第202話:近衛の樹騎士、三位一体の根を穿つ少年の刃
赤紫の瘴気が色濃く漂う、樹海内部の五キロ地点。
三つの巨大な腫瘍根が絡み合うようにそびえ立つその空間で、日米南米の合同遠征軍は、これまでにない強固な「壁」に直面していた。
ズゥゥゥゥンッ……!!
地響きを立てて立ち塞がるのは、身長十メートルに達する五体の『樹木の騎士』。
その全身は、黒光りするほど極限まで圧縮された樹皮の鎧で覆われており、右手には大木を削り出したような巨大なランスを構えている。
「オラァッ! 邪魔だ木偶の坊、ブッ倒れろ!!」
アメリカ最強のSランク、レオン・カーターが跳躍し、大上段から巨大な魔剣を叩きつける。
魔法を纏わず、純粋な筋力と武器の質量のみを乗せた必殺の斬撃。これまでどんな植物魔獣も一刀両断してきたその一撃が、樹騎士の構えた巨大な木の盾に激突した。
ガギィィィィィィンッ!!
「……ッ!? マジかよ!」
レオンが驚愕に目を見開く。
鋼鉄をも両断するはずの魔剣が、木の盾を半分ほど割ったところで完全に止められていた。そればかりか、割れた盾の断面から無数の細かい繊維が瞬時に伸び、レオンの剣を絡め取ろうと蠢き始めたのだ。
「レオン、離れろッ!」
南米の総司令カルロス・リベラが横から飛び込み、巨大な戦斧で盾の繊維を叩き切ってレオンを引き剥がす。
「硬えなんてもんじゃねえぞ! 大昔の神話級の防魔鉱石並みの密度だ!」
カルロスが戦斧を構え直し、忌々しげに牙を剥く。
「……彼らの装甲は、ただの木ではありません」
陣形の中央で、如月拓也が青く発光する右眼で敵の構造を視据え、冷静に告げた。
「背後にある『三つの腫瘍根』から、極太の魔力パイプを通じて、超高密度の魔力をリアルタイムで供給され続けています。……だから硬いし、切っても一瞬で再生する。力任せに削り合うのは悪手です」
魔法を使えば吸収されて敵が巨大化し、物理で叩こうにも無限の再生力と鋼鉄以上の硬度で阻まれる。
まさに、攻防一体の理不尽な近衛兵。
「ならば指揮官殿、どこを叩けばいい!? あの装甲の薄い部分はどこだ!」
神宮寺蒼太が大盾を構え、樹騎士の突き降ろしてくる巨大なランスを真正面から受け止めながら叫ぶ。
「装甲を狙う必要はありません。……奴らの足元、踵を見てください」
拓也の指示に、前衛の大人たちが一斉に敵の足元へと視線を向ける。
すると、分厚い足の装甲の裏側、踵の部分から、地面に向かって『太い赤紫の根』がへその緒のように伸びているのが見えた。
「あれが、背後の腫瘍根から魔力を受け取っている『供給ケーブル』です。……あれを断ち切れば、奴らはただの硬い木偶の坊になる!」
「なるほどな! バッテリーを引っこ抜けば動かなくなるって寸法か!」
風間蓮が槍をクルリと回し、ニヤリと笑う。
「ですが、奴らも急所だと分かっているのか、足回りの防御が異常に固い。……神宮寺さん、レオンさん、カルロス司令! 三人の力で、奴らの上半身を強引に仰け反らせてください!」
「ハッ、力比べなら負けねえぜ!」
「やってやる!!」
前衛の筋肉の化け物三人が、同時に咆哮を上げて突進する。
神宮寺が大盾で下から突き上げるようにアッパーシールドを放ち、レオンとカルロスが左右から巨大な武器で樹騎士の上半身を力任せに殴りつける。
ギギギギギギッ……!!
いかに十メートルの巨体を誇る樹騎士とはいえ、世界最高峰のSランク三人のフルパワーを同時に受けてはたまらない。
その巨体が大きく後ろへ傾き、鉄壁の防御を誇っていた足元がガラ空きになった。
「不知火さん!」
「……八咫烏、刈り取るぞ」
拓也の合図と同時に、暗闇に溶け込んでいた不知火凛率いる暗殺部隊が、地面を滑るような神速で樹騎士たちの足元へと潜り込む。
チャキッ……!
鈍い光を放つ特殊な忍者刀が、魔力を使わずに、純粋な刃の鋭さだけで樹騎士の踵から伸びる「供給ケーブル」を次々とスライスしていく。
ブチィッ!!
