えっ!?」
瀬戸が、信じられないものを見るように目を見開いた。
魔力で構築されたはずの不可視の結界。
その表面が、ブリザードに触れた端から『白い霜』に覆われ、まるでガラスのように凍りつき始めたのだ。
「結界が……凍結している!? 物理的な冷気じゃない、魔力そのものが直接凍らされているんだわ!」
瀬戸が顔を青ざめさせ、杖に込める魔力を引き上げるが、凍結の進行は止まらない。
「チィッ! なら、凍る前に俺の炎で溶かしてやるよ!」
九条が前に進み出た。
「『極大殲滅魔法』ッ!!」
九条の両手から、すべてを灰にするはずの超高温の業火が放たれる。
しかし、その炎が結界の外、猛烈なブリザードに触れた瞬間。
シュゥゥゥンッ……パキィィン!!
「なっ……俺の炎が、空中で凍りついただと!?」
九条が驚愕に叫ぶ。
なんと、放たれた炎そのものが、燃え盛る形のまま真っ白な氷のオブジェへと変換され、雪原にガシャアッと砕け散ったのだ。
熱を奪うのではなく、現象としての魔力を強制的に『氷』へと上書きする、第六魔卿グラキエスの『絶魔の氷』。
炎という絶対的な相克すらも無意味にする理不尽な環境の暴力が、合同遠征軍の出鼻を完全に挫いた。
「……マズいですね。このままでは、あと数分で結界が完全に凍結・粉砕され、俺たちはブリザードの直撃を受けます」
拓也の右眼が、結界の崩壊までのタイムリミットを冷徹に割り出す。
「炎が通じねえなんて、どうすりゃいいんだよ! 物理で殴ろうにも、吹雪じゃ的がねえぞ!」
カルロスが戦斧を構えながら歯ぎしりをする。
絶体絶命の極寒地獄。
しかし、その凍りつく結界の下で、静かに、そして楽しげに笑い声を漏らす二人の男がいた。
「……ハッハッハ! なんだ、九条のオッサンの自慢の炎も、この大陸じゃただのアイスキャンディーかよ」
風間蓮が、凍りつく結界のドームに歩み寄り、自身の愛槍『銀牙槍・改』を肩に担いでニヤリと笑った。
「貴様……笑い事じゃねえぞ! 氷の魔術が専門のお前らだって、この『絶魔の氷』の前じゃ同じように凍らされるだけだ!」
九条が忌々しげに怒鳴る。
「それはどうかな。……炎は『寒さ』に反発しようとするから、温度差で飲み込まれちまうんだ」
風間の隣に並び立った神宮寺蒼太が、重厚な大盾を静かに構え、その瞳に底知れぬ闘志を宿した。
「我々は、寒さに逆らおうとは思わない。……ただ、この大地の絶対零度よりも、我々の放つ冷気の方が『より絶対的で、より純粋』であればいいだけのことだ」
「そういうことだぜ、オッサン! ……行くぞ、神宮寺!」
「ああ! 我らが極北の力、存分に見せてやろう!」
風間と神宮寺。日本が誇る二人の『氷使い(アイス・ユーザー)』が、同時に己の魔力を解放した。
「「『絶氷領域』・完全同調!!」」
二人の肉体から、周囲のブリザードすらも凌駕する、白く、恐ろしいほどに澄み切った冷気が爆発的に立ち昇った。
彼らは自らの魔力を、凍りつきかけていた瀬戸の結界の表面へと一気に循環させる。
ピキィィィンッ!!
その瞬間、結界を侵食していたグラキエスの『絶魔の氷』が、逆に風間と神宮寺の冷気によって「上書き」され、完全に透明で強固な『絶対零度の防壁』へと変質したのだ。
「……すげえ。外のマイナス162度のブリザードが、結界の表面を素通りしていく……!」
レオンが、信じられないものを見るように目を見張る。
「弾くのではなく、環境と同調し、さらにその上の純度で『支配』したんです。……さすがは、日本最高の矛と盾だ」
拓也は、青く発光する右眼で、二人の生み出した奇跡の熱力学コントロールを完璧に理解し、感嘆の息を漏らした。
「ハッ! どんなもんよ! 氷の親玉が相手だろうが、魔力制御の精密さじゃ俺たち人間の方が一枚上手だってことだ!」
風間が、鼻を擦って自慢げに笑う。
「拓也くん、吹雪の防壁は我々が維持する! これで心置きなく、君の眼で道を切り拓けるはずだ!」
神宮寺が、大盾越しに力強く頷く。
「……はい! ありがとうございます!」
拓也は、結界の維持を二人の氷使いに任せ、右眼の『深層言語・限定解析』を猛吹雪の向こう側――広大な水晶迷宮の深部へと向けた。
「吹雪の中に、無数の動く魔力反応があります。……グラキエスの眷属、『水晶の氷獣』たちです! 視覚に頼らず、俺の指定する座標へ物理攻撃を叩き込んでください!」
「オラァッ! 待ってましたの出番だぜ!」
カルロスとレオンが、巨大な得物を構えて最前線へと飛び出す。
絶対零度という理不尽な環境を、自らの得意分野である『氷』の力で支配し返した風間と神宮寺。
そして、猛吹雪の中でも敵の急所を完璧に視抜く少年指揮官。
人類の反撃の炎は、どれほどの極寒の死地であろうと決して凍りつくことはない。
第六の特異点、南極大陸での氷を巡る熾烈な生存競争が、今ここに幕を開けた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
次なる特異点はマイナス162度の絶対零度、南極大陸! 炎すら凍らせる理不尽な環境に対し、風間と神宮寺の「氷使いコンビ」が本領を発揮します!
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