第206話:暴食の魔卿、超適応の壁と極星たちの波状攻撃
第五魔卿にして暴食の悪魔、樹魔卿アスタロト。
巨大な世界樹の幹と融合したその姿は、神々しさすら感じさせる異様な美しさと、周囲のすべてを喰らい尽くそうとする絶対的な悪意を同時に放っていた。
『……威勢の良い小僧だ。だが、貴様らのような羽虫がいくら群れようと、この圧倒的な大地の生命力と同化した我を傷つけることなど不可能だ』
アスタロトが、耳まで裂けた牙だらけの口を嘲笑に歪ませる。
直後、魔王の周囲を囲んでいた無数の赤紫色の触手が、まるで鞭のように鋭くしなり、一斉に合同遠征軍へと襲い掛かってきた。
「デカい図体して、ずいぶんと機敏な触手じゃねえか! だが、単調な攻撃なら俺たちの敵じゃねえ!」
アメリカ最強のSランク、レオン・カーターが豪快に笑いながら大剣を振り抜く。
凄まじい風圧を伴う斬撃が、迫り来る数十本の触手をまとめて切断しようとした――その瞬間だった。
グニュゥゥゥゥッ……!
レオンの放った絶対的な物理の破壊力が、触手に触れた途端、まるで巨大なスライムに剣を叩き込んだかのように威力を殺され、弾き返されてしまったのだ。
「なっ……!? 俺の全力の斬撃が、弾かれただと!?」
レオンが驚愕に目を見開く。
「硬い装甲じゃない。極限まで柔らかく弾力を持たせた『軟体』だ! ……レオン、退け!」
南米の総司令カルロス・リベラが、レオンと入れ替わるように前へ飛び出し、巨大な戦斧を横凪ぎに振るう。
斬るのではなく、純粋な質量による『打撃』で触手をへし折ろうという算段だ。
しかし、カルロスの戦斧が触手に激突した瞬間、今度は触手の表面が鋼鉄以上の硬度へと一瞬で変化し、火花を散らして戦斧の威力を完全に防ぎ切った。
「チィッ! 打撃に対しては装甲を硬化させやがったぞ! どんな理不尽な防御力だ!」
カルロスが戦斧を弾き返され、舌打ちをする。
「物理が通じないなら、熱と冷気だ! 風間、同時に行くぞ!」
九条炎樹が両手に炎を集束させ、叫ぶ。
「ああ! 氷漬けにしてから焼いてやる!」
風間蓮が『銀牙槍・改』から極低温の冷気を放ち、九条が『極大殲滅魔法』を放つ。
絶対零度と超高温の魔法が、触手の群れを包み込んだ。
だが。
シュゴォォォォォォォォォッ!!
アスタロトの触手は、表面に開いた無数の気孔から、放たれた炎と冷気の魔力をジュウジュウと音を立てて『吸収』し、自らの養分として一瞬で巨大化してみせたのだ。
道中の食虫植物たちが見せた魔力吸収能力。アスタロト本体は、それをさらに高次元で使いこなしていた。
『ククク……無駄だと言っただろう。我はこのアマゾンの魔力脈と直結している。貴様らの放ついかなる攻撃も、この肉体は瞬時に解析し、最適な「耐性」を獲得して無効化するのだ』
斬撃には軟体で受け流し、打撃には硬化で弾き返し、魔術はすべて吸収する。
第五魔卿アスタロトの真の恐ろしさ。それは無限の再生力だけでなく、あらゆる攻撃属性にコンマ一秒で対応する『超適応』の力であった。
「……冗談キツいぜ。魔法も物理も通じねえなんて、どうやってあの巨大な木を切り倒せばいいんだよ」
風間が、背筋に冷たい汗を流しながら槍を構え直す。
「無敵の要塞だな。だが、我々はここで立ち止まるわけにはいかない」
神宮寺蒼太が大盾を構え、じりじりと後退しながらも決して闘志の炎は絶やさない。
「拓也くん! このままじゃ、皆さんが防戦一方でジリ貧になってしまいます! 何か、何か手は……!」
瀬戸玲奈が、必死に浄化結界を維持しながら、陣形の中央に立つ少年指揮官へと助けを求めた。
如月拓也は、一切の動揺を見せず、青く発光する右眼でアスタロトの巨大な肉体と魔力流動を静かに視据えていた。
(斬撃、打撃、魔術。すべてに即座に対応する超適応。……どんな無敵のシステムにも、必ず『処理の限界』があるはずだ)
拓也の右眼の『深層言語・限定解析』が、膨大な情報量を脳内にダウンロードしていく。
三月の治癒によって完璧な状態にある拓也の頭脳は、一切の痛みを伴うことなく、アスタロトの強固な超適応システムの「構造」を丸裸にしていった。
「……見えました。皆さん、焦らないでください」
拓也の静かで透き通るような声が、通信機を通じて極星の大人たち全員の耳に届く。
「アスタロトの『超適応』は、無限じゃありません。攻撃を受けた瞬間に、本体の『心臓』から巨大な魔力ケーブルを通じて、触手や装甲の性質を書き換える指示を出しているんです。……つまり、書き換えの処理が追いつかないほどの『速度と種類』の攻撃を同時に叩き込めば、システムのバグを引き起こせる」
「処理落ちを狙うってことか! だが、生半可な同時攻撃じゃすぐに適応されるぞ!」