赤紫の体液が噴き出し、魔力の供給を絶たれた樹騎士たちの動きが、ピタリと停止した。
「もらったぜェェェッ!!」
そこへ風間が跳躍し、純粋な遠心力と打撃力のみを込めた槍の石突きで、動かなくなった樹騎士たちの頭部を次々と粉砕していく。
自己再生能力を失った近衛兵たちは、ただの重い丸太となって地響きと共に崩れ落ちた。
「よし! 取り巻きは片付いたぞ!」
レオンが大剣を肩に担ぎ、息を吐く。
だが、危機は去っていなかった。
近衛兵を失った背後の『三つの腫瘍根』が、まるで自身の危機を悟ったかのように、異常な速度で蠢き始めたのだ。
ズズズズズッ……!!
三つの巨大な根が互いに絡み合い、融合し、一つの巨大な『要塞のような蕾』へと姿を変えようとしている。
「マズいぞ! あの三つが完全に融合しやがったら、それこそ手が出せなくなるほど装甲が厚くなる!」
カルロスが叫ぶ。
「……させません。融合する瞬間こそが、最大の隙です」
大人たちの背後から、一筋の影が飛び出した。
少年指揮官、如月拓也である。
「拓也くん!?」
瀬戸玲奈が驚きの声を上げるが、拓也の足取りに一切の迷いはなかった。
彼の右眼には、三つの根が融合しようとしているまさにその「中心点」――三つの魔力回路が交差し、一時的に処理が飽和して剥き出しになっている『中枢核』が、青いワイヤーフレームとして完璧に視えていたのだ。
「道を開けろ! 指揮官殿を通すんだッ!」
神宮寺の怒号に合わせ、大人たちが一斉に残っていた周囲の蔓を薙ぎ払い、拓也のための花道をこじ開ける。
拓也はその道を一陣の風のように駆け抜け、融合しつつある三つの腫瘍根の懐へと飛び込んだ。
逆手に構えた短剣『絶理の銀刃』が、空中で鋭く翻る。
「『絶理・三点断線』ッ!!」
ザシュッ! ザシュッ! ザシュッ!!
空中で三度の斬撃が閃く。
それは力任せの破壊ではなく、精密機械の配線を切るような、神業の如き連続切断。
三つの根の魔力回路の継ぎ目が、拓也の刃によって同時に焼き切られた。
ピタ……。
融合しようとしていた巨大な腫瘍根の動きが完全に停止する。
直後。
パキィィィィィィンッ……!!
澄んだ破砕音と共に、三つの巨大な根が内側から崩壊し、細かい灰となって周囲の空間へサラサラと崩れ落ちていった。
「……終わりました」
拓也が静かに着地し、血振るいをして短剣を鞘に収める。
三つの腫瘍根が消え去ったことで、周囲を満たしていた赤紫の瘴気が晴れ、半径一キロメートルほどの広大な安全空間が出現した。
「ハッハッハッハ!! 完璧だ! 全く、とんでもねえ度胸と眼を持ったガキだぜ!」
カルロスが豪快に笑いながら歩み寄り、拓也の頭をガシガシと撫で回す。
「本当にな。我々の力と君の眼があれば、魔法が使えない環境だろうが関係ない。……最高の指揮だったよ、拓也くん」
神宮寺もまた、大盾を下ろして誇らしげに頷いた。
『オラァ! 安全圏が確保されたぞ! 設営部隊、前へ出ろ! 第二キャンプを組み上げるんだ!』
後方から待機していた南米の設営部隊が、一斉に建築資材を抱えて歓声を上げながら流れ込んでくる。
「……よし。これで五キロ地点、第二キャンプの確保ですね」
拓也は、乱れた眼帯の位置を直し、周囲の大人たちへ向けて柔らかく微笑んだ。
しかし、彼の視線はすぐに、新たに設営される陣地のその先――さらに深く、さらに暗く蠢く『暴食の樹海』の深淵へと向けられた。
アスタロトの玉座までは、まだ遠い。
だが、彼らは確実に、そして着実に、絶望のジャングルを切り拓いている。
世界最高峰の極星たちと少年指揮官の、泥臭くも頼もしい大遠征は、さらにその歩みを深くしていくのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
強力な近衛兵と三つの腫瘍根を撃破し、無事に「第二キャンプ」の予定地を確保しました! 魔法が使えない中での、前衛の大人たちの頼もしさと拓也のピンポイントな指示が光る回でした。
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