第207話:暴食の終焉、灰に帰す樹海と残された二つの楔
「『絶理・断線』ッ!!」
少年指揮官・如月拓也の逆手に構えた短剣『絶理の銀刃』が、青白い閃光を伴って虚空を一閃した。
狙ったのは、第五魔卿アスタロトの巨大な心臓の真下。
Sランクの大人たちによる常軌を逸した属性波状攻撃によって、超適応システムが完全に飽和し、無防備に剥き出しとなった『中枢神経節』。魔力回路が最も密集し、アスタロトの全身へ指示を送る絶対的な急所である。
ジュゥゥゥゥゥゥッ……!!
魔力を持たないただの銀の刃が、しかし『深層言語・限定解析』によって導き出された「切断すべき唯一の正解」を正確に焼き切る。
それは物理的な傷ではない。アスタロトの存在そのものを世界に繋ぎ止めていた、膨大な魔力の『継ぎ目』を根こそぎ断ち切る神業であった。
『ガ……ァァァ……!? ば、馬鹿な……我が超適応が……我が絶対の捕食が……たかが、魔力すら持たぬ羽虫ごときに……!』
アスタロトの美しくも冒涜的な顔が、信じられないものを見るように歪む。
中枢神経節を切断されたことで、魔王の巨大な肉体は修復の指示を失い、完全にコントロールを暴走させ始めた。
ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ!!
巨大な心臓が異常な速度で脈打ち、暴走した魔力がアスタロトの肉体を内側から無差別に破壊していく。
周囲を覆っていた赤紫色の触手が痙攣し、ドス黒い体液を撒き散らしながら次々と千切れていく。
「……終わりだ、悪食のバケモノ。テメェの胃袋は、俺たちの希望を消化するには小さすぎたな」
着地した拓也の背後で、レオン・カーターが巨大な魔剣を肩に担ぎ、冷たく言い放つ。
『オノレ……オノレェェェェェェェェッ!!!』
アスタロトが断末魔の絶叫を上げる。
その声は、空洞全体を激しく揺るがし、やがて巨大な心臓が限界を超えて内部から破裂した。
ドガァァァァァァァァァンッ!!!!
暴食の魔王の心臓部で、強烈な魔力の爆発が起こる。
しかし、それは周囲を破壊するものではなく、アスタロト自身を構成していた莫大な魔力が霧散し、大気中へと還っていく光景だった。
「……終わった、か」
神宮寺蒼太が、大盾を下ろして深く息を吐き出す。
アスタロトの本体が崩壊した瞬間。
十キロ地点の最深部を覆っていた、脈打つ肉壁と強酸のドームが、まるで砂上の楼閣のようにサラサラと崩れ落ち始めた。
それだけではない。
南米大陸を覆い尽くし、無限に増殖して人類を飲み込もうとしていた広大な『暴食の樹海』の全域に、連鎖的な枯死が波及していったのだ。
赤紫色に染まっていた巨大な植物たちは、次々と水分と魔力を失い、灰色の脆い枯れ木へと変わっていく。
――同時刻。第一キャンプの外縁、人類の防衛線。
「……おい、見ろよ! 樹海が……枯れていくぞ!」
防壁の上で、死に物狂いで蔓と戦っていた南米の探索者たちが、呆然と声を上げた。
数秒前まで、切っても切っても再生し、防壁を乗り越えようとしていた悪夢のような密林。それが今、目の前でボロボロと音を立てて崩れ去り、ただの灰色の荒野へと変貌していくのだ。
「オオオオオオオオオッ!!」
「やった……! 日本の特務部隊と司令たちが、中枢をブチ抜いたんだ!!」
「俺たちは生き残ったぞォォォォッ!!」
防衛線に、地鳴りのような歓喜の勝鬨が沸き起こる。
数日間に及んだ絶望的な防衛戦は、人類の完全な勝利によって幕を閉じたのである。
――そして、最深部の地下空洞。
空間の位相が正常化し、頭上を覆っていた肉壁が消え去ったことで、空洞の天井から眩しいアマゾンの太陽の光が差し込んできた。
「ハァッ……ハァッ……。マジで、最高に厄介なジャングルだったぜ」