九条が、炎を纏わせながら叫ぶ。
「ええ。だから、日米南米のトップランカー全員で、一秒間に百を超える『異なる属性の波状攻撃』を仕掛けます。……俺が、誰がどのタイミングで、どの属性の攻撃を叩き込むか、コンマ一秒の狂いもなく指示を出します。全員、俺の言葉に反射で動いてください!」
常人であれば、何十人もの高ランク探索者の動きを同時に把握し、敵の適応速度を上回る指示を出し続けるなど、神業を超えた不可能領域だ。
だが、今の拓也にはそれができる。彼の右眼と頭脳は、世界を救うためのスーパーコンピューターとして極限まで研ぎ澄まされていた。
「ハッ! 面白え! やってやろうじゃねえか若大将! 俺たちの身体は、テメェのコントローラーだと思って好きに動かしな!」
カルロスが豪快に笑い、戦斧を構える。
「任せたぜ、指揮官殿! 俺たちの息の合ったコンビネーション、見せつけてやろう!」
風間も槍を構え直し、獰猛な笑みを浮かべる。
「瀬戸さん! 結界の維持に全力を! 不知火さんの八咫烏は、地中からの奇襲を完全にシャットアウトしてください!」
「はいっ!」
「……承知した」
全員の配置と意識が、拓也の指揮のもとに完全に統一された。
「行きます……! 第一波、レオンさんの『斬撃』から!」
拓也の号令と同時。
レオンが風のように前進し、大剣を横薙ぎに振るう。
「オラァァァッ!」
アスタロトの触手が『軟体』へと変化し、斬撃を受け流そうとする。
「今です! 風間さん、軟体化した触手の根本へ『冷気』を!」
「凍てつけッ!」
風間の冷気が、軟体化した触手の根本を凍結させる。
「カルロス司令、凍結した部分へ『打撃』!」
「粉砕だァァッ!」
カルロスの戦斧が、凍りついた触手を粉々に打ち砕く。
アスタロトの心臓が急激に魔力を放ち、打撃と冷気に対する『硬化と魔力吸収』の耐性を全体に付与しようとする。
「適応が始まります! 九条さん、耐性が書き換わる前に、装甲の隙間へ『炎の散弾』を!」
「消毒の時間だぜ!」
「神宮寺さん、九条さんの炎を盾の反射で拡散させ、死角からの『光熱物理ダメージ』に変換して!」
「『絶氷・乱反射』ッ!」
拓也の口から、機関銃のような速度で次々と指示が飛び出す。
レオンの斬撃、カルロスの打撃、風間の氷、九条の炎、神宮寺の盾撃。
Sランクの大人たちは、自らの思考を完全に放棄し、拓也の言葉だけを信じてコンマ一秒の遅れもなく攻撃を叩き込み続けた。
『ガ……ォォォォォォッ!? な、なんだこの連撃は!?』
アスタロトの巨大な肉体が、初めて苦悶に歪む。
斬撃に軟体で対応しようとすれば冷気で凍らされ、硬化しようとすれば炎が焼き尽くし、魔力を吸収しようとすれば純粋な物理打撃が叩き込まれる。
五人の極星による、息つく暇もないほどの属性乱舞。
拓也の眼は、アスタロトの『超適応システム』がどの属性に書き換わろうとしているのかを完全に先読みし、その耐性の「裏」を突く攻撃を延々と指示し続けていたのだ。
『オノレェェェェッ! 羽虫ドモガァァァァァッ!!』
処理が完全に追いつかなくなったアスタロトの触手や肉壁が、次々と防戦一方に追い込まれ、ボロボロに崩壊していく。
超適応のシステムがバグを起こし、魔王の絶対的な防御が完全に剥がれ落ちていく。
「……今です! システムが完全に飽和した! アスタロトの心臓の真下、適応を司る『中枢神経節』が剥き出しになっています!」
拓也が、赤黒く発光する巨大な心臓の下部を指差して叫ぶ。
「道を開けろォォォッ!!」
神宮寺とレオンが左右から同時に突進し、残っていた防壁の蔓を大盾と大剣で強引にこじ開けた。
そこに生まれた、一筋の細い活路。
その道を、少年指揮官の影が一陣の風となって駆け抜ける。
「……俺は非力な凡人だけど」
拓也は、アスタロトの巨大な心臓の真下へと跳躍し、逆手に構えた『絶理の銀刃』を天高く振り上げた。
「皆が作ってくれたこの道なら、お前の心臓に届くッ!!」
魔王の絶対防壁を無効化した極星たちの波状攻撃。
そして、そのシステムの急所を穿つ、少年の冷徹なる一撃。
世界を喰らう暴食の悪魔に、人類の放つ起死回生の楔が今、深々と突き立てられようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
あらゆる攻撃を無効化するアスタロトの「超適応」に対し、拓也の神業のような指揮と大人たちの完璧な連携による「処理落ち(バグ)」で対抗しました!
次回、ついにアスタロトの心臓への一撃が放たれます。
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