風間蓮が、崩れゆく灰の山に背中を預け、滝のような汗を拭いながら笑う。
「まったくだ。俺の炎を吸収するなんて、生意気な植物どもだったが……最後は俺たちの力技で綺麗に焼き払ってやったな」
九条炎樹もまた、両手の熱を冷ましながら、どこか清々しい顔で空を見上げていた。
「皆の者、本当に大儀だった。……そして拓也くん、今回も君の眼に救われた」
神宮寺が、乱れた息を整えながら拓也の肩に優しく手を置く。
「カッカッカ! マジで最高の気分だぜ! 南米を救ってくれた極東の若大将に、盛大なハグをプレゼントしてやる!」
カルロス・リベラが、巨大な戦斧を放り投げて拓也をガバッと抱きしめ、空高く胴上げし始めた。
「わわっ!? カルロス司令、痛い、痛いですって!」
拓也が顔を赤くしてジタバタと暴れるが、カルロスの鋼の筋肉からは逃れられない。
「こらカルロス! 拓也くんを潰す気か! 治癒が必要なら私が掛けますけど!」
瀬戸玲奈が、慌てて杖を構えながらも、その顔には嬉し涙が浮かんでいた。
「ハッハッハ! いいじゃねえか、今日くらいは思いっきり羽を伸ばさせろ!」
レオンが腹を抱えて大笑いし、不知火凛率いる『八咫烏』の面々も、静かに、しかし確かな笑みを浮かべてその光景を見守っていた。
第五の特異点、暴食の樹海・完全攻略。
魔術の無効化、幻覚の精神攻撃、そして超適応という理不尽なシステム。
それらすべてを、世界最高峰の大人たちの「物理の極致」と、少年指揮官の「完璧なナビゲート」という、唯一無二の絆の力で打ち破ったのだ。
やがて、カルロスから解放された拓也は、乱れた服と眼帯を直し、一つ咳払いをした。
「……皆さん、本当にお疲れ様でした。南米大陸の消滅という最悪の事態は、皆さんの力で回避されました」
拓也は、灰の荒野となった大地を見渡し、静かに告げる。
「これで、地球を縛る七つの楔のうち、五つを破壊したことになります。……残る特異点は、あと二つ」
その言葉に、大人たちの顔から歓喜の色がスッと引き、歴戦の強者としての引き締まった表情が戻る。
「あと二つ、か。……冥淵の悪魔どもも、もはや後がない。次からは、さらに剥き出しの殺意と絶望をぶつけてくるだろうな」
神宮寺が、大盾を背負い直しながら重々しく頷く。
「どんな絶望が来ようが関係ねえよ。俺たちには、世界一の指揮官殿がついているんだからな!」
風間が、拓也の背中をバンッと力強く叩く。
「……ええ。絶対に、止まりません」
拓也は、青く澄んだ右眼で、遥か彼方の空を見据えた。
その瞳の奥には、どんな過酷な戦闘を経ても決して揺らぐことのない、最愛の姉への狂信的なまでの愛情と決意が燃え続けている。
「俺は、姉さんを救うためなら、どんな地獄でも切り拓く。……だから皆さん、もう少しだけ、俺に力を貸してください」
「愚問だ。命の果てまで付き合ってやるよ」
「俺たちの背中は、テメェに預けてあるぜ!」
極星の大人たちからの頼もしい返答が、アマゾンの風に乗って響き渡る。
過酷なサバイバル遠征を乗り越え、さらなる強固な絆を手に入れた合同遠征軍。
世界の崩壊を食い止め、魂の誓いを果たすための彼らの旅路は、残された二つの特異点へ向けて、確かな足取りで続いていくのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第五魔卿アスタロトを打ち破り、アマゾン『暴食の樹海』編、これにて完結です!
長大なサバイバルを経て、日米南米のトップランカーたちの絆はさらに強固なものとなりました。
残り特異点はついにあと二つ。次なる戦いはどこになるのか、ご期待ください!
